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評者◆稲賀繁美
ネオ・ジャポニスムの可能性――相互変容の循環とその空隙とに、多文化交渉の無何有郷を探る
No.3558 ・ 2022年09月10日




■Neo‐Japonisme 1945‐1975と題する会議が、フランスの最高学府とされるCollege de Franceで開催された。この2年以上、コロナ禍のお陰で対面の国際会議がすべて中止だった中で、風穴を開く企画。だが折からのウクライナへのロシア侵攻により、日本からの航空便運行が著しく阻害され、本企画は波乱含みのなか、中止を回避し、かろうじて実現に漕ぎ着けた。
 さてしかし、「仏蘭西」の文化現象であるネオ・ジャポニスムを、なぜ日本人がフランスに招聘されてまでして、わざわざ弁じなければならないのか。パリの日本贔屓に自尊心を擽られる居心地悪さを体験する以上の意義があるのだろうか? よしんば日本の藝術・藝道が欧州で変質を被ったとしても、日本国籍を楯にして、それをヤレ誤解だ、ヤレ正統から逸脱した堕落だ、などと糾弾する権利は、どこにもないはずだ。方法論として、外部観察か参与観察かの二分法は、ここですでに破綻している。綺麗事の「過去との対話」、お仕着せの「日仏対話」。その両者に共通する「偽りの対称性」を破る、受動でも能動でもない相互関与が、本会議の認識論・存在論的出発点となる。
 思えば日本滞在の後、ロラン・バルトRoland Barthesは記号学による意味の支配をsemiocratieと名付け、そこからの逃走の可能性を想像の日本に託した。故・渡邉守章氏が、それはバルトが日本語から疎外されている限りにおいてのみ、正しい、と言明した現場を評者は今に記憶する。日仏の文化交流においても、こうした両者の意思疎通の落差が
作る間隙のあいだで、両者の過度な期待と思い込みが、楕円をなす二重焦点を描き、時に原因結果の錯綜、ピエール・バイヤールPierre Bayardの言うplagiat de l'anticipationすなわち時間軸を遡る剽窃とでも称すべき事態の出来を招きもした。俗にいう鶏と卵の先陣争いである。だがこの会議で扱うべきは、まさにこの両者の齟齬、二重焦点のあいだの空隙、そこに残る隙間、「あそび」jeu entre les deuxではないか。時空を言語的意味で埋め尽くそうとして人が直面する障碍、だがそこにぽっかりと開く開口部にこそ、相互変成の余地margeも生じる。
 服飾に話題を取るなら、パリ初期の三宅一生は「一枚の布」を看板にした。洋服の仕立ては、衣服を纏う人体の形態に応じて布を裁断・縫製する。結果としての洋服は立体形状を取る。これに対し、和服は折り畳めば平面となり、纏う人体との隙間にこそ、風合いを漂わす。ここでも入れ物と中身とのあいだ、エイドスとヒュレーとの「すきま」の「あそび」が、心身の「ゆとり」を約束する。はたしてそうした「余白の美学」はneo japonismeで延命し、「表象の破綻」の助長に貢献して成長を遂げたのか、否か。そこに受動と能動との「あわい」を探るべきではないだろうか?
 結界seuilとは言い換えれば「橋渡し」の装置であり、異界との交流を司る「場」。そこには二項対立で白黒をつけられない価値観が往来する。鈴木大拙やイサム・ノグチが文化的な二重国籍者として振る舞ったのと同様、その間隙の「あそび」に創造の余地が生まれる。「あそび」ludiqueを許す「どっちつかず」、詩人のリルケReiner Maria Rilkeが語ったIm Zwischenland「あいだの国」、そこにNeo Japonismeの領分を見定め、日仏の両側から相互に「探り」をいれる。それが今回の会議(5月12・13日開催)の深慮遠謀ではなかったか。
 とかく我々は「自己」と「他者」を区別したがる。だが他者あればこそ自己の自覚が芽生え、他者との交わりのなかで自己は不断に刷新されてゆく。Neo Japonismeの呼称の当否はともかく、自己の変容と他者との融合を当事者として体験しつつ観察する「余地」marginを、この名称で呼ばれる「どこにでもある」が「どこでもない」場所に定位してみたい。
(2022年7月10日稿)

*本会議を組織したのは、Sorbonne Universiteの比較文学者ソフィー・バシュSophie BaschとINALCO国立東洋言語文化学院のミカエル・リュケンMichael Lucken、ともにIUFフランス大学研究院に属すこのおふたりと、コレージュ・ド・フランスの比較文学講座担当者ウィリアム・マルクスWilliam Marxおよび日本文明講座担当のジャン=ノエル・ロベールJean‐Noel Robert。なお、会議記録刊行に先立ち、その内容に踏み込む報告文書の公開は主催者から厳に差し止められている。このため、本稿では、あくまで一人の会議招聘者としての個人見解の開陳のみに留める。フランス語での会議概要は以下ご参照願いたい:https://www.college‐de‐france.fr/site/william‐marx/symposium‐2021‐2022‐day2.htm







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