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評者◆高橋宏幸
別役実の晩年のスタイル――別役実作、名取事務所公演「―注文の多い料理昇降機―『ああ、それなのに、それなのに』」(@吉祥寺シアター、9月24日~10月2日)
No.3568 ・ 2022年11月26日




■コロナの時代は、とくに初期において、文字通り追悼ができなかったばかりか、作家や作品の言説においても追悼を難しくさせた。別役実もその一人だろう。もちろん、亡くなったあとも継続的に、別役戯曲は上演されている。たしかに優れた上演もあった。坂手洋二ひきいる燐光群は『舞え舞えかたつむり』など、短編四作を上演した。佐藤信は、龍昇の一人しばい『風のセールスマン』を、いわゆるうまさの演技でつくる作品とはひと味ちがう、身体性とことばの関係性として演出した。規模の大小を問わずいくつもの上演はあったが、どうしても散発的な印象はまぬがれない。かつて、別役実フェスティバルが開催されたことを思えば、コロナがなければ、劇団や劇場の垣根を越えた動きがあったのではないか、そんな気がしてならない。
 そのなかで「別役実メモリアル3部作上演」と銘打たれて、名取事務所がいままで取り組んだ作品群を吉祥寺シアターで一挙に上演した。『病気』、『やってきたゴドー』、そして遺作となった「注文の多い料理昇降機『ああ、それなのに、それなのに』」。いくつもの作品が並ぶと別役実という劇作家をめぐるイメージ、たびたび口にされる難解さやわからなさはもちろん、彼の作品のテーマたち、小市民、犯罪、童話などがあらためて浮き彫りになった。いや、ときにそれらの従来のイメージを逸脱することもあった。
 遺作ともなった『ああ、それなのに、それなのに』は、晩年の体調を崩した後ということもあってか、不条理劇ゆえのわからなさとして語られすぎたのではないか。ハロルド・ピンターダム・ウェイターの『料理昇降機』と宮沢賢治の『注文の多い料理店』、『どんぐりと山猫』などが接木されたり、重ね合わされたりする。別役実の童話もの『山猫理髪店』や『山猫からの手紙』、もしくはスパイものなどを彷彿とさせて、に迷いこむミステリーやサスペンスの要素がある。
 不条理劇ならではというか、二人の男たちのなにげない会話から始まり、さまざまな出来事が、次から次へと起こる。殺人や豚コレラの発生など、なにかしらの社会背景を作品に変換しつつも、連想ゲームのようなモチーフが設えられる。別役作品にしばしば使われるトランク、シャツ、コウモリ傘などの小市民を感じさせる小道具があらわれて、戯曲も、演出も、タイトルの昭和の歌謡曲『ああ、それなのに、それなのに』の歌詞にあるように、まるでつつましやかな小市民が風に吹かれて生々流転するかのような、さらりとした舞台となる。いくつもの作品の構造が下敷きになりつつも、断片的なイメージが、ときに恣意的に、ときに意図的に自由に絡まる。緻密に作為としてあることと、晩年の別役実がしばしば語ったように手が書くということが、まるで筆が自由に滑るような自然さとなる。それこそ必然的な関係と偶然的な要素の分別が判然としない、いわば絡まり合った糸のようになっていく。
 たとえ根底には、童話のもつ不気味なものの影や『料理昇降機』など不条理演劇の色合いがあっても、猟奇的なカニバリズムが起こっても、まったくグロテクスに映らない。逸脱する台詞、行き先のない台詞やすれちがいの台詞であっても、真鍋卓嗣の演出は丁寧になぞる。だから、劇的な要素が散りばめられていても、まったくかわされる。むしろ、そのかわし方、かわされ方をそのままにすることが、ひとつの演出の仕方だろう。
 唐十郎ならばシュールレアリズムを土台に、まだら呆けを手法としたように、別役実ならば本人が語ったように「瓢箪鯰」の描き方とでも言おうか。不条理の世界は、条理に反した世界であり、条理がなければ、不条理もない。さらには現代の条理、不条理では分けられない、渾然一体となった世界を描く筆致として、この作品はあるのではないか。それは、別役実の不条理が映す現在であり、世界観の提示だろう。
 不条理演劇の代名詞のような作品から離れて、老練なテクニックを使いながらも、さらになにかを試してみようとすること。しかし、新しいことを新しいと言わず、ましてや実験とも挑戦とも言わず、自由に軽やかに飄々と、現代の社会を写絵にしようと試みる。それは、初期のアンダーグラウンド演劇と不条理演劇のころから遠く離れて、瓢箪鯰の描かれた画のようなしたたかさを成果とした、別役実の晩年のスタイルではないか。







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