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評者◆凪一木
その150 システムと老人ゆえの気の緩みと子どもの持つ疑問
No.3551 ・ 2022年07月16日




■何を寝ぼけているのかと言われそうだが、実際にこの世は、これで回っているのか。お金を払う仕組み、払わされている仕組み。頭のいい側が「だます」仕組み。詐欺の多数決。
 〈何者かがあなたのFacebookアカウントにアクセスした可能性があります。アカウントのセキュリティを保護するには、いくつかの質問に回答し、パスワードを変更する必要があります。〉というメールが来ている。
 アカウントやパスワードなどは、五〇年前なら、私にとってはなかった。このメール自体が本当かよ? と思う。つまり、今使っている一万円札よりも正しいとされる一万円札が現れて、そのことを公布する機関が乗っ取られたか、もしくは今ある一万円札の正当性が担保されなくなったり、或いは、証明のしようがなくなったとき、今までの一万円札が偽札とされて、紙くず同然となるかのような感覚だ。コンピュータも含めた今ある現実のシステムは、まさにそういった偽物の印象が、老人に差し掛かっている私にはするのである。
 現に私のFacebookは、〈何らかのエラーが出ました。もう一度実行してください。〉の表示が出るだけで、機能しない状態が続いている。それを解決する方法を、別のパソコンからアクセスしてそこで、パソコン上で調べるという、まるで、マッチポンプに引っ掛かるような、物品を盗んだ相手に向かって、その戻る方法を訊ねているような、本末転倒の世界で生きている。そういう執着を、この最後のビル管人生でもう捨てようと思っている。
 解決を見つけるつもりが、そこで示された方法が、何らかの行き先に導く方法論の最初の段階であることも分からないようにできていると思う。〈最近の投稿から一つ以上五つまで削除してください〉とある。本来なら、現状回復するには、そういった犠牲は必要としないはずである。国家よりも安全で国家らしい国家が現れたら、皆そっちに税金を払うのではないか。
 実は、立て続けに二つ、下らない損をした。過去八年撮り貯めた写真の一部を一瞬にして三〇〇枚くらい失ってしまった。ビルの積み上がっていく様を履歴した貴重な記録もある。その人が欲しいであろう(渡そうと思って現像していない)、それしかない写真もあった。もう一つは、駅の券売機で、お金を失くした。
 カードにチャージする金額を券売機に入れ、カードを挿入したつもりで、お金だけ券売機に残したまま、そのカードで駅構内に入場した。到着駅を出るときに金額不足で弾かれて気付く。「あれっ、お金をチャージしたばかりなのに不足のはずがない」。
 駅に翌日、直接行って確かめるが、「次の利用者に持っていかれたのではないか」との結論だ。私の責任ではあるのだが、そのとき、券売機で、二つの作業をしていた。一つがカードのチャージで、もう一つは、別のチケットを現金で買っていた。かつてのアナログ時代なら、そんな下らない二重作業自体が存在しない。カードなんてものを使用していない。常に手元の現金で、不足が確かめられた。今は自分がお金を持っているかどうか、預金にしても、電子マネーにしても、契約であり、思い込みであり、単なる幻想のようだ。お金、通帳、貨幣、振込記録、どれも信頼の証でしかないが、その信頼自体を私は持てない。
 これまでも、いろいろな損をしている。だいたいは忘れている。或いは忘れたことにしている。一九七二年の正月、小学三年生(九歳)のときに、お年玉でもらった二万円をトイレに忘れてきた。今でも思い出したくはないが、母が「気にするな」と当時、何事もなかったかのように怒りもしなかった。父はその事実を知らずに死んでいった。母に度量があったのか、お金があったのか、こちらとしては今でも苦しくきつく心に残っている。
 その後も財布を落としたり、ギリシャでカメラを船に置き忘れたり、スマホを電車に忘れたり、カバンを居酒屋に忘れてきて、改札口を通り、電車に乗ろうとして気が付いたり、阪急宝塚の終着駅からカバンが届いたこともある。
 傘や帽子、マフラー、そして最大は……(これは書けない)。とにかく忘れる。「ほかのことに気が向いて関心が散っているからだ」と私自身は思っている。だが、私以外で、それほどに忘れる人間をあまり見ない。もちろん、お金のあるときは、無駄に高価な買い物をして、ほとんど使用せずに、或いはパチンコで数年、ひと財産無駄にしたことはある。
 ここ二〇年ぐらいそれがなかったのは、単に貧しくなったからである。やはり、貧乏の効用というか、「無い袖は振れない」ごとく、気を付けるようになる。
 生きているだけで丸儲けという言葉もあるが、その言葉は嫌いだ。理由は、損得勘定になんだかんだ縛られているような気持ちになるからである。なるべく、そういった感覚から自由でいたい。ただ、生まれ育った生育環境が恵まれていたことは確かで、罪悪感とは言わないまでも、プラスマイナスすると、自分には、色々なものを失っても幸せのような感覚が、若い頃から存在する。それほどに裕福ではないのだが、不幸を感じたことがない。もっと言うと、人間こそが財産だ、みたいな部分と、それでいて人間をそこまで信用しているとも言えないところが幸福の原理であると考えている。
 人間が他の動物に生存競争で勝利してきたのは、複雑なシステムを共有することで、優位に立ち、ただし、人間同士の中でもそのシステムを共有出来る者と出来ない者とで差が付き、生存競争での結果が待ち受けている。それは、はっきり言えば、交換価値としてのお金を獲得できずに、貧困によって死んでいく。その違いは一体何だろう。子供が持つような疑問を、むしろ今こそずっと考えている。
 私は官庁勤務によって、ビル管理の現場間格差によって、おかしくなっているのではないかと最近思っている。早すぎるシステムに付いていけない。
 自分がいなくても地球は回り、『ダスティン・ホフマンになれなかったよ』の歌詞じゃないが、私の周りだけ時の流れが遅すぎる。
 札幌オリンピック直前の九歳になくしたお年玉の二万円。
 二〇二二年、東京オリンピック後の五〇〇〇円。五九歳でシステムに足を取られ、なぜか五〇年前のあのときよりも、ボディーブローのように効く。目的も未来もなく生きているからなのか。
 国の中枢のはずのビルの地下で、過去の失敗を数えている。
 民間ビルと違ってスマホも通じない。私の疑問も時代に通じない。
(建築物管理)







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