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評者◆凪一木
その159 性暴力に関する電話
No.3560 ・ 2022年09月24日
■選挙前の午後である。電話で或る人物と一時間以上激論を交わした。巷では優秀と言われる三〇年近い付き合いの編集者だ。彼が言うには、「当事者同士でやれば良い。世間や周囲に知らしめる必要はない。告発する人間に対して不快な気持ちしか抱けない」というものだった。
「どうせ告発した女優は、芸能の世界で売っていこうとしてるわけでしょ。分かっていて、その世界に入ったわけでしょ」とも。 だけど、彼の話は身から出てくるものが何もない。己の身に降りかかった経験から出てくる言葉が何もないのだ。 告発された園子温は騒がれ、逆提訴した。もちろん園子温のほうが力があるから圧倒的に有利で、被害者の側はかなり不愉快な結果になる。真実が露出することなどほとんどない。それでも告発していくしかない。そのうちのほんの一握りは、真実に近いものが出てきて、それを皆が目にする。わずかの一歩でも成果としていく。 苦しい側の人間が振り絞って出した声は聞くべきだ。私はそう、電話の相手に訴えた。黙らせようとする側に加担する勢力に加わるな。強い側を後押しする言説に加わるな。力のある側をさらに太らせ、喜ばせる言葉に悪乗りするな。悪人が裏でほくそ笑むような「美味しい」言葉を、安全な場所で吐くな。苦しい人間が告発しようとする必死の足を、呑気な立場から引っ張るな。一部の良からぬ部類を持ち出して、多くの「立ち上がった」勇気ある者を、貶めるな。その行動を妨げるな。自由に告発させろ。 生活保護制度に関して、不正受給者が何パーセントか含まれていても、それで全部を止めるなんて馬鹿げている。睡蓮みどりの検証よりも先に、まずは榊英雄の、園子温の検証だろう。人に不自由を強いている奴が、自由な映画なんて撮れるわけがない。 もっと良い歌を歌えたかも知れない彼女の歌声を、もっと良い演技ができたかもしれない彼女の未来のパフォーマンスを殺すなよ。誰に気兼ねなくはしゃぐ彼女の笑顔を、お前ごときの下らない欲望で潰すなよ。性加害が明らかになったポランスキーやキム・ギドクの作品を撮影監督の早坂伸はもう観ないという。私もそうだ。 厨房の奥でパワハラしているのを見てしまったら、もう、目の前に出された料理について「旨い不味い」の評価の対象外だろう。食べる気が失せる。そのパワハラを止めろよ。かつて旨かった経験を反芻することはない。 悪目立ちの被害者もどきはいるだろう。それはそれで良いじゃないか。そうじゃなく、大多数の本当の被害者について、どう救っていくか。どう支援していくか。その行動を制限するような行為は、悪人を喜ばせるだけで、下らない。もっと言うと、悪人の側にいるからこそ、彼らを喜ばせることは、彼らに近い自分をも喜ばせることに繋がる。だから、「告発者妨害」をやっているのだろうと思う。そういう自分を見つめろよ。人のお節介している暇があるなら、自分に何が出来るのかを考えろ。弱いものいじめは楽だけど、何にもならない。せめて、告発者の後ろ髪に触れるな。 この連載でもそうだが、サイコパスについて、身近に似た現象を知っている者は、膝を打って納得して読んでいるという話を聞く。だが、そうでない人には拒否反応があるという。対岸の火事であり、性暴力問題に関しても、特に映画界、芸能界に対する偏見から「どうせ、そんな世界だろう」「分かっていてやっているんじゃないの」という反応がある。この「知る」者と知らない者の温度差。 実は私も温度差に戸惑っている。A省に異動してきて驚く。毎月行われるビル管の基本で定番の空気環境測定だ。これを私は行わない。別の人間にやらせる。前のビルで、鍵の閉め忘れ等を警備員に指摘されると、「すいません」と自ら締めに行き、時に叱責され反省させられる。しかし今は、「開いてましたので閉めさせていただきました。よろしかったですか?」との報告を受けると、「OKです」と言うだけだ。そんな殿様仕事を繰り返していると天狗とは言わないが、おかしくなっていく。これまでと別の当たり前を認め始める。 歴史は、為政者により、記述者の恣意により、歴史書も教科書も記憶さえも、時代とともに書き換えられる。聖徳太子も源頼朝、足利尊氏、武田信玄も、私の世代が知っている「あの肖像画」は、時代が進み、別人だろうということが分かってきた。しかし解釈は、のちに再逆転するかもしれない。まして人物評価などは、時代以前に、立場や状況によって変わる。殺害された安倍晋三元首相についてもだ。国葬だという。民主的な決定なのか。 アポロ月面着陸がフェイクだというようなトンデモ娯楽(与太話)や陰謀論は、特にネットでは、精巧な捏造映像も含めてさまざま飛び交い、簡単には判定しづらくなってきている。選挙システムも不正の賜物で、選挙に基づく政治も幻想にすぎず、国家との対応、対峙の仕方も、個々人において、捉え直す事態となった。こういった見方は拡がりつつある。しかしその大本は何か。 人類の発明した「ウソをつく」能力、人を信じ込ませる技術。これが決定的にネアンデルタール人を負かしたとも言われる。芸能界はそういうものだ。選挙はそういうものだ。だが、本当か。 私の父が振り込め詐欺に遭った。私はなぜ騙されたのかが不思議になり、父に尋ねた。 「弟の凪千木(仮名)になぜ電話を掛けなかったのか?」。だが、父は、怒ってこう返してきた。「電話の向こうに千木がそこにいるのに、一体どこの誰に電話を掛けるというんだよ」。そう言われてハッとした。そりゃそうだ、騙されているということはそういうことなのだ。 水木しげるの六五年の漫画に『テレビくん』という作品がある。山田くんという少年が、テレビのチャンネルを回し過ぎたのが理由なのか、ブラウン管の中心に虫の卵のような物が生まれているのを見つける。そこから生まれたテレビ虫が成長しブラウン管の中に帰っていく。虫が誘ってくる。山田くんもテレビの中に入りたければ、入ることができるよ、と。そこで山田くんは、「まさか入れるはずかない。無理だよ」と言う。 「まず、あなたが信じなければ入れませんよ」。そして入った山田くんは解説する。 「入れるわけがないという常識が邪魔をするのだよ。それは東京タワーの上から大丈夫だから飛んでみろと言われるのと同じことだよ」 「安倍首相と教会の関係があると思い込んで、犯行に及んだ」とある。だが、自ら「思い込んで」などと供述しない。つまりは、選挙に不正があるわけがない、という思い込みも似たようなものだ。洗脳だ。性暴力も告発して悪いわけがない。 言葉が発ち上がっていくのはこれからだ。 (建築物管理) |
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