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評者◆志村有弘
難波田節子の人の優しさと縁を語る秀作(「遠近」)――逆井三三の足利義政の人生哲学を綴る力作(「遠近」)。森下征二の鋭い着想、豊かな構想を示す忠臣蔵異聞(「文芸復興」)
No.3554 ・ 2022年08月06日




■難波田節子の「逃げたカナリヤ」(遠近第79号)が、〈人の優しさと縁〉を描く。充子の家の隣に住む村橋家の長男は大学の医学部に通い、次男は師範学校に通っていた。充子は幼いとき村橋の小母さんに可愛がられていた。充子は小母さんのカナリヤに触りたくて、密かに鳥籠を開けたとき、カナリヤが外に飛び出した。村橋家では泥棒が入って鳥籠をひっくり返したのだ、ということになった。戦争が始まり、充子の父は焼夷弾を受けて亡くなり、家も焼失した。戦後、充子が虫に刺されて行った病院の医師は、偶然にも村橋家の三男であった。充子はそこで、三男の明朗で優しい妻(看護師)とも会うことができた。村橋家も父と次男が空襲で死に、長男は戦死していた。そのとき充子は医師に「籠を開けたのは自分です」と言えなかったのだが、明日、本当のことを言おうと思い、「小母さん、あなたの末っ子さんは、こんなに立派なお医者さんになっていますよ」と、空に向かって叫びたかった、と記す。充子は小母さんが昔、「(三男に)将来はミッちゃんをお嫁さんにもらいなさい」と言ってある、と話していたのを思い出すが、「それは先生の記憶から消えてしまっているだろう。私も誰にも言ったことがない。幸せそうな素敵なご夫婦でよかった」という文で終わる。登場人物全てが心優しく、カナリヤ事件を忘れぬ充子も誠実な人柄。戦争の傷跡は悲しいが、心温まる秀作。
 歴史・時代小説では、森下征二の「不義士の生きざま――忠臣蔵異聞・お甲と庄左衛門」(文芸復興第44号)が赤穂浪士の討入りを脱盟した小山田庄左衛門の数奇な生涯を綴る。庄左衛門と黴医師中島隆碩を同一人物とし、庄左衛門の姉お甲を苦界に身を置く梅毒患者に設定する。作者は隆碩を直助に殺害される形にしており(講談「直助権兵衛」を想起)、作者は「不条理な死」を迎えたとはいえ、多くの女性を救い「自分の人生を生き抜いた」とし、弟(隆碩)が金を出し、苦界から抜け出る予定であった姉のお甲も舌を噛み切り、「穏やかな顔」で死んでいった、と記す。お甲の毅然とした姿が美しい。資料を丹念に読み、その上での練り上げた構想と見事なストーリー展開を高く評価したい。逆井三三の力作「引きこもり将軍」(遠近第79号)の「将軍」とは足利義政。義政は「一人で何かを決めるな」という将軍哲学を持ち、足利義教を殺害した赤松満祐を「自分の命が一番大事」なのに、「己の命も家もなく」した「赤松満祐は頭がおかしかったのだ」と言う。一方、「義教に批判される点」があるなら、「将軍として力を振るい過ぎたこと」・「まじめに将軍をやり過ぎた」ことだ、と述べる。義政の考えの基本は「戦うな」であり、「馬鹿どもには戦争をさせておけ、俺は俺の人生を楽しませてもらう」と、「風雅の世界に」生きることを願う。息子の義尚が飲酒・遊興にふけるのを、「それでいいんだよ。将軍として勇ましく威張ってみても、ろくなことにはならんぞ」と言う。何事にも達観した姿勢で、好きなように生きようとする義政の姿に拍手喝采したくなる。作者は「義政は武士の中で、唯一人平和のために骨を折った男」で、「将軍としては失敗した」が銀閣の建設や「東山文化の華を咲かせた」と評価する。義尚は義政を「敗北主義」で、「世間では父上を引きこもり将軍と評して笑って」いると言う。義政自身に言わせれば、自分のことを「戦乱をよそに遊興にふけっていた」というが「それがどうした。俺は無駄で無意味ではた迷惑なことをしなかっただけだ」と言う。結びの「全体としていえば、私は幸福だった。うまくいかないことも多かったが、生きたいように生きてきた」という義政自身の感懐が光る。乱世を生き抜いた将軍義政の姿を達意の文章で見事に活写。蔦恭嗣の「補陀洛渡海考(金光坊異聞)」(AMAZON第512号)は井上靖の作品や中世女性の日記『とはずがたり』が伝える補陀落渡海説話とも異質。熊野比丘尼の登場や仏の奇瑞も示され、心に残った。
 随想では、秋田稔の「とりとめのない話」(探偵随想第140号)が河童・人魚、灰田勝彦・川田孝子らの歌、映画にまつわる思い出等を記し、昭和の文化・文芸走馬灯の感。
 詩では、大石ともみの「川へ」(はるにれ第12号)が、母の終焉時を綴る。母が「最後に欲したものは水」で、「北の海を回遊して/母なる川に帰ってくる魚があるという」が、「母もまた/九十年の生を/いのちの川に還すため/川へと/一心にたどる最後の日々を生きていた」と記す。読んで流れる涙とは別に、澄み切った詩人の心情が美しく、哀しく伝わってくる。黒羽英二の「成田から興津へ――アイヌ語古朝鮮語海洋民族語混在の地へ」(詩霊第16号)が、詩人ならではの鋭い着想で戦争の惨劇史を示しながら、地名の不思議な韻律をも考えさせる。同誌掲載の大掛史子の「伊勢物語逍遙」が、二十二回目を重ね、「男」と「斎宮」の心情を切なく、抒情豊かに綴る。
 「あるかいど」第72号が高畠寛、「潮流詩派」第269号が高良留美子、「塔」第808号が川口秀晴、「日曜作家」第38号が石原慎太郎と西村賢太、「燧 HIUCHI」第7号が妹尾純二郎、「風嘯」第40号が岩本俊夫、「文芸思潮」第83号が高橋三千綱と河林満(復活追悼)、「北斗」第687号が東幹夫の追悼号(含訃報)。ご冥福をお祈りしたい(文中、敬称略)。
(相模女子大学名誉教授)







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