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評者◆睡蓮みどり
共感とは程遠い「孤独」という花――バーバラ・ローデン監督『WANDA』、保谷聖耀監督『宇宙人の画家』
No.3550 ・ 2022年07月09日




■いきなり別雑誌の話で恐縮だが、先日キネマ旬報で映画監督の呉美保さんと対談した。映画業界の#MeTooについてである。ようやく、といった感じだ。これまで、#MeTooの企画を組んでほしいと話をしてきてよかった。沈黙を貫くとより一層「何か特集できない理由でもあるのか」と勘ぐられても仕方がない。しかし専門誌は資料的な側面もあるのだ。対談は朝10時から銀座のキネマ旬報本社にて行われた。これまでお酒を飲んでやっと話せるかどうかだったことが、朝から素面で話せるとは何とも健全だ。この件で映画人がどのように映画と向き合うかというきっかけに、ささやかでもなってほしいと思う。
 私は「映画人」という言葉にとても憧れを抱いてきた。誇りや気概のようなものを感じる。でも現実は、ホモソーシャルな馴れ合いの世界に見える瞬間が何度となくあった。少し前に、映画関係者の多い場所にうっかり行ってしまい、隣のテーブルから聞こえてくる大声に辟易したりした。仲間は大事だが馴れ合いたくない。孤独に気高く生きたいものだ。梅雨がほとんどないまま夏に入ったせいか、家では猫が気高く長く伸びている。

■いつか見たい見たいと思っていた映画『WANDA』をついに見ることができた。食い入るようにワンダ(バーバラ・ローデン)を目で追ってしまう。冒頭であっさりと夫と離婚し、子供を置いていくことを決めるのだが、それは本人の強い意志というわけではなく、流されるままに受け入れたと言ったほうがしっくりくる。彼女は妻や母親の役割が向いていないことを誰よりも理解しているのだ。何の執着もない。ビール代を払ってくれる男とモーテルに行くも、商売するわけではなくその日寝るベッドのため。目的もなく流されては放り出されまた流される。浮遊するような女。それがワンダだ。
 デュラスもユペールも、女たちはみんなワンダを愛している。その気持ちはよくわかる。もしこの作品を、男性監督が撮っていたら、あるいはメイルゲイズの文脈に則って撮られてしまったら、ひょっとしたらロマンスなんぞが生まれてしまったかもしれない。強盗殺人犯のデニス(マイケル・ヒギンズ)と二人、逃避行の旅をするその途中で、二人は恋なんかに落ちてしまったかもしれない。或る日突然、非日常に巻き込まれたことや共犯関係がそうさせることは簡単だ。デニスが運転中にワンダの膝を触ってくる瞬間、ワンダは払いのけないものの、しみじみ嫌がっているのが伝わってくる。絶望こそすれ、それさえも彼女にとっては日常で、特別なことではない。生きるためにそうするしかないと諦めたとでもいうふうだ。彼女は誰か期待したりしない。一体どこで期待することをやめてしまったのか。亭主を主人として立てないように、ワンダはデニスを物語の主人公として立てることをしないのだ。だから記号的な男たちは誰であっても構わない。この瞬間は「エリア・カザンの妻」を徹底して放棄するかのようである。
 徹底してロマンスが生まれないことの潔さに、すっかり心を掴まれ動かされる。ラストに出てくる女性がいる。彼女は一見するとワンダを助けてくれるかのようにも見える。でもワンダは彼女にさえも期待していない。生きるのに必死ではあるものの、ずる賢くさえなれないのだ。予感もなく映画は終わってしまう。これは一体何なのだろう。共感とは程遠い。小さな孤独の種が広大な土地に広がり、一面に花を咲かせてしまったような感じだ。デニスに旅の途中で買ってもらった帽子についていた、小さなたくさんのあの花だ。そしてその花の香りだけが、ずっと残っているのだ。

 とても風変わりな映画と出会った。『宇宙人の画家』である。『クールなお兄さんはなぜ公園で泥山を作らないのか』でカナザワ映画祭2020でグランプリを受賞、その副賞として本作を撮ることになったという。監督は現役の大学生である。インディーズ映画らしからぬこの心意気は惚れ惚れするものがあり、一方で壮大すぎる世界観を駆け出しの監督が撮るのにはかなり難儀であっただろうと想像する。ゲーム、歌、漫画、小説、写真などの様々な表現が映画という枠のなかにちりばめられていて統一感がない。そこには頭のなかをそのまま見せられるような楽しみがある。少年のノートに書かれた漫画「虚無ダルマ」が現実となり空想であったはずの世界と現実がリンクしていく。とくに後半の狂気じみたアニメーションは素晴らしく、もう少しここを長く見ていたかった。
 ここまで映像で見せようという気概があるなら、セリフに頼りすぎないでほしいと思う箇所もあった。説明のための長台詞はもったいない。棒読み調のセリフのリアリティのなさはさておき、監督自身も脚本を書いているとのこと、いくらでも脚本段階で練ることができたはずだ。現実世界でもそうだが一人語りというのは往往にして退屈なものなのだ。特に、ある少女が性的な動画を学校で拡散され、そこについて別の少女と語るシーンについて。小説調にしたいのか、少女の独白として何の切実さもない。このようなある種のポルノグラフィはおじさんが書いた官能小説を若い女に朗読させるような類の寒気がする。残念ながらここには何の目新しさもない。
 この映画に込められたエネルギーは紛れもなく強烈で、だからこそ、削ぎ落とされていいものもあるはずだ。理解など求めなくていい、説明などしなくていい、物語を回すことさえ考えなくていい、と外から言うのはずるいかもしれないが、思わずそう言いたくなる。よくできた監督、手先の器用な作家は山ほどいる。完成度としては決して高いとはいえないが、何年も先にこの映画を再編集することもまた可能だと思えば、このバージョンがいかにエネルギーに満ち溢れ貴重なものかを実感するいい機会でもある。これからもめげずに保谷監督の神を探し続けてほしい。
(俳優・文筆家)







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