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評者◆殿島三紀
映画はニュースや教科書よりもいろんなことを教えてくれる――監督 エリ・グラップ『オルガの翼』
No.3558 ・ 2022年09月10日




■『プアン 友達と呼ばせて』『きっと地上には満天の星』『時代革命』などを観た。
 『プアン 友達と呼ばせて』はタイの鬼才バズ・プーンピリヤ監督作品。プアンとはタイ語で「友達」の意味だ。白血病で余命宣告を受けた男と、訳あって彼と絶交した親友との旅を描いた人間ドラマである。古いBMWに乗ってのふたり旅。彼らがNYで親友だった頃、流行っていた曲がバックに流れるロードムービーでありながら、思わぬどんでん返しに落涙する恋愛映画でもある。タイ映画、恐るべし。
 『きっと地上には満天の星』。セリーヌ・ヘルド&ローガン・ジョージの脚本・監督作品。NYの地下鉄の更に下に拡がる空間で暮らす母と娘が主人公でヘルド監督は母親役としても出演している。現在NYにはホームレスの子どもが約22000人いるという。80~90年代には地下生活者のコミュニティもあったが、本作の舞台はまさにその地下世界。彼女は2012年その地下社会に潜入し、不法侵入で逮捕されたことも。社会派映画ではあるが、メルヒェンも感じさせるのは子役の名演の故か。傑作だ。
 『時代革命』。キウィ・チョウ監督作品。香港で起きた民主化デモを撮影したドキュメンタリー映画。2019年中国当局の締め付けが強まり続ける中、空気がなくなるように自由が奪われてゆく香港で民主化を求める大規模なデモが展開された。「逃亡犯条例改正案」の完全撤回、普通選挙の導入などを掲げ、6月16日、香港の人口の3割にあたる約200万人の市民が参加して抗議の声をあげた。その壮絶な180日に及ぶ運動を撮影した作品である。ニュースでも放映され、思わず息をのんだ警官による丸腰の若者への発砲シーンも。152分にわたる歴史の証言だ。
 さて、今月紹介するのは『オルガの翼』。監督は1994年生まれのエリ・グラップ。ウクライナ映画である。2月24日のロシア侵攻から半年以上。終わる気配を見せない戦争だが、本作はロシア侵攻の9年前、2013年が舞台。当時、ウクライナ国内では親欧米派はEU及びNATOへの加盟を主張し、親ロ派のヤヌコーヴィチ政権やロシアがそれに反対するという状況が続いていたが、2013年に予定されていたEUとの政治・貿易協定締結をヤヌコーヴィチ大統領が中断。親欧米派はそれに反発し、翌年2月、大規模な反政府暴動が起きる。首都キーウでは独立広場でデモ隊が警察部隊と衝突。双方に多数の犠牲者が出た。議会は大統領の解任を決議し、ヤヌコーヴィチはロシアに亡命。2014年2月22日政権は崩壊した。ユーロマイダン革命である。
 が、しかし、ヤヌコーヴィチ及びロシアはこの革命を民族主義者、極右勢力が起こした暴力的なクーデターと主張して政権交代を認めず、東部2州がウクライナからの「独立」を宣言。それが今年2月のロシア侵攻につながっていく。侵攻当時プーチンがウクライナをネオナチと呼んでいた理由はこんなところにあったのだ。
 本作を観ると今更ながらウクライナで起きていること、市民たちが闘い続けること、そして、ロシアの強引な侵攻の理由が見えてくる。映画はニュースや教科書よりもいろんなことを教えてくれる。とはいえ本作は戦争映画ではない。革命の映像は当時市民がスマホで撮影したものから構成されているが、ドキュメンタリー映画ではない。主人公は欧州選手権出場を目指してトレーニングに励む15歳の体操選手だが、スポ根映画ではない。加えて、彼女が練習からの帰り道、ヤヌコーヴィチの汚職を追及するジャーナリストの母と共に何者かに命を狙われる展開に仰天するが、サスペンス映画でもない。生きるため、愛する体操を続けるため、故郷ウクライナを去った15歳の少女オルガの決断を芯に描いた、手に汗握る緊迫の90分の作品だ。オルガを演じたのは本物のアスリートでウクライナの体操選手。初主演とは思えない。
(フリーライター)







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