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評者◆粥川準二
再びコロナウイルス感染者の激減にさいして考えたこと――マスクをせず、自由を謳歌する欧米社会は弱者を切り捨て始めているように見える。そして日本社会もそれに追随し始めているように見えることは、筆者の考えすぎなのだろうか?
No.3562 ・ 2022年10月15日




■あいかわらず、『フィナンシャルタイムズ』の「コロナウイルスを追う(Coronavirus tracked)」など各種データサイトを巡回している。
 九月二九日現在、日本では新型コロナウイルス感染症の感染者数(新規陽性者数)も死亡者数も減少し続けている。「激減」といってよいだろう。
 筆者は、いわゆる第七波が始まりかけていた六月二九日の段階で、日本では「今のところ、感染者が激増しているわけではない」と本紙で書いた(「新型コロナウイルス感染症、再び感染者増加――マスク着用は「同調圧力」なのか?」、本紙、七月一六日)。また、日本ではアメリカや欧州ほどの感染拡大は起こらないだろうと予測し、実際、SNSではそう書いてしまった。その理由は、日本ではマスクの着用率が比較的高いことなどだった。しかし、感染者数はその直後から激増した。   
 そのピークは八月二四日で、人口一〇万人あたり一八〇人に達した。同じころ、アメリカもEU(欧州連合)も五〇人を切っていた。この時期以降、日本の感染者は世界最多だ、という報道があいついだ。筆者の予測は完全に外れた。
 その八月二四日以降、日本の感染者数は「激減」した。九月二六日の段階で新規の感染者は人口一〇万人あたり四二人。欧州諸国やアメリカとそれほど変わらない。この状況は、筆者が本紙で書いた第五波の激減に似ている(「新型コロナウイルス感染者の激減にさいして考えたこと――激減の理由についての専門家たちの見解に、決め手はない」、本紙、二〇二一年一一月一三日)。
 この「激減」と「激減」の理由は……素人の予測はもうやめておこう。ここでは簡単な事実だけを確認しておく。
 よく知られている通り、感染者数の全数把握の見直しが始まったのは九月二六日である。減少はそれよりも早く始まっている。ワクチンの四回目接種が始まったのは五月二五日。四回目接種率は八月二四日の段階で一九・九六パーセント、九月二七日でも二六・九八パーセントにすぎない(デジタル庁「新型コロナワクチンの接種状況」)。さらにオミクロン株対応のワクチン接種が始まったのは九月二〇日。つまりごく最近である。
 ところで、これまで主に一日あたりの新規感染者数を見てきたが、「累積」を見てみると、違う世界が見えてくる。前述の「コロナウイルスを追う」を使ってそれを見てみると、日本の人口一〇万人あたりの感染者数の累積は、九月二八日の段階で一万六八〇五人。フランスの約三分の一、アメリカの約六割だ。コロナ対策について高く評価されてきたオーストラリアやニュージーランド、台湾よりも少ない。
 次に死者数の累積を見ると、また少し違う世界が見えてくる。アメリカや欧州各国は日本よりずっと多いのだが、オーストラリアやニュージーランド、台湾の数字は日本と同じぐらいである(僅差ではあるが、日本が最も少ない)。
 前述のように日本の感染者数は世界最多という報道があいつぎ、SNSなどでも日本政府を非難する声があった。その瞬間だけを見ればその通りではある。が、これまでの累積を見る限り、日本では感染者数も死者数も比較的低く抑えられてきたこともまた事実だ。根拠にもとづかない欧米崇拝は論外であり、「隣の芝は青く見える」という錯覚もそろそろ克服すべきであろう。
 また、各国の規制緩和に伴い、筆者の知人たちも含めて欧米各国に渡る日本人が増えている。彼らは口をそろえて、誰もマスクをしていない、と言う。なかには、マスクをし続けている日本人は愚かだ、と言わんばかりの者もいる。
 ある記事で、感染症の専門家で国立国際医療研究センターの大曲貴夫が九月九日の段階でコメントしていることが気になった。「死者の9割が心臓、肺、腎臓などに基礎疾患があり、それが悪化して亡くなっている」(小川美那「ピークアウト? こんなに急に落ちる? 東京都・コロナ感染“減”は「予想以上」も 油断できないワケ」、FNNプライムオンライン、九月九日)。
 所得など社会経済的地位の低い人は高い人よりも、高血圧や糖尿病、心臓病など基礎疾患を罹患しやすいことが知られている。これらはいずれも新型コロナを悪化させる要因である(拙稿「COVID‐19時代のリスク」、現代思想、二〇二〇年五月号、など)。
 たとえばイギリスでは、貧困地域ほど死亡率が高いことが国家統計局の調査で明らかになった(無署名「イギリスでは貧困地域ほど死亡率高い=政府統計局 新型コロナウイルス」、BBC NEWS JAPAN、二〇二〇年五月四日)。また、オックスフォード大学の調査でも、イギリスでは新型コロナの陽性率が、最も貧しい地域では最も裕福な地域よりも四倍高いことがわかった(無署名「新型コロナ陽性率、貧困地域は富裕地域の4倍 英調査」、AFP BB News、二〇二〇年五月一六日)。
 こうした傾向はアメリカでも同様で、ニュースサイト『ポリティコ』などは、ニューヨークでは、最も貧しい地域では他の地域よりも新型コロナで死亡する人が二倍以上多いことが市の保健局のデータで明らかになったと伝えている(Durkin, Erin, NYC\'s poorest neighborhoods have highest death rates from coronavirus, POLITICO, May 18, 2020)。
 マスクをせず、自由を謳歌する欧米社会は弱者を切り捨て始めているように見える。そして日本社会もそれに追随し始めているように見えることは、筆者の考えすぎなのだろうか?
(叡啓大学准教授・社会学・生命倫理) 







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