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評者◆髙橋順一
コミュニズムの原動力とは何か――アルチュセールのマルクス主義理論を、それへの最も重要なインパクトとなったラカン理論の側から読み解く(全文・前編)
はじまりの哲学――アルチュセールとラカン
伊吹浩一
No.3548 ・ 2022年06月25日




■伊吹の新著の書評に取りかかったのだがたいへん難渋した。そこでまず自分なりの読書ノートを作成しようと思った。こんなことを思いついたのは何年ぶりだろうか。以下はその読書ノートである。難渋した理由もこれを読んでいただければわかるはずである。
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 今回書評の対象となっている伊吹の著作を読むにあたって、ルイ・アルチュセールとは何者か、という問いから始めてみたいと思う。
 周知のように、一九八九年から始まったソ連・東欧社会主義体制の崩壊、いわゆる「冷戦」の終焉は、同時にマルクス主義思想・理論の影響力の致命的ともいえる失墜をもたらした。崩壊していった社会主義体制とともにマルクス主義思想・理論も歴史のゴミ箱に容赦なく投げ入れられたのであった。
 だがマルクス主義思想・理論が悪魔祓いの対象となって消えていった世界ではいったい何が起こったのか。「冷戦」終焉後のグローバル資本主義、とりわけその公認イデオロギーとなった新自由主義の跋扈の下で、世界は格差と分断の荒波によってずたずたに切り裂かれていった。そしてその裂け目から不気味に台頭してきたのが、宗教原理主義テロリスト ― 念のためいえば、これはイスラムだけに限定されるわけではなく、アメリカのキリスト教原理主義者やイスラエルのファナティックなユダヤ教原理主義者、インドのヒンドゥー原理主義者、日本のオウム真理教や「在特会」のような存在も含んでいる ― の蛮行、極右民族主義運動とポピュリズムの癒着、リベラルな民主主義、自由と人権、他者への寛容、権力や権威への開かれた批判を極度に嫌い画一化に基づく支配を志向する権威主義の跋扈、そして何よりも問題を手っ取り早く治安警察や軍隊の暴力によって、あるいは「世論」と称する同調圧力による批判の封殺によって解決しようとする手法の横行という事態であった。ここ二〇年余りの時代に登場したブッシュJr.(米)、トランプ(米)、プーチン(露)、習近平(中)、ネタニヤフ(イスラエル)、ムハンマド皇太子(サウジ)、モディ(インド)、エルドアン(トルコ)、ドゥテルテ(フィリピン)、金正恩(北朝鮮)、安倍晋三(日)、菅義偉(同)などの政治指導者、アル・カイーダ、IS(サウジ)、タリバーン(アフガン)、ボコ・ハラム(ナイジェリア)、プラウド・ボーイズ(米)などの武装テロリスト集団、そしてアメリカ共和党トランプ支持派、フランス国民戦線、ドイツのための選択などの極右ポピュリズム運動を列挙してみれば明らかであろう。今プーチンのロシアがウクライナで行っている軍事侵攻とそれに伴う残忍なジェノサイドは、こうした冷戦終焉後の趨勢のなかから生まれた一つの必然的な帰結に他ならない。その意味で今名前と国名を挙げた国家指導者や運動・組織はすべてプーチンの暴挙の本質的な意味での共犯者である。
 もちろんこうした事態を招いた要因がマルクス主義思想・理論の失墜だけであったというつもりはない。だがマルクス主義・理論が、ソ連・東欧社会主義体制という名の全体主義独裁のイデオロギーと化した「マルクス=レーニン主義」とはまったく違うかたちで、発展途上国においては植民地支配からの解放や民族独立を目指す運動の支えとして、資本主義諸国においては資本主義支配の苛酷さとそれを正当化する体制・イデオロギーの批判を行う抵抗思想ないしは批判理論として果たしてきた役割まで清算されてしまったとき、上記のような破局的な事態が生み出されてしまったことは否定できないであろう。今、核戦争の危機さえもが取り沙汰される事態 ― この事態の深刻さは明らかに一九六二年のキューバ危機を上回っている ― のなかで、あらためてマルクス主義思想・理論の持つ批判機能の不在が招いた怖るべき状況を捉え返し、そこからの脱却の方途を探ることは喫緊の課題といえよう。ともかく今世界を席巻する権威主義や非寛容、そこから生じるいわれのない差別・抑圧の跋扈、さらには戦争の暴力に対抗し、それを止めるための術を見つけねばならないのだ。それにはマルクス主義思想・理論の再生と活用のための戦略を、マルクス主義思想・理論の始原に立ち帰って考えてみることがぜひとも必要である。
 さて本題に入ろう。アルチュセールとは何者なのか、である。それを問うことは、じつはマルクス主義思想・理論の何が再生の対象となるのかを問うことに他ならないのだ。というのもマルクス主義思想・理論は決して単一ではないからである。かつて、正しいマルクス主義思想・理論は一つしか存在しない、それが上記の「マルクス=レーニン主義」であるという神話が存在した。その神話はいったい何をもたらしたのか。おそらく現在プーチンが崇拝する師と仰いでいるに違いない、スターリンの残虐な全体主義支配である。裏返していえばスターリンの全体主義支配の源泉となり、その正当化の根拠となったのが「マルクス=レーニン主義」だったのである。こんなものが再生の対象になりえるはずはない。とするならどのようなマルクス主義思想・理論が再生の対象となるのか。結論を先取りしていえば、アルチュセールによって再解釈・再構築されたマルクス主義思想・理論以外には再生すべきマルクス主義思想・理論はありえないのである。伊吹の新著はそのことを私たちに教えてくれるはずである。
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 ここから伊吹の議論に即しながら、なぜそういえるのかを究明していきたいと思う。そこでまず言及しておきたいのは、本書の第2章と第3章で伊吹が、ジャック・ラカンの精神分析理論の詳細な分析と解釈に大きなスペースを割いていることである。これは、本書における伊吹の議論の最大の特徴と思われる。私自身、本書のこの部分の議論からもっとも強いインパクトを受けた。と同時に読み進めるのにもっとも難渋したのがこの箇所であった。私事になるが、私はこれまでラカンの良い読者とはいえず、ラカン自身の議論はもとより、ラカン理論の影響の下に議論を展開しているスラヴォイ・ジジェクやジュリア・クリステヴァの議論もうまく理解出来てこなかった。今回本書を通して伊吹のラカン解釈を追体験することによって、私なりのラカン理論の読み込みと理解を果たすことが出来たと感じている。この点まず伊吹に感謝しておかねばならないと思う。
 ではアルチュセールを論じるにあたって伊吹はなぜこれほどのスペースを割いてラカン理論の検討を行わなければならなかったのか。もちろん伊吹がやろうとしたのはラカンのためのラカン解釈ではない。それはあくまで、アルチュセールの思想・理論、さらにいえばアルチュセールによるマルクス主義思想の救抜と再生という目標およびその意味、意義と結びついたラカン解釈である。裏返していえば、本書を読み解く上でポイントとなるのは、アルチュセールによるマルクス主義思想・理論再生の試みが、なぜラカンの精神分析理論の解釈(再解釈)と結びつかねばならないのかを把握することなのである。とはいえ伊吹のラカン解釈が本格的なものであり、ラカン理論の理解にも大きく寄与するものであることは間違いないだろう。
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 その議論に入る前に、アルチュセールによるマルクス主義思想・理論の再解釈のポイントとなる点を確認しておこう。伊吹は、「アルチュセールの理論活動はマルクス主義の二つの潮流と対峙する情況の中ではじまりを告げた。あくまでもマルク主義の陣営にとどまりマルクスの先進性を唱えながらも、一方ではスターリニズムに対峙し、他方ではそれをのりこえんとしたヒューマニズム的マルクス主義〔「疎外革命論」的マルクス主義やサルトル的な「実存」マルクス主義など〕、熱狂の中でヒューマニズムの復活を声高に叫び、人びとの中に浸透していく『新しいマルクス主義』を批判し、両者をのりこえるという困難を背負いながらはじまったのである。はじまりは困難である。このような状況の中、しかしどのようにはじめればよいのか」(15頁)といっている。
 この問いによってアルチュセールの思想・理論の位置が明らかにされる。アルチュセールは、「スターリニズム」=「マルクス=レーニン主義」と「ヒューマニズム的マルクス主義」、より正確にいえばブルジョア市民社会の時代の「イデオロギー」との調和・宥和を志向するマルクス主義の双方に対してラディカルな批判を加ようとした ― 私は、アルチュセールのなかに教条的「マルクス=レーニン主義」者の影がなお残っていることを否定出来ないと思っているが、そのことにはひとまず目をつぶっておこう ― 。ちなみにこのアルチュセールの二重対決の立場と、真の意味におけるマルクス主義思想・理論は、「マルクス=レーニン主義」や「ヒューマニズム的マルクス主義」もまた結局はそこに呑み込まれていったブルジョア近代イデオロギーの地平を根底から覆し超克しうるものでなければならない、と主張したマルクス主義者廣松渉の立場は共通している。そこから読み取れるのは、アルチュセールに即していえば、マルクス主義のなかに残る「疎外」概念のようなブルジョア近代イデオロギーにつながる要素を払拭し、「科学」としてのマルクス主義を確立しようとする「科学による理論革命」(22頁)への志向ということが出来るだろう。具体的には、『経済学=哲学草稿』や『ヘーゲル法哲学批判序説』を書いた初期のマルクスではなく、『ドイツ・イデオロギー』と『フォイエルバッハ・テーゼ』によって遂行されたブルジョア近代イデオロギーとの「認識論的切断」を経てはじめて可能となった、『経済学批判要綱』『経済学批判』『資本論』などの著作によって表現されている後期のマルクスの思想・理論作業に、マルクスの思想・理論を認識する上での焦点が見出されなければならないということである。
 ではこの「科学による理論革命」はどのようなかたちで遂行されるのか。ここで伊吹が掲げた問いの第二の重要なポイントが浮上する。それが「はじまりは困難である。このような状況の中、しかしどのようにはじめればよいのか」という言葉に示されている問題である。「はじまりの困難さ」こそアルチュセールの、そしてアルチュセールによって捉えられようとするマルクスの思想・理論のもっとも肝要な課題といってよいだろう。たとえば一八五〇年代から始まったマルクスの『資本論』への取り組みを思い起こしてみれば、それは明らかである。じつに第一巻刊行まで一〇年以上を費やしたこの『資本論』執筆作業において、マルクスがもっとも苦闘したのが文字通り「はじまり」の問題であった。どこから『資本論』の叙述ははじまるのか?はじまるべきなのか?そしてその叙述はどのような言説のかたちをとってはじめられるべきなのか?
 最初マルクスは『資本論』の叙述を生産一般から始めようとした。あらゆる経済活動の普遍的前提としての生産こそ『資本論』のはじまりに相応しいと考えるのは一見すると当然のことのように思える。だが『資本論』という著作は経済一般ではなく「資本」を、「資本」によって稼働する経済、つまり資本主義経済 ― 商品経済といっても市場経済といってもよい ― を論じようとする著作なのである。じつはこの違いが何かがもっとも決定的な問題となるのである。『資本論』は「資本の論」であって、「経済の論」でも「生産の論」でもないのだ。ところで「マルクス=レーニン主義」者たちなら、彼らの弁証法的唯物論→史的唯物論→マルクス経済学という体系に則った理論的ステップ、つまり世界観→歴史観→経済観というステップを踏んで『資本論』へと到達するのだと考えるであろう。これなら具体的には生産一般‐商品‐貨幣‐資本‐交換という風に論を進めていけばよいわけだから、そこには何の叙述上の問題も存在しない。
 だがマルクスはそういう風には考えなかった。まったく逆に、生産されたものが商品として現れるということはどういうことなのか、という問いから始めるのである。そしてマルクスは、生産されたものが商品として現れることに、自明なものと見なすことなど到底不可能な、謎という他ない事態が潜んでいることを見出したのであった。それが、生産一般から始まる議論によっては決して見えてこない資本主義経済の謎、秘密に他ならない。マルクスは後になってその謎に「価値形態」という名称を与えた。この価値形態の謎とは、生産物が商品として現れるとき、商品は使用価値と交換価値の二重性を帯び、さらにその結果として ― 原因ではない ― 商品の生産を遂行する個々の労働もまた具体的有用労働と抽象的人間労働(=社会的労働)とに二重化されて、商品がこの二重の価値、二重の労働の結節点となるという事態にまつわる謎である。ここでは商品が物ではなく価値となり、それに伴って労働は物を生産するのではなく価値を産出する労働となる。では価値とは?それは物でない以上、実体ではありえない。いってみれば空気のような抽象性である。空気のような抽象性を生産する?これはいったいどういうことなのか。こうして商品とそれを生産する労働には、商品を物(もの)の自明性に還元することなど出来ない謎に満ちた事態(こと)が宿されるのである。ではそれは何によってもたらされるのか。ここで驚くべき逆転・転回が生じる。じつはこの事態をもたらしたのは交換なのである。つまり、物が交換されることによって商品は生み出されるのであり、直接的生産によって商品が生み出されるわけではない、ということである。生産物が商品として現れるとき、じつは生産一般→商品→交換ではなく、交換→商品→生産(=労働)という、交換が生産や労働に先行するというまったく逆転したプロセスが開始されているのである。そしてこの逆転によってはじめて「資本」の形成が、さらには資本主義的循環が可能となるのである。これこそが、マルクスが『資本論』執筆にあたって見出した「はじまり」であった。そしてこの逆転による「はじまり」から、マルクスの遂行しようとする「科学による理論革命」が文字通り始まったのである。
 この出来事の持つ驚くべき意味を世界で最初に見出したのはたぶん我が国の宇野弘蔵であった。だがその「はじまり」の意味をマルクスの思想・理論のトータルな把握にとってのもっとも根本的な与件として最初に認識し得たのは、宇野より約三〇年後に登場するアルチュセール、より正確にいえば『マルクスのために』(河野健二他訳 平凡社)と『資本論を読む』(今村仁司他訳 筑摩書房)を書いたアルチュセールであった ― 私は、そこに廣松渉の『資本論の哲学』(勁草書房)も加えたいと思う― 。それは一言でいえば、「はじまり」たりうるのは、スタティックな同一性ではなく、ダイナミックな非同一性、差異性であること、そして同一性を「はじまり」に立てることこそがあらゆる倒錯、虚偽の、それこそ「はじまり」であるということである。それがどういうことであるのかはこれから追々明らかにしていくとして、ではこのようなマルクスにおける「はじまり」の意味をアルチュセールはなぜ把握出来たのだろうか。先ほど引用した伊吹のテクストの最後の「どのようにはじめればよいのか」という問いの後には次のような文が続く。「ジャック・ラカン、彼もまた、精神分析というみずからの現場で様々な闘争を繰り広げながら活動を展開していた」(15頁)。ここでラカンの名前が登場するのである。それを可能にしたのはじつはラカンの理論だったのである。どういうことなのか。
 伊吹は精神分析理論をめぐる一つの問題、正確にいえば問題状況に言及する。それは「フロイト主義者を自認するラカンにとって(…)実に忌々しき」(同前)状況であった。その「忌々しさ」をもたらしたのが「自我心理学」(同前)であった。フロイトの娘アンナ・フロイトによって創設され、後にアメリカに入った精神分析がサイコセラピー療法へと矮小化される要因となったこの自我心理学は、フロイトの、「快原理に支配されたエスから押しつけられる欲動につねに襲われる」自我が、「エスからもたされる欲動を制御しようと」して、今度は「外界からの圧迫を受け」るようになるとき、そこで「重要な働きをするのが自我から派生した超自我である」という考え方、言い換えれば「自我」は「エスと外界、そして超自我の三重の圧迫を受け、その葛藤の中で防衛機制を働かせながら主体の安定を保とうとする」という考え方を斥ける ― ちなみフロイトであれば、「この防衛機制が過度に働く(…)とき葛藤そのものが症状として現れ出る」(同前)というように考えるはずである ― 。自我心理学が向かうのは、「治療の方向性」として「自我の内に葛藤なき領域を形成することで自我の部分を強化する」という方向であった。そのほうが「葛藤」が消え、「現実と不調和をきたす症状も現わ」れなくなり、「患者本人も苦しみから逃れられる」(同前)からである。この考え方は一見もっともらしく思える。だが根本的なところで自我心理学はフロイトの理論の核心を見損なってしまっていたといわざるをえない。なぜならフロイトは、「葛藤なき自我など存在するはずがない」(16頁)と考えていたからである。自我や主体はおあつらえむきに予定調和的な安定を備えているわけではないし、その基盤となる同一性を帯びているわけではない。つまり、自明化された自我や主体が「はじまり」となることなど決してありえない、というのがフロイト理論の核心であるはずなのに、自我心理学はそれを完全に無視してしまったのである。自我心理学とフロイトの関係は、商品を自明な同一性、言い換えれば生産物一般として捉え、その自明性に基づいて経済理論を形成したイギリス古典派経済学と、商品の謎から出発し、生産‐商品‐貨幣‐資本‐流通‐消費‐再生産という循環(体系)の自明性=同一性を徹底的に解体していった『資本論』におけるマルクスの理論との関係に非常によく似ている。伊吹の言葉を引用しておこう。「ラカンはこうしたフロイト理論の歪曲と闘った。彼の理論活動は『真のフロイト理論』をよみがえらせることであり、そのために『フロイトへの回帰』を断固として行うことである。/ アルチュセールは、フロイトの革命性を人々に知らせることに果敢に挑戦するラカンを媒介にして、フロイト精神分析に出会った。いや、むしろラカンその人に出会った。ラカンは精神分析を再開しようとしている。精神分析をもう一度『はじめる』ことを企てている。(…)アルチュセールもまた、マルクス主義をマルクスに回帰することでもう一度はじめようとしていた。(…)ラカンを媒介にすることで、精神分析は個人的な思いをはるかに超え、理論的レベルでの革新性を備えたものであるとの洞察がアルチュセールを捕らえた。事実、アルチュセールの創出した概念 ― 徴候的読解、矛盾の重層的決定、創造的なものとしてのイデオロギー等々 ― 精神分析から概念を借用することで生み出されたものである。しかしたんなる借用ではない。マルクスが基盤とするプロブレマティックとフロイトが基盤とするそれは同じものであるとの直観が、この借用を説得力あるものにしたのだ」(16~7頁)。課題となるのは、マルクスが、ヘーゲルやフォイエルバッハ、イギリス古典派経済学によっては認識出来なかった事態をどのように認識し、かつ叙述可能にしたのか、という問題とちょうど平行するかたちで、ラカンは、どのように「フロイト理論の歪曲」に抗して「フロイトへの回帰」を、そして「精神分析をもう一度『はじめる』ことを」可能にしたのか、を明らかにすることである。こうしていよいよラカン理論の問題へと入っていくことになる。
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 第1章でまず問題として示されるのは、ラカンの理論がアルチュセールにとってなぜ模範とするに足る理論であったかということである。それはアルチュセールが「読むこと」にこだわったことと関連する。アルチュセールにとって「はじまり」は「読むこと」― どう読むべきか ― と不可分であった。そしてアルチュセールに、「読むこと」がなぜ本当の意味での「はじまり」につながりうるのかを教えてくれたのがラカンだったのである。それを示しているのが、伊吹が引用している『資本論を読む』のなかのアルチュセールの文章である。
 「われわれのフロイトの読み方を一変させたこの成果を現在われわれが享受できるのは、ジャック・ラカンの、長い間孤独であったが非妥協的で明晰な理論的努力のおかげである。ラカンがわれわれに与えてくれた根本的に新しいものが公的領域に入りはじめて、誰もが自分なりの仕方でそれを使い利益を得ることができたが、そうしたときこそ、私は模範的な読み方の教訓を得た恩義を心から承認したい」(26頁)。
 ではその読み方はどのようなものなのか、どのように読まれるべきなのか。そこで伊吹は、「イデオロギーから科学へ」という一見するとエンゲルス風のテーゼを掲げる。この「科学」が、マルクス主義の解釈に即していえば、すでに触れた初期マルクスからの「認識論的切断」を経て始まる後期のマルクスの思想・理論活動の内容を表わす概念であることはいうまでもない。そのことをあえて「イデオロギーから科学へ」といういい方で表現するのは、ここでいう「科学」が、「先行する科学理論とは異なる概念によって織りなされた理論的地平を切り拓き、もはや後戻りできない形で先行する理論から切断される」(27~8頁)という事態をもたらすものだからである。そしてこの事態には、「新しい科学理論が先行する科学理論をのりこえようとするとき、先行する科学理論がイデオロギーと化」すことが伴うのである。『ドイツ・イデオロギー』と「フォイエルバッハ・テーゼ」によって「認識論的切断」を遂行したマルクスが、『経済学批判要綱』を含む『資本論草稿』の執筆作業に取りかかったとき、はじめてマルクスにおける真の意味での「科学」への取り組みは始まったとするならば、それは同時に、『経済学=哲学草稿』や『ヘーゲル法哲学批判序説』『ヘーゲル国法論批判(クロイツナハ草稿)』など ― これらのテクストにマルクスの多くの創意に富んだ考察や創造性豊かなモティーフが含まれていることはいうまでもない ― が書かれた段階のマルクス、いわゆる初期マルクスの思想・理論が「イデオロギー」と化したことを意味するのである。こうしたアルチュセールのマルクスの捉え方は、主要に科学思想史研究に起源をもつフランスの科学認識論の発想、いわゆるエピステモロジーの発想と深く関係している。エピステモロジーのもっとも重要な開拓者の一人であるガストン・バシュラールは、彼の主著というべき『科学的精神の形成』(及川馥他訳 国文社)において、科学の発展の歴史が様々な「認識論的障害」を取り除きながら真に客観的な科学の実現を目指す過程であるといっている。たとえばクザーヌスやブルーノから始まる無限宇宙観にとってはアリストテレス=プトレマイオスの有限宇宙観は「認識論的障害」以外の何ものでもなかった。あるいはラボアジェの燃焼における酸素の役割の認識にとってプリーストリーのフロギストン説もまた「認識論的障害」以外の何ものでもなかった。アルチュセールにおいては、「イデオロギー」という言葉がこうした「認識論的障害」の要因となった先行科学理論を、あるいはそれによってもたらされる認識障害の機制を意味するのに対し、「科学」はそうした障害を乗り超えて新たな認識を可能にする理論を意味するのである。アルチュセールは、ラカンから教示された「読み方」の問題をエピステモロジーの問題意識と重ね合わせ、そこから彼自身のマルクスの正しい「読み方」の探求を開始した。伊吹はこの間の事情を極めて的確に次のようにまとめている。「われわれの認識の地平を切り拓くのはつねに科学である。それに続き哲学(=イデオロギー)がひきおこされ、科学はそれによって再び汚染される。しかし再び新しい科学理論が誕生し、イデオロギー空間を食い破り、人びとを新しい認識の地平へと導く。このように科学とイデオロギーの格闘過程は永遠に続くことになる。われわれは完璧な科学の世界には到達しえない。なぜなら、科学が新たな地平を拓いた途端にそこにはイデオロギーが待ち構えているからだ。だから科学の歴史は永続的な変革過程、終わりなき非連続的な連続の過程としてあり続ける」(31頁)。
 これこそがアルチュセールのなかにある科学のエピステモロジックな捉え方、より正確にいえば科学とイデオロギーの相互関係のエピステモロジックな捉え方の核心というべきものである。そしてここからアルチュセールにおけるマルクスの「科学」的読み方も導き出されることになる。ではそこにラカンの精神分析理論はどのように関わるのか。
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 この問題を考えるにあたって伊吹がまず指摘するのは、フロイトの精神分析が登場したとき遭遇しなければならなかった幾多の理論的困難である。伊吹は最初に、フロイトによる行われた幼児性欲の存在や無意識の存在の確証作業に対して起こった「イデオロギー的抵抗」(32頁)に言及する。その抵抗は、フロイトの精神分析がヨーロッパの文明伝統への極めてラディカルな挑戦であったがゆえに生じたものであった。しかしフロイトが直面した困難はそれにとどまらなかった。こうした抵抗以上に大きな問題となったのは、伊吹が次のように指摘している事態である。「フロイトは独力で精神分析の地平を切り拓いた『孤独』の中で、新しい理論、すなわち精神分析を打ち出そうとしたのである。フロイトは日々の臨床実践を通して、そこで発見したものを基礎にして未曽有の理論を生み出そうとしたのである。ところがそのとき、フロイトは『理論上の先例を、理論における父親を自分のために探しても、そういうものをほとんど見つけられなかった』のである」(33頁)。
 この指摘はたいへん重要な意味を持つ。というのも理論や言説の革命が起こるとき、ここで伊吹が指摘している「言葉がない」という事態が必ず生じるからである。裏返していえば、だからこそフロイトの精神分析は一個の理論=言説革命と呼び得るものだったといえよう。新たに見出された事態 ― たとえば幼児性欲や女性の性欲の存在 ― について古い理論は語る言葉を持っていない。するとどうなるか。その事態を頭ごなしに否定するか、さもなくばそれまであった言葉や概念にすがってつじつまを合わせようとするだろう。これこそがイデオロギーによる支配状況に他ならないのである。だからこそ科学は、この古い理論や言説を打破するために、そのためにはそうした古い理論や言説によっては決して語ることのできない事態を正しく語りうる理論、言説を産み出さねばならないのだ。そのためには何らかのかたちで古い理論を、あるいはそれに伴う概念や言説を、さらにはそこで使用される叙述の方法を変え(換え)なければならない。もちろん伊吹がいうように、古い理論の借用を一概に悪否定する必要はない。問題は、新しい事態に相応しい理論=言説へと変えていくこと、つまり「理論的加工」(35頁)だからである。それは、「読むこと」に即していえば、アルチュセールのいう「徴候的読解」の問題、つまり従来の理論によっては見えない問題の層・次元を開拓していく読み方の問題に他ならない ― 実際マルクスはヘーゲルやフォイエルバッハをそのように読んだのである ― 。じつはそのことをアルチュセールに気づかせてくれたのがラカンであった。ふたたび伊吹の引用するアルチュセールの文章を掲げておこう。「理論的反省の後のこの理論的加工は、ラカンが登場するまで、それはなかったということを私たちはしっかりと確認しなければなりません。ラカンの登場までは、つまり、借用された概念を自前の概念へと加工する試みまで、フロイトの読者には、一方ではフロイトの諸概念と、他方では精神分析が示すものの具体的内容との間には矛盾が存在しているのです」(37頁)。この文章はラカンがアルチュセールに何をもたらし、何を気づかせたかを端的に語っている。ラカンが発見するまでは、フロイトの概念すらもが、古い概念の借用によって解釈され読解されていたがゆえに「自前の概念」としては理解されず、したがって「精神分析の具体的内容」も正確には理解されていなかったのだった ― 欲動にせよ無意識にせよ ― 。つまり見えなかったのである。そのため、ラカン以前の精神分析理論には「矛盾が存在」せざるをえなかった。それを打破しようとしたのがラカンの「フロイトへの回帰」である。それは、「フロイトそのひとにおいてはっきりと確立され、はっきりと固定され、はっきりと据えられた理論への回帰」(37~8頁)を目指すものであった。そしてそれによってフロイトと精神分析理論を蔽っていた「イデオロギー的偏見の巨大な空間」(38頁)をはじめて打破することが出来たのである。
 ここまでくれば明らかなように、アルチュセールがやろうとしているのは、ラカンが「フロイトへの回帰」によって辿ろうとした「イデオロギーから科学へ」の道を、マルクスにおいて辿ることである。ではラカンにおける「フロイトへの回帰」とアルチュセールにおける「マルクスへの回帰」のあいだにはどのような理論的平行性が看取されるのだろうか。次にそれを見ていこう。
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 精神分析が対象にしようとしている無意識は、意識を欠いているがゆえに言語や概念によるストレートな表象化や概念化が出来ない存在である。伊吹のまとめを引用しておこう。「無意識についての実験的な検証が不可能であることや言語による論理的演繹が不可能なこと、あるいは他者による解釈が有効でないことはここに〔無意識には、意識があるときのような「意味」の予料=先取が存在せず、別な「意味」のあり方が存在することに〕関係する。それらは結局、予料しうる意味の地平で無意識を扱おうとしているのである。無意味における『意味』は予料しえない。/しかし、科学的検証というものは、予料し得る意味を前提として成り立つ。他者による認知は科学の最低条件であり、何らかの特定条件に縛り付けられたままでいる閉じられた言説は科学の名に値しない。科学は、予料し得る意味という次元で語られねばならないのだ。しかし無意識における『意味』は予料し得ない」(46頁)。
 ここでも重要な指摘が行われている。それは、ラカン=アルチュセールのいう「科学」が通常の意味での科学、すなわち「意識」が存在する次元における「意味の予料=先取り」が前提となる科学、つまりあらかじめ予料される仮説という「意味」に基づいて実験を通した実証=検証を行うことが出来るようないわゆる実証科学や経験科学とは本質的に異なるもの、つまり「無意識」において存在する「別な意味」、言い換えれば意識、さらには言語を前提とするような意味とは異なる「意味」を扱う「科学」であることである。思えばもう五〇年以上前、東大闘争や七〇年六月に向けた第二次安保闘争が激しく闘われていたさなかにはじめてアルチュセールと出会ったとき、私は当時囚われていた主体的唯物論や疎外論的マルクス主義によるバイアスのせいで、アルチュセールのいう「科学」に激しい嫌悪と反発を感じた。そのくせ一方で廣松渉の著作には魅かれ始めていたのだから今考えると矛盾しているのだが、廣松は言葉の上では科学批判を掲げていたので構わないと思っていたのであろう。ともかくそれから長いあいだアルチュセールの理論は私にとって鬼門であり続けた。当然ラカンとも縁遠い状態が続いた。そしてこの問題は決して私一人の問題ではなかったと思われる。
 少し論脈から外れるが、日本の六八年から七〇年にかけての闘いの季節における不幸の一つは、ラカン=アルチュセールの「科学」の意味を正しくつかむことが出来なかったということ、より正確にいえばこの正しくつかめなかったという事実によってまさに象徴されている事態にあったのではないかという気がする。すなわち、マルクスをもっぱらカント‐フィヒテ‐ヘーゲル(‐フォイエルバッハ)というドイツ観念論の文脈だけから理解していたために、マルクスのなかにも存在したいわゆる構造論的思考 ― あえて「構造主義」という言葉は使わない ― の持つ意味、とくにそれが持っていた近代ブルジョア主体主義(主観主義)と近代ブルジョア科学主義(客観主義)の双方を同時に批判するかたちで近代の自然・世界・社会・文化・人間認識の総体を批判的に組み替えようとする戦略 ― これが「イデオロギーから科学へ」である ― の持つ意味が正確に理解出来なかったということである。このために対国家権力の闘いにおいても、社会闘争や文化闘争の局面においても、近代ブルジョア・イデオロギーの肺腑を衝く闘いが展開できず、あげくに「マルクス=レーニン主義」の呪縛から逃れられないまま連合赤軍や東アジア反日武装戦線に象徴される粗笨極まりない唯武器主義的闘いにのめり込んで自爆、自滅していってしまったのである ― ちなみにあの時代そのことに気づいていたのはほとんど長崎浩ただ一人であり、やや遅れて柄谷行人がそれに続いたのであった ― 。今ふりかえれば、ソシュール言語学の持つ意味、あるいはフロイトの精神分析理論の持つ意味、さらにはすでにフランスで進みつつあったマルクス解釈の革命というべきスピノザを媒介としたマルクス思想の再解釈の持つ意味、さらにはマクルーハンやケネス・バークを嚆矢とする広義の意味でのメディア・表象論の持つ意味、そしてそれらを背景にしながら登場してきたフーコー、ドゥルーズ、デリダたちの思想の持つ意味などがあのとき少しでも理解されていればという、臍を噛むような思いがわいてくるのを禁じ得ないのであるが、そうした状況のなかでじつはもっとも重要な焦点となるのがラカン=アルチュセールの「科学」の持つ意味の正確な理解だったのではないかと今思うのである。先ほど触れた廣松の科学批判もまた、こうした広い意味での構造論的思考の文脈における近代認識批判の文脈において捉えられねばならなかったはずである。伊吹は先の箇所に続いて次のようにいう。
 「無意識とは、言うまでもなく、生理的秩序に属するものではなく、あくまで『心的現象』である。そこでフロイトは、無意識を規定するために『表象』という概念を使用した。『表象』とは主体の中に感性的多様、一種の像を産み出す作用である。そして感性的多様に統一をもたらす原理が『意味』である。意識は諸表象によって構成されていることは言うまでもないが、無意識も同様である。われわれの世界はすべて秩序づけられた表象によって形成されており、この世界の領域が意識の領域である。それに対して無意識における諸表象は意識におけるような秩序を持たない」(46~7頁)。
 ラカンの精神分析理論にとって「科学」は、意識によって秩序づけられた表象の世界ではなく、無意識に対応する秩序なき世界、言い換えれば「意味」による統一を持たない諸表象の世界を対象とするものである。ここで一つの決定的な事態が生じる。この「科学」は、「意味」による統一=秩序の前提となるもの、すなわち主体(主観)の側と表象(主体にとっての客体)の側の双方において成立する同一性を欠いたものとしての無意識、あるいはそれに対応する表象を扱うのである。それは、同一性なき科学というべきものであり、そこでは通常の意味での概念の規定 ― いうまでもなくそれを可能にするのが意味の/による定義である ― も、原因-結果関係という因果律に基づく知=認識のかたちも一旦はすべて無効になる。これは、マルクスが『資本論』のなかで「媒介する運動は、運動自体の結果のなかに消失し、いっさい痕跡を残さない」(『資本論』第一巻今村仁司他訳、筑摩書房 141頁)といっている事態とたいへんよく似ている。マルクスもまた『資本論』の価値形態論において、「媒介の結果」のうちへとそれをもたらす「媒介する運動」、すなわち原因が「消失」するという事態、言い換えれば原因が結果のなかにのみ込まれ、結果の後においてはじめて見出されるという、通常の因果性とはまったく逆な事態を見すえているのである。ちなみにフロイトも、神経症の臨床例のなかで、発症の原因となる記憶、結果としての神経症というリニアーな順序では説明のつかない事態に遭遇し、「事後性」という概念を案出したのであった。マルクスが価値形態の分析において因果性の否定へと行き着いたように、フロイトもまた無意識の分析において因果性が否定される事態へと行き当たったのである。後に言及することになると思うが、アルチュセールの「構造因果性」という概念もまたこうした事態と対応している。ここに構造論的思考のいちばん重要な契機が存在することを見逃してはならない。
 ではここからラカンはどのようにオルタナティヴな科学というべき無意識に対応する「科学」を構築しようとするのか。ここで重要な意味を持つのがソシュール言語学との邂逅である。「ラカンは(…)いかにして無意識の科学理論を構築していったのか。いかにして、精神分析をある種の秘教性*〔*原文は「秘境性」となっているが「秘教性」の誤植と判断する〕から解放していったのか。/そこでラカンが行ったのがソシュール記号学の導入である」(47頁)。
 ラカンの無意識の「科学」にとって決定的な意味を持つことになるのがソシュールの記号学であった。なぜか。ソシュールは言語記号を「シニフィアン(意味するもの)」と「シニフィエ(意味されるもの)」の恣意的な結びつきとして捉え、音声記号としての「意味するもの」が形づくるランダムな差異によって「意味されるもの」が結果的に、言い換えれば事後的に生み出されると考える。それは、従来の言語学、というよりヨーロッパの文明伝統のなかにおいて自明化されてきた言語観と真っ向から対立する考え方であった。というのも伝統的な言語観は、「意味されるもの」が「意味するもの」に絶対的に先行するという考え方に支えられていたからである。すなわち言語には各々あらかじめ規定された「意味されるもの」が内在しており、それに対してその表現媒体として後から「意味するもの」が結びつくことによって具体的な言語が成立するという考え方である。したがって言語においては、まず「意味されるもの」が先行する本質=原因として規定され、「意味するもの」はその外的現われ=結果として後からやってくるというかたちで、「意味されるもの」と「意味するもの」のあいだの必然的な因果関係が想定されているのである。これは、伝統的なヨーロッパ形而上学を支配している、普遍=本質から個物=現象を演繹・分析的ないし表出=外化的に導き出すという因果性の発想と共通するものである。「意味されるもの」が普遍=本質に、「意味するもの」が個物=現象に対応するのはいうまでもない。
 ところがソシュールの言語記号の認識は、この「意味されるもの」が原因であり、「意味するもの」が結果であるという因果系列を、「意味されるもの」は「意味するもの」の恣意的で偶発的な差異によって生み出されるということによって、完全にひっくり返してしまったのであった。これは恐るべき「はじまり」の転覆であった。だからこそソシュールもまた、「はじまり」に苦しんだマルクスと同様、自らが見出したこの未曽有というべき事態を叙述するための言語の不在に苦しみ、生涯まとまった著書を一冊も残すことが出来なかったのであった。このことはラカンにとって、さらにはアルチュセールにとって決定的な意味を持つことになる。ここでこの問題を正確に理解するうえで極めて示唆的な今村仁司のテクストを引用しておこう。「アルチュセールによれば、近代ヨーロッパ思想史においては、三つの偉大な叙述モデル(因果性論のモデル)がある。第一に、ガリレー=デカルト型の推移的・分析的因果性の理論、第二にライプニッツ=ヘーゲル型の表出的因果性の理論、最後に、ここで問題となるスピノザ=マルクス型の構造因果性の理論である」(今村『暴力のオントロギー』 勁草書房 53頁 )。ここで名前は上がっていないが、ソシュールの言語学が三つ目の「構造因果性の理論」モデルに属しているのはいうまでもない。だからこそそれはラカンに巨大なインパクトをもたらしたのである。ではそのインパクトはどのようにラカンのなかで受け止められたのか。
 伊吹によれば、ラカンにとってのソシュールの理論の核心は「言語記号の『恣意性』arbitraire」(48頁)にあった。すでにいったように、このことによって「言語記号はある固定されたシニフィエが予め与えられているわけではなく、差異化によって意味がゲシュタルトされ、それが一つの言語記号の単位として立ち現われる」(同)ようになるからである。「ラカンはそこに注目した。シニフィエとシニフィアンを完全に分離したのだ」(同)。
 ようやくここまできて伊吹が本書で論じようとした問題の入口へと到達することが出来たのではないかと思う。ラカンが「フロイトへの回帰」によって遂行しようとした無意識の「科学」としての精神分析理論の再構成の出発点となるのは、このソシュールの言語記号学における「シニフィアン」と「シニフィエ」の分離を手がかりにして、無意識の領野に対してシニフィエから分離されたシニフィアン、つまり意味を欠いた=無意味なシニフィアンを当てはめ充当することであったからである。そしてラカンは、フロイトが「表象」という概念を「語表象」と「物表象」に分け、意識の領野には両者が存在しうるに対し、無意識の領野には物表象しか存在しえないとしたことを受けて、この無意識の領野における「物表象」にこそ、「シニフィエなきシニフィアン」、言い換えれば意味を欠いた「純粋なシニフィアン」が照応すると考えたのである。ここでも私は自分がこれまで囚われていた誤解に気づくこととなった。すなわちラカンが無意識を言語化したという通説は、正確には無意識のシニフィアン化とし理解されなければならなかったのである。ラカンの無意識の「科学」の出発点を正確に示している伊吹の言葉を引いておこう。
 「無意識に到達する途は限られている。夢や症状、機知や言い間違い、失策行為などの無意識の形成物を通してしかない。しかし、夢や症候は『正常な』見地からは(他者、そして当人にとっても)まさに意味不明である。症候は一般的な世界認識の規範を逸脱し、その調和と秩序を乱す。『正常な』意味を欠いている。まさに無-意味、”意味”が“無い”。ラカンがシニフィアンという概念を導入するのはここである。症状はシニフィアンなのである。シニフィアン(症状)はシニフィエ(意味)を欠如させている」(49頁)。
 おそらくラカンにとっては、初期のフロイトにあった、神経症の「原因」となる隠蔽された記憶に「お話療法」を通して到達出来れば、言い換えれば患者が自分の症状の原因を正確に語ることが出来るようになれば、「結果」である神経症は快癒するという診立てもまた誤りであることになるだろう。むしろ原因のない、意味を欠いた状態としての症状のうちへと置かれている患者の主体の無意識のあり様を、そしてそれが帯びている同一性なき壊乱状態(夢や症状、機知や言い間違い、失策行為など)を、原因-結果型の因果性から解放されたかたちで把握することこそが課題とならねばならないのである。逆にいえばここで問われるべき無意識とは、患者の主体に症状を通して意味なきシニフィアンが連鎖状に訪れてくる状態に他ならないといえよう。精神分析の課題がこうした無意識を思考することだとするならば、それはこの意味なきシニフィアンの連鎖を思考することになるはずである。そしてそれは意味に根ざす意識=言語的思考とは異なるものではあるが、まぎれもなく一個の思考であり、だからこそ「科学」の原動力となるのである。ここで明らかになるのは、最終的に問われている課題が、症状へと回付される主体のあり方、それもシニフィアンの連鎖の「効果」として事後的にのみ語られうるような主体のあり方であるということである。ここから伊吹は一気にラカン理論の核心というべき構図を明らかにする。大事なところなので少し長いが全テクストを引用しておこう。
 「そして、ラカンはこの無意識的思考における意識とは別の『論理』を、『シニフィアンの連鎖』として説明した。シニフィアン、それはそれだけでは存在しない。シニフィアンが意味するのは純粋な差異である。『シニフィアンは、ただ、それが他のすべてのシニフィアンと異なっているということだけによってそれ自身である』のだ。ラカンは、『シニフィアンとは、主体を他のシニフィアンに対して代理=表象するものである』と述べている。主体はみずからの意味=シニフィエを持たない。シニフィエはシニフィアン間の差異によって産み出される『効果』である。シニフィアンの連鎖の差異によってしか自己のシニフィエ=意味は表象され得ることはない。それゆえ、主体はシニフィアンの連鎖に回送され続けることになる。主体自身は諸シニフィアンの中に包摂されており、先行するシニフィアンと純粋な差異の関係にある一つのシニフィアンである。シニフィアン間の差異化によって意味されるもの(シニフィエ)が産み出される。これが『欲望すること』である。欲望とは欠如を埋めること、あるいは欠如の印そのものである。ラカン理論とは欲望の理論であった。ラカンは、主体が或るシニフィアンから別なシニフィアンに回送されていく様をここに描き出したのだ」(50頁)。
 この「欠如」をめぐって「回送され続ける」「シニフィアン」の連鎖が「欲望すること」の運動に他ならないということ ― 、ここにラカン理論の核心が存在する。もちろん「欠如」があるから「欲望」が惹起されるのだが、そこで問題となるのは両者の単純な因果関係ではない。ここでも「欲望」は、むしろ意味なきシニフィアンの連鎖のなかで事後的な効果としてしか、つまり「欠如」的にしか現前しえない意味や主体と同様に扱われねばならないからである。「欠如」はたんなる不在でも、ましてや単純な空白でもない。だが欠如であるかぎりそれは実在として認識しうる対象とはなりえない。ではこの欠如とは何か、それは何の欠如なのか、「欠如の印」としての欲望とは何なのか。それが問われなければならないのである。伊吹がこの後続く第2章と第3章において詳細を究めた議論を行っているのはほとんどこの問題をめぐってであるといっても過言ではない。そこには欲望の下層に潜むさらに根源的なポテンシャルとしての「欲動」の問題がからんでくる ― しかも鏡像段階論を媒介にしてこの欲望‐欲動が捉えられるとき、じつは欲望は「他者の欲望」となるのである ― 。さらには「エディプス・コンプレックス」というかたちで定式化されることになる「母」と「父」と「子=主体」の錯綜した関係も問題になる。「母」への欲望の凝集体である「想像的ファルス」が「父」というシニフィアンの介入によって「去勢」され、母に向けられる「想像的ファルス」に代わって父に向けられる「象徴的ファルス」が登場することによって、「シニフィアンの連鎖」の来訪が開始され、それとともに主体がはじまること ― これは断じて「本当の自分」などではなく、「他者の欲望」の担い手でしかない ― 、とはいえ「母」への欲望は単純に消滅するのではなく、現実には欠如しながら不在的に現前する「もの」としての「母」への欲動=欲望は決して消えることはないこと、という問題である。こうした諸問題が複雑に絡み合あいながら主体の生成をめぐる「弁証法」を形づくっていくのである。詳細な議論は伊吹の著書を自分で読んで辿ってもらう他ないが、スリリングともいうべき知的興奮を誘う幾多の仕掛けが待ち受けていることをここでぜひ明記しておきたい。
                    *
 本書におけるラカンとアルチュセールの間の橋渡しの媒介項として、伊吹は、アルチュセール理論の重要な要素の一つであるイデオロギー論に焦点を当てようとする。そして伊吹は、あのアルチュセールの、イデオロギーによる呼びかけによって人は主体となるという有名な議論が、今見てきたようなラカンの精神分析理論における主体の機制と重ねあわせることによってはじめて正確に理解出来るということを私たちに教えようとするのである。それは、マルクス主義における主体概念 ― たとえば階級闘争の主体 ― もまたラカンが見出したような主体をめぐる錯綜した議論から捉えられなければならないということである。事実アルチュセールは、伊吹が引用しているテクストの中で次のようにいっているのである。「いわばマルクスの理論そのものによって期待されていたような弁証法の諸形態を探究したという点で、奇妙にもフロイトの方が優っている」(53~4頁)。
 このことはアルチュセールを衝き動かしていた理論的モチベーションが、マルクスとフロイトのあいだの「哲学的類似性」にあったことを証し立てているといってよい。第1章の最後で伊吹はこの問題に言及する。
 アルチュセールが両者の類似性を捉えるにあたって注視するのは、「マルクス主義理論とフロイト理論にそなわる闘争性」(54頁)である。それは、マルクスもフロイトも、同時代の支配者やマジョリティが抱いている世界観や認識パラダイムに対して果敢な闘いを挑んだことに由来する。たとえばアルチュセールがマルクスに見出すのは「剰余価値と階級闘争の『発見』」(55頁)である。しかし字面に惑わされてはならない。それは「マルクス=レーニン主義」の階級闘争史観などとは全く違うものだからである。伊吹の説明を見てみよう。「マルクスの固有性とは何か。(…)マルクスは一つの理論革命を成し遂げ、未曽有の理論地平を切り拓いたのである。では、マルクスがやったこととは何か。マルクスは、『資本論』において、古典派経済学を批判する。その一つが『剰余価値』をめぐることである」(56頁)。では「剰余価値の発見」はいったい何を意味したのだろうか。伊吹は続ける。この文章はぜひ注意深く読んでいただきたい。ここで伊吹は極めて重要なマルクスのエピステモロジックな契機を抽き出しているからである。
 「マルクスは剰余価値を『発見』した。しかし、古典派経済学も実はすでに暗黙裡に剰余価値の存在を知っていた。ただ、それを『説明する』ことができなかっただけである。なぜか。それは彼らの理論的『認識』の地平では剰余価値は『見えない』ものであったからである。/マルクスは古典派経済学のテクストを読んだ。しかしただ漫然と読んでいたわけではない。『徴候的読解』lecture symptomaleを行っていたのである。これはテクストの上に顕在化していない潜在的なものを読み取る読解であり、『第二のテクストがすでに第一のテクストの中に、少なくとも可能態としてあり、見えないテクストがすでに読み得るテクストの中にそれ自身には見えないものとして含まれている』状態で、この第二のテクスト読むことである。アルチュセールは、マルクス自身が行ったこの読解を、さらにマルクス自身のテクストに施すことを試みる。これによってマルクスの剰余価値の発見を説明するのである。/アルチュセールには『プロブレマティック』probl?matiqueという概念がある。プロブレマティックとは『問いの体系』として特定の理論的体系の内的な参照体系であり、解決すべき問題とその解決方法を与え、ある理論がその認識をもたらそうとする対象に特定の定義を与えることによって特定の論述を可能にするものである。(…)すなわち問題を解決することとは、そのプロブレマティックの中で『見える』対象を『可視化』する、あるいは『認識』をもたらすことに他ならない。だからプロブレマティックの中で『見えない』対象はそもそも『問えない』。/古典派経済学は剰余価値という生産物の価値部分の存在に気づいていた。また剰余価値がどのように生まれてくるかも多少は説明していた。剰余価値は、資本家が等価部分を支払うことなしにわがものにする労働生産物から出てくるということは分かっていた。しかしそれ以上進まなかった。(…)/逆にマルクスは古典派経済学が見ることができなかった対象を見ていた。古典派経済学とは別の問いを立てていたからである。別な地盤、別なプロブレマティックで思考していたのである。だから剰余価値を『発見』できたのである」(56~7頁)。
 長い引用になってしまったが、ここにはアルチュセールが見ようとするマルクスの「科学による理論革命」の要諦が余すところなく詳細かつ正確に叙述されている。焦点となるのは「徴候的読解」と「プロブレマティック」という二つの用語である。そこから読み取ることの出来るのは、「『第二のテクストがすでに第一のテクストの中に、少なくとも可能態としてあり、見えないテクストがすでに読み得るテクストの中にそれ自身には見えないものとして含まれている』状態で、この第二のテクスト読むことである」といわれている、見えないものの可視化の方法、より正確にいえばそれまでの「読み方」や認識方法では捉える=見ることの出来なかったものを捉える=見えるようにする方法である。それこそがエピステモロジーとしての「科学」の意味に他ならない。
 ではフロイトのほうはどうであろうか。伊吹によれば、「アルチュセールは、マルクスに生じたこのような事情がフロイトも生じていたと見ている。『(…)無意識とその効果を発見したフロイトは、『意識』によって統一性が保証される、あるいは完成される『主体』としての『人間』に関する『自然的』で『自然発生的』なある種の考え方を批判したのだ』。/フロイトは精神分析を打ち建てることによってそれまで存在した心的現象に対する素朴な観念を批判した。既成のイデオロギー(人間主義)が基盤にしてきた『意識の哲学』というプロブレマティックを根底から覆す理論を提示したのだ。一方、マルクスは古典派経済学を批判することによって新たな地平を切り拓いた。両者の理論実践において共通する何かがあるとアルチュセールは考える。/『実際は、この比較〔マルクスとフロイト〕は一見そう思われるほど恣意的なものではない。意識によって統一性が保証される、あるいは完成される主体としてのイデオロギーは、いい加減な断片的イデオロギーではなく、とりもなおさずブルジョア・イデオロギーの哲学的形態にほかならない。このイデオロギーは五世紀にわたって歴史を支配してきたし、現在はかつてほどの勢力は持っていないにしても、観念論哲学の広い領域においていまだに支配的であり、心理学、倫理学、そして経済学にいたるまでその暗黙の哲学を構成している』」(60~1頁)。
 ここにおいてマルクスとフロイトの両者に共通する思想的方向性が浮かび上がってくる。それは、「ブルジョア・イデオロギーの哲学的基盤」をなしている「主体」概念や「人間」概念の仮構性・仮象性、より端的にいえばその虚偽と顛倒を暴き、そのイデオロギー的構成体である「意識の哲学」=「観念論哲学」を解体しようとする姿勢である。伊吹はこれを両者に共通する「理論的反人間主義」と呼ぶ。「科学」、そしてそれを支える「理論的反人間主義」によってマルクスとフロイトは、ブルジョア近代イデオロギーの「理論」や「プロブレマティック」によって作り出された「人間」概念を前提とする限りは決して認識しえない未踏の地平へと踏み出していくのである。ここであらためて伊吹の引用しているアルチュセールの『フロイトとラカン』の一節を引いておこう。「マルクスとフロイトは何も発明していない。二人が生み出した理論の対象は彼らの発見以前からすでに存在していたからである。ではいったい、彼らは何をもたらしたのか。それは対象、およびその限界と延長を定義したことであり、対象の条件と存在 形態と結果を特徴づけたことであり、対象を把握し、それに働きかけるためにどんな要件を満たさねばならないかを定式化したことである。要するに対象に関する理論、あるいはそのような理論の最初の形をもたらしたのである」(66~7頁)。
                   *
 第2章及び第3章のラカン理論についての伊吹による詳細な解釈が本書の白眉であることはすでに言及した通りである。ここからその解釈の跡を詳しく辿っていく作業に入りたいと思う。おそらく煩瑣に過ぎる作業と眉を顰める向きもあると思うが、しばらくは御寛恕を願いたいと思う。
 伊吹は、まずアルチュセールのイデオロギー論をあらためて取り上げる。アルチュセールのイデオロギーのポイントは、人間が「イデオロギー的動物」であり、したがって「イデオロギーから逃れられない」(70頁)という認識にある。このイデオロギーが「観念的・精神的なもの」であることはいうまでもない。だが同時にアルチュセールは「イデオロギーは物質的な存在を持つ」(71頁)ともいう。どういうことなのだろうか。ここで興味深いのは、アルチュセールがその根拠にパスカルの、「ひざまずき、唇を動かして、祈りの言葉を唱えなさい。そうすれば、あなたは神を信じるだろう」(同前)という言葉に求めていることである。パスカルはデカルトの同時代人だったが、神の捉え方においては対蹠的であった。パスカルは神を知ることが出来るのは人間の理性の力ではなく神の啓示の力であると考えていた。神は人間の理性の力を超えたものであり、したがってデカルトの神の証明のような知的方法によっては捉えられないものである。神の把握は理性ではなくそれ以前の祈りの身振り、行為によって行われなければならないのである。引用したパスカルの文章が明らかにしているのはそのことであった。そしてこの神が理性を超える存在、つまり理性の分析力や認識力によっては捉えることの出来ない存在であるということと、「イデオロギーは物質的な存在を持つ」という命題が通底するのである。それを伊吹は次のようにいう。「観念〔神、イデオロギー〕は、むしろ身体的な行為〔物質的なもの〕から生まれる。/はじめに行為ありき」(同前)。
 このことは同時に、「意識せずに ― まさに無意識裡に ― 遂行される身体的行為によってイデオロギーはわれわれに宿り、われわれはイデオロギーの主体となる。しかしなぜ、このようなことが起こるのか。/イデオロギーにおける身体的行為の先行性、、ここにはどのような機制が働いているのか」という問題を惹起する。「この問題を探求していかねばならない」(72頁)のだ。そして伊吹は、「それには、イデオロギー論を展開するにあたってアルチュセールが着想を得たと言われるジャック・ラカンの精神分析理論、これに立ち戻ることである」(同前)という。アルチュセールのイデオロギー論が理性以前の、言い換えればデカルト的な自己意識以前の「身体的行為」の次元に定位されるとすれば、というよりもそこに定位されることになったのは、無意識の「科学」としてのラカン理論のよってであり、従ってアルチュセールのイデオロギー論の解明のためにはラカン理論の解明がまず必要になるのである。伊吹によれば、それはアルチュセールが「はじまり」だけを示して踏み込もうとしなかった問題、すなわち人はイデオロギーからいかに解放されるのか、という問題について考えることにもつながっていく。「精神分析に依拠しながら、さらにその深部へと入り込み、アルチュセールが見ることができなかった領野を切り拓くことを企ててみよう」(同前)。
             *
 ラカン理論への入り口として伊吹が掲げるのは「鏡像段階論」(73頁)である。周知のようにラカンは、生後間もない幼児はまだ自己の身体に対して統一されたイメージを持っていないと考える。つまりこの段階の幼児に存在するのは、「『寸断された身体』、四肢がバラバラに切り離されたように知覚された状態である」(同前)。この段階では自己の身体と周囲の環境との境界も、母の身体との区別も存在しない。
 しかしこの幼児は鏡に映った自分の姿、つまり鏡像によって、「それまで漠然としてつかむことができなかった身体」が「統一性を有したまとまりへと一挙に飛躍をとげる」(同前)のを体験する。つまり「鏡のなかにある自己の身体」を通して幼児は自我を獲得するのである。逆にいえば「自我とは身体イメージそのものなのである」(74頁)。このイメージが直接知覚されたものではなく想像されたものであることはいうまでもない。獲得された身体イメージ、そしてそれがもたらす自我は想像的なもの、ラカンの言葉を使えば「想像界」に属するものである。さらに重要なのは、この「身体イメージ」が、「私の外部にある鏡に映った像、他のもの、他者」(同前)であるということである。つまりこの身体イメージ、それに基づく自我は、想像的な「他者」という境位に置かれるのである。この身体イメージ‐自我が「他者」を起源とするということこそラカン理論の要諦といえよう。そしてこの「外部にある鏡像」(75頁)としての「他者」に自己の起源があることは、自我がそうした外部=他者への/からの「疎外」であることを意味している。「自我の誕生は疎外に起源をもつ」(同前)のである。つまり「人間は自己の鏡像という他者に同一化し、他者をまとうことによってはじめて自己を認定できるが、しかしそれは自己の起源そのものが他者に奪われていることでもある」(同前)のだ。こうして自我、あるいは自我を基礎に持つ主体は、その存在のただ中に、私=私という同一性が切断される深い裂け目を抱えることとなり、もはや無媒介に「私は私である」ということは出来なくなる。そのことが主体に葛藤をもたらすのはいうまでもない。「ここで形成された想像的関係は『お前か、私か』という双数的・敵対的なduel関係がせめぎあう不安定性がたえず支配する」(同前)ようになる。自我は自らの内なる他者との葛藤なしには成立しえないのである。伊吹の次の言葉は、自我が、そして主体が負わねばならない葛藤がいかなるものかを示している。「寸断された身体と、みずからを同一化させている自律的な身体像との裂け目に基づく葛藤がつねに自我につきまとう。このような事態が、自我が生涯持ち続けることになるナルシシズムと攻撃性の源泉となる」(同前)。
 こうした「ナルシシズムと攻撃性」の両義的な葛藤・動揺に曝される自我に「安定性をもたらすのが」、意味なき「シニフィアン」の無限連鎖の訪れによって始まる言語的次元としての「象徴界」(76頁)である。この言葉に伊吹は長大な註をつけ、そのなかでこの言葉を読み解く鍵となる鏡像段階とエディプス・コンプレックスの関係について詳細な説明を行っている。それは私にとって本書の問題、とりわけアルチュセールを読み解く鍵としてのラカン理論という問題により深く踏み込んでいくうえで極めて有益な教示を与えてくれるものであった。この註の内容を見ておきたいと思う。
 「エディプス・コンプレックス」がまず示すのは、出生後間もない子供にとっての最初の他者となるのが母であるということである。それは同時に、一人では生きていけない子供が、自らのうちにある「欲望」、より正確にいえば「欲望」を喚起する「欠如」を、まず母という他者に対して訴えることを意味する。「人間の生存の可能性は、母という他者とのやりとりにかかっている」(同前)。それは同時に子供が、「『欲求』に迫られそれを充足するには、いったん言語を媒介にして他者に要求せねばならないことを学ぶ」(77頁)のを意味する。
 ここから一つの重要な転機が子供に訪れることになる。こうした母という他者との欠如-欲望とその充足要求を通した「やりとり」のなかで、子供は、自分の「要求」と母の「返答」が一致することによって、自分と母のあいだの欠如-欲望関係が相互的であるという思い込みを得る。自分の欠如-欲望が母に向けられているのと同じように、母の欠如-欲望もまた自分に向けられているという思い込みである。これが想像的なものの中身になるのだが、その際に子供のなかで母の欠如-欲望の対象として想像的に形成されるのが「想像的ファルス」(ラカンの表記によればφ)(同前)である。逆にいえば「想像的ファルス」に「同一化し母の欲望の対象になる」ことによって、「子供の存在」は「確保される」(同前)のである。この瞬間子供は、母との一体化が実現される「「至福の時間」のうちにいる。いうまでもないがそれらはすべて想像的なものの境位において生じることである。
 だがこの一致が想像的なものである限り、そこには必ず不一致が生じるはずである。このとき子供は「母の欲望の対象は他にあることを察知」し、「『母の欲望の対象は何か』という問い」へと向かわざるをえなくなる。このことが「子供を言語に誘うことになる」(同前)のである。じつはこのとき子供にとって重大な転機というべき事態が生じることになる。「言語の次元は母の欲望を充たす父の次元」(同前)だからである。つまり父が母の欠如-欲望の対象となるのである。それは父が母の「象徴的ファルス」(同Φ)となることを意味する。そして「子供は、母のファルスとしてはもはや消えゆくしかない自己の存在を確保するために、父を理想像として仕立てそれに同一化し、父のように象徴的ファルスを持つことを選択するしか」(78頁)なくなる。つまり母ではなく父への同一化が起きるのである。ただし子供は父の意味を明確に把握して父に同一化するわけではない。父=象徴的ファルスは、子供に生じた母との不一致を通して浮かび上がってきた、母の欠如を、言い換えれば母の欲望の対象の欠如を子供に代わって満たす「印」(同前)に過ぎず、「内実=意味は依然不明である」(同前)からである。
 たしかに父もまた他者であり、しかも母という「他者autreのように子供との癒着関係の中に消え去らない絶対的な〈他のもの〉、その関係の彼岸にある〈他の場〉、言語の場」としての「〈他者Autre〉」(同前)であることは明らかである。そしてこの父の次元が示しているこの場が「象徴界」(同前)となるのである。言い換えれば、「象徴界はシニフィアンの宝庫であり、言語という象徴、契約そのものでしかない言語が織りなす領野である」(同前)。しかしこの「言語の場」には一つの決定的な欠如、不在が刻印されている。それが意味の欠如、不在に他ならない。
 ここでラカン理論のなかの、主体の生成をめぐって展開される議論においてもっとも重要なポイントとなるはずの論点が浮上してくる。それは、ラカン理論の形成に決定的なインパクトを与えたソシュール言語学における「シニフィアン」および「シニフィエ」という用語が、この「象徴界」の解明にどのように結びついていくのかという問題である。伊吹はいう。「この場で示されている言語は何かを指し示しつつも、しかし言語記号ではない。言語記号は何らかの意味(シニフィエ)を持っているからだ。そこでラカンはこの〔〈他者〉の〕印を言語記号ではなく、シニフィアンとした。通常の言語はシニフィアンとシニフィエが合一したものとしてあるが、象徴的ファルスというシニフィアンはシニフィエを持たない純粋なシニフィアンである」(同前)。
 父という〈他者〉=「象徴的ファルス」は、子供に対して母/「想像的ファルス」への断念をもたらすものとして迫ってくるのだが、そのときそれは「シニフィエを持たない純粋なシニフィアン」というかたちをとってやってくるのである。このとき子供は、「想像的ファルス」を失う ― これが「去勢」である ― ことを代償にして「象徴界」の言語的次元へと参入し、じつはそれによって主体への道を歩み始めることになる。だがそれは何と不確かな、危うさに満ちた道であろうか。伊吹はその過程を次のように描く。「人間主体はおのれの存在が消失しかけようとしているとき〔これは、子供に対して「想像的ファルス」の断念が迫られる瞬間を意味する〕、言語の領野へと飛躍する〔父=〈他者〉=「象徴的ファルス」への飛躍を通した「象徴界」への参入〕。言語は私の存在を象徴的に示してくれる。それゆえこの領域を象徴界と言うのだ。固有名詞でも『僕』でも『私』でもかまわない。とりあえずその語にしがみつくことで主体の存在は、言語の領域では確保される。しかしなぜその語であるのか、あるいはその語が本当に主体の存在を示すものなのかは主体自身には分からない。意味不明なのである。それゆえ象徴界には意味はない〔シニフィエが欠けている〕。主体にとっていつまでもよそよそしく疎ましいのが象徴界なのである。それゆえ、象徴界は結果的に主体〔子供〕を母との想像的癒着関係から引き離すことになる」(同前)。子供は母との癒着関係から「想像的ファルス」を失うことによって引き離される。それをもたらすのが父という「象徴的ファルス」であるのだが、それはシニフィエを欠いた、意味のないシニフィアンとして、言い換えれば任意であり偶然的に過ぎない「印」として子供に対してやってくる。言い換えればそれは、どんなシニフィアンにも置き換えが可能な任意の印=記号に過ぎないのである。それは別ないい方をすれば、母から切り離された子供の欠如-欲望を満たすべき有意味な実体など、父も含めてどこにも存在しないということを意味する。したがって存在するのは、恣意的かつ無限に置換可能な、「よそよそしく疎ましい」ものでしかない記号が途切れなくやってくるという事態だけなのである。「シニフィエを欠いている象徴的ファルスではおのれの存在は不確定なままである。そこには単に欠如しか印されていないからである。そこで主体は別のシニフィアンにそれを置き換えるが、それでも不確定なままで、さらなる置き換えを次々に繰り返していく。主体の存在の意味(シニフィエ)はこのように『シニフィアンの連鎖』に回付されていくことになる。しかし私の存在についての十全な意味は永遠に示されることはない」(同前)。これは同時に欠如-欲望が、この永遠に終わらない「シニフィアンの連鎖」へと回付され続けることをも意味する。それは、この欠如-欲望が母という対象を求めるのを禁じられた結果である。逆にいえば、唯一母だけがこの欠如-欲望の真なる充足をもたらすことの出来る実在、言い換えれば現実界に属するものなのである。だがそれを取り戻すことは父=〈他者〉の来訪によって不可能となってしまった。したがって想像的なもの、つまり想像界にあって欠如-欲望の充足をシニフィアンの連鎖に求めようとする主体は、母という欠如-欲望の対象を断念することによって現実界をも同時に決定的なかたちで失い、言語的次元としての象徴界 ― ただし意味を欠いた ― へと向かわざるを得なくなるのである。これが父=〈他者〉の来訪とともに遂行される「去勢」の意味である。「この象徴的な次元は、精神分析のいう『去勢』(同-φ)を主体に課す次元でもある。母との近親相姦的な癒着関係を断ち切り、子供が母のファルスであることを断念させ、ファルスを所持するのは父のみであることを主体に通告し、母からファルスを取り上げ、主体が母と結びつくのを禁じるのだ」(79頁)。
 この「去勢」をめぐる考察は、あらゆる社会的実定性や遺伝学的・生理学的実定性の要素を排除した後に残る近親相姦の禁止という禁制(タブー)のもっとも根源的なかたちおよび意味を示しているといってよいだろう。私にはそれが、フロイトの『トーテムとタブー』における父殺し→兄弟間の抗争→その制御のための同族の女たちとの接触禁止=近親相姦の禁止という議論よりもはるかに本質的なものであるように思える。と同時に、吉本隆明の『共同幻想論』第一章「禁制論」における、禁制の存在するところには強い願望が存在するという両義性の認識を想起させる。ラカンの「エディプス・コンプレックス」の認識のもっとも重要なポイントは、現実界・想像界・象徴界の三項構造を通して、禁制(タブー)の存在を自明化することなく、この三項のあいだを揺れ動きながら生成する、極めて錯綜した、ときには禁制の存在しない「以前」の世界への遡行の可能性さえも示唆するような、禁制と願望=欲望の両義的かつ不確定的な相互関係を含む「弁証法」 ― この弁証法には、明らかにラカンがコジェーヴから学んだヘーゲルの『精神現象学』における「主と僕の弁証法」の影が認められる ― として捉えようとしているところにあるといえよう。
 少し先走ってしまった。話を戻すと上記の引用の後で伊吹が、「主体が出現するのはここである」(同前)といっていることに注目しなければならない。近親相姦の禁止=去勢にこそ主体の起源があるというのだ。そしてそれは、欠如-欲望の根源をなす母への欲望の禁止が、主体の内部で「超自我」を生み、それによる欠如-欲望の制御のメカニズムが誕生することへとつながっていく。「超自我は自我に対し『おまえは父のようにあらねばならない』『おまえは父のようにしてはならない』という両義的な命令を発する。前者の禁止の命令によって主体は、母と合一した状態、すべてが充たされた状態を断念せねばならない。そして、後者の命令は批判として自我が受け取り、罪悪感を持つことになる。超自我の命令に背こうとするがゆえに批判されるのである〔フロイト『トーテムとタブー』によれば、母を含む一族の女を独占する父を殺し女を手に入れた兄弟たちは、その後勃発する兄弟間の女をめぐる抗争に耐えかね、近親相姦の禁止という禁制を設けた。これが前者の命令に対応する。またこの過程は兄弟たちに父の偉大さを再認させ、その父を殺した罪悪感(父への及び難さ)を自覚させるようになる。これが後者の命令に対応するのである。この父の命令が超自我として主体に内在化されるという議論は、フロイトの遺著『モーセという男と一神教』に受け継がれ、そこでさらに深化されることになる〕。フロイトはエディプス・コンプレックスが克服され、超自我からの命令を受け入れ脱性化されることによって、個人における両親や道徳が発生すると述べる」(同前)。
 ここでいわれている二つの命令の背反関係が最終的に何を意味するのかについては、後で再論したいと思う。ここでは、フロイトが今言及したモーセ論において、エディプス・コンプレックスの機制を近親相姦の禁止という禁制の起源のみならず、一神教の規範に象徴される主体の「良心や道徳」の起源としても、さらに普遍化していえば、超自我による自我=主体の欠如-欲望の制御という主体のメカニズムの起源にまで敷衍したことを指摘しておきたいと思う。この主体のメカニズムが、人間の精神的なものの起源となるとともに、権力や支配が発生する国家以降の社会の歴史の出発点ともなるのはいうまでもない。
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 続いて伊吹が問題にするのは「自我理想」という概念である。鏡像段階において子供が「鏡に映った自己像を認める」(80頁)とき、この鏡のなかの自己像は「理想自我」(同前)として承認される。そして鏡のなかの自己像を「理想自我」として承認した子供は、今度は後ろを振り向いて自分を世話してくれる大人のほうを見ようとする。これは、自分の信頼する絶対的な「〈他者〉Autre」によって自己の承認が保証されることを求めてである。「〈他者〉は自己の存在を確定してくれるはずのものなのだ」(同前)。このとき子供の主体は「〈他者〉が存在する場に同一化することになる」(同前)。この同一化によって「〈他者〉のこの地点から与えられる印が『自我理想』で」(同前)ある。このとき自己にとっての「理想自我」が〈他者〉にとっての「自我理想」という印へと重ね合わされ、「主体は、そこから自己を見る」(同前)ようになる。主体はそこにおいて、想像的なものとしての「理想自我」の次元から象徴界に属する「自我理想」の次元へと置き直されることになるのだが、それは「自我理想から自己の身体を見つめみずからの身体像を同定する」ことであり、このとき「象徴界が」主体の「身体に刻み込まれる」(81頁)のである。この「自我理想」をめぐる自己と〈他者〉の関わり・交差の構造は、あのアルチュセールのイデオロギー論の要諦である「呼びかけられ振り向くとき個人は主体となる」という機制と明らかに一致する。この地点が主体の始まりとなるのである。このとき興味深いのは、この過程において主体の無意識の次元へと、この象徴界への参入を決定づける「自我理想」の構成要素である「S1(第一のシニフィアン)」が「根を下ろしていく」(82頁)といわれていることである。「S1は」、この後重要な論点となる「『一の印trait unaire』によってつくりだされ」(同前)るものである。このことは何を意味するのだろうか。伊吹によればそれは、互いに密接に結びついた二つの事態を示している。一つは、「理想自我」が成立する想像界から「自我理想」が成立する象徴界への移行が段階的なものではなく、「最初から、象徴界はすでに想像界に重なり、想像界を決定」(同前)しているという事態である。もっともこの事態はそれ自体として一種の顛倒を含んでいるように思われる。少なくともこのことをもって、象徴界を主体の窮極的な「原因」であるとするがごとき因果論的思考に傾くことは厳に慎まねばならないだろう。さてもう一つは、想像界にあって「不安定な状態」にある主体に「安定をもたらす」のは、「象徴界を支える〈他者〉である」(83頁)ということである。主体とは、少なくとも象徴界に移行した主体とは、「私」あるいは「私=私」ではなく〈他者〉なのである、まるでランボーの「私とは一個の他者である」(「見者の手紙」)という命題のように。
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 伊吹のラカン解釈からは、私にとって幾多の興味深い論点が浮かび上がってくる。すでに言及した「シニフィアンの連鎖」「〈他者〉」「エディプス・コンプレックス」も、これから登場する「もの」「無意識の主体」「対象a」もそうである。そして私の見るところ、これらの論点にとってもっとも重要な前提となるのが「一の印」という概念なのである。まず前項を締めくくる伊吹の文章を引用しておこう。「こうした〈他者〉に主体を導くのが自我理想であり、自我理想を構成するのが複数の『一の印』である」(同前)。そしてこの「一の印」は、「いかなるシニフィアン的出来事の中でも反復される弁別的な印」(同前)として、〈他者〉へと一体化しながら象徴界の言語的次元へと参入していく主体に対して与えられるのである。とするならこの「一の印」は、もっぱら母(想像的ファルス)を断念し父(象徴的ファルス)へと向かうポスト・エディプス的な主体、言い換えれば母との近親相姦の禁止を内面化し父へと同一化しようとする子供=主体の生成という文脈にそって論じられることになるはずである。ところが伊吹は次のようにいう。「〈もの〉― 子供にとって母と密接に結びついた至高の状態がかつてあったことを示すもの ― が消失するとき、〈もの〉に向けられていた備給は同一化へと変換していく」(84頁)。
 〈もの〉とは何か? ここで「至高の状態」という言葉が示しているのは、母との完全な癒着状態、言い換えれば、想像的な境位における母との近親相姦の成就であろう。いうまでもなくそれは象徴界への参入の過程で「消失する」のだが、〈もの〉は、その消失した母との癒着=近親相姦の成就という「至高の状態がかつてあったことを示すもの」なのである。つまり母との癒着=近親相姦という至高状態は消失するのだが、それがあったということ、それが意味するもの、それへの記憶なき記憶というべきものが〈もの〉として、至高状態の消失の裏面に張りつき続けるということである。もちろん表層的には、「〈もの〉に向けられていた備給〔これは「欲望」と言い換えてもよいだろう〕は同一化〔父=象徴的ファルスへの同一化〕へと変換していく」といわれているように、〈もの〉は子供=主体からは消えていき、父への同一化が進行していく。そしてそのときこの同一化が、「対象となる人物」としての父、すなわち〈他者〉への同一化であることはいうまでもない。逆にいえば、それを促すのが「一の印」、つまり「最初のシニフィアン」なのである。この過程は無意識の次元で進行する。そのとき、「自己の身体像を自らのものにするためには、一の印が〈他者〉の領野で捉えられねばならない。自己の鏡像を前にした子供は、承認の印を求めて背後にいる〈他者〉を振り返る。〈他者〉からもたらされる承認は、愛される者としての承認である〔これが構図的には母との想像的ファルスを介した相互関係と同型であることに注意〕。〈他者〉からもたらされるこの〔承認の〕印が一の印として機能する」(同前)のである。
 私が注目するのは「愛される者としての承認である」という言葉である。割注に記したようにこの言葉は、〈他者〉=父による主体の自己像の承認が、じつは想像界に属する母との近親相姦=癒着と正確に同型であることを示している。このことによって、上で述べた、〈他者〉=父による承認のプロセスには依然として母=〈もの〉の影が張りついていることが証明されているといえるのではないだろうか。母は消えていないのだ、少なくとも〈もの〉としては。そこに母は、不在的にではあっても〈もの〉としてつねに現前(プレザンス)しているといえるであろう ― アルチュセールの「不在的現前・現前的不在」が想起される ― 。ちなみにアルチュセールのイデオロギー論が、「承認の印を求めて背後にいる〈他者〉を振り返る」という契機は踏まえながら、「愛される者としての承認」の契機を欠いていたことが、伊吹の「ここからの議論は、アルチュセールが踏み込まなかった領野である」(72頁)といっていることの根拠となるのではないかと思われる。それは、伊吹が、アルチュセールのイデオロギー論はイデオロギーによる拘束は語っても、そこからの解放は語っていないといっていることの根拠にもなるはずである(134頁参照)。
 伊吹は上の引用に続いて次のようにいう。私はこの文章の内容が極めて重要であると考える。「かつて自我の対象であった〈もの〉は、一の印が現われることでみずからは消え去りながらも線=印traitとして刻印される。それゆえ一の印は現前のシニフィアンではなく、消去された不在のシニフィアンである。砂浜の足跡も『いったん消えるとシニフィアンに属するものになる。しかし(略)これがシニフィアンになるのは消されたからではなく、それが消された場所に私が×印を付けたり、消したことで私自身の痕跡を残したからである。現実には、三つの継起が区別される。痕跡、痕跡の消去、消去の印の三つである』」(84頁)。
 この記述はじつに興味深い。これが、「不在的にではあっても〈もの〉としてつねに現前(プレザンス)している」と書いたことの意味だからである。〈他者〉である父=象徴的ファルスによって主体へと導かれる子供に刻印されているのは、じつは消え去ったはずの母=〈もの〉の痕跡=印なのである。それがもはや実在ではありえないのはいうまでもない。まぎれもなく母は不在化されている。しかしというべきか、だからこそというべきか、それは〈もの〉として現前するのである。そしてこの不在と現前の関係が主体に葛藤を、非同一的な裂け目を刻印する源泉となる。これが主体における「痕跡、痕跡の消去、消去の印」の重なり合いの意味といえよう。このことは、引用されているスラヴォイ・ジジェクの言葉が示している事態として捉えることが出来る。「この最初の項〔母がいた場所〕の不在、すなわちこの項が登録されていた場所における空隙(この項が登録されていた場所に符合する空隙)なのである。そして他の対立する項の現前〔S1の到来〕こそが、この最初の項の不在というこうした空隙を満たすのだ」(85頁)。この「一の印」と「母=〈もの〉」のあいだの錯綜した現前と空隙の関係は、伊吹のまとめに従うならば、「S1を構成する一の印は、消去され、失われた対象の場にもたらされる印である。つまり、〈もの〉が消去された後に、その場に到来する印なのだ」(同前)ということになる。続けて伊吹は、「したがって一の印が表現するのは〈もの〉の消去されたその『痕跡』である。しかし、この痕跡は『主体』の存在根拠を示すものである」(同前)ともいっている。「一の印」はたしかに母=〈もの〉の消去によって生じた不在・空隙を満たすべく到来するのだが、この「満たす」ことは同時に母=〈もの〉が存在したことの「痕跡」を残すことでもあり、しかもこの「痕跡」が残ることによって却って消去されたはずの母=〈もの〉が不在的に現前することを証し立てているのである。
 「主体」をもたらすはずの「一の印」の持つこうした逆説的意味にこそ、ラカンの見出そうとした主体の非同一的な弁証法の起源があるといえるのではないだろうか。
 もしかすると私の読み方は伊吹のラカン解析のラインから少しずれているのかもしれない。私が考えているのは、やや図式化したかたちでいうとするなら、主体の形成過程には父=象徴的ファルスと並んで母=想像的ファルス=〈もの〉の契機が密かに働いており、そのために主体は言語=意味による予定調和的な統一性へと、つまりシニフィエへと回収されることを潜在的には拒むようになり、結果として主体は、「一の印」の来訪から始まる意味なき純粋なシニフィアンの連鎖のなかで永久に非同一的かつ未完結のまま終わる、ということである。逆にいえば、「一の印」をめぐる議論がもたらしてくれるのはそうした見方であると考えたいのである。ここで伊吹の文章を引いておこう。「一の印は対象〔母=〈もの〉〕の喪失、対象の断念を印すものであり、主体に象徴界を導入する。これによってわれわれは自分の主人(支配者)になるのと同時に、自分の身体を支配することが可能になる。そこに出現した想像的な身体イメージとしての身体はまとまりと統一性を有するが、それが形成されるのは『身体イメージの中の穴によってである。想像的なものは去勢が作用するかぎりで、そして想像的ファルスが差し引かれる(―φ)かぎりで一貫性を持つ』。」(89頁)。あるいはこの文章も私の読み方が伊吹の論脈とずれていることの証しといえるのかもしれない。だがその一方で私は、今私がいったような読み方の可能性を、この文章からは引き出せるのではないかとも思っている。
 いうまでもなくこの文章では、この後で伊吹自身もいっているように、子供が母への欲望を断念すること通じて、言い換えれば想像的ファルスの去勢(―φ)を通して、「自立した主体」を獲得する過程が描き出されている。しかしここではそれに加えて、去勢によって生成する自立した主体には、去勢とともに生じた「穴」が穿たれている、といわれていることにも注意してほしい。この「穴」はいったい何なのだろうか。
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 次の項で伊吹は「パロール」、語ることを取り上げる。そこでは、「パロール」がいかに主体を存在の確証にとって重要な意味を持つかということが論じられている。ところで今主体の存在といったが、パロールは語ること、つまり言葉である。なぜ言葉を語ることが存在の確証につながるのか。考えてみればおかしな話ではないか。言葉と存在は本来まったく異なるものなのだから。だが周知のようにデカルトは、この言葉と存在という異質な要素を、途方もない強引さで結びつけてしまった。「我思うがゆえに我あり」である。「思う」ためには言葉が必要なのだから「我思う」は言葉の次元に定位される。そして「我あり」はいうまでもなく存在の次元に定位される。両者は言葉の次元と存在の次元という異なる次元にそれぞれ属しており、そのままでは互いに結びつきようがないはずのものなのだが、デカルトは「ゆえに」という因果律によって両者を強引に結びつけてしまうのである。
 これに関連してたいへん興味深い議論が展開されている。それは、ラカンがフロイトとデカルトとのあいだに共通性、類似性を見ているという指摘から始まる。「フロイトの歩みは、それが確信する主体という基盤から出発しているという意味で、デカルト的です」(101頁)。無意識に基盤を置き、同一的な意識に基づく主体の構成を拒否するフロイトと、「我」という同一的な自己意識から出発するデカルトとは本来ならば対極的であるはずなのだが、ラカンはあえて両者を結びつけようとする。なぜなのか。「懐疑を経て確信へと到達する、この歩みをデカルトフロイトは共にした」(102頁)からである。もちろん両者ではその方法は異なっている。伊吹は次のようにいう。「デカルトは『私が思考する』ことを私が知っているのに対して、フロイトにおける患者(主体)はその無意識的な思考が自分のものであるとは思わない、というよりも、そもそも知ることができない。(…)デカルトにおいては『私の思考』は私に帰属するが、フロイトにおける『思考』はそこありつつも『不在の思考』、帰属を特定できない思考である」(102~3頁)。
 デカルトが本来ならあり得ない、言葉=思考による存在の確証を行うのは、思考が「私の思考」であり、「私」に帰属するということが確信されているからである。デカルトは、すべてを疑うなかで「疑いつつある私」だけは疑えないというかたちで、疑うという思考行為を為しつつある「私」の存在の確証を行った。つまり思考が「私」を介して「私の存在」を確証しているがゆえに、「我あり」といえるのである ― このロジックには矛盾が存在するが今は問わないでおく ― 。これに対してフロイトは思考の「私」への帰属を認めない。したがって思考は私の存在の確証の根拠にはならない。デカルトもフロイトも、「すべては疑いうる」という姿勢で意識および意識主体と向きあうのだが、デカルトが、孤立した私の内部で私自身に対して疑いを向けるというモノローギッシュな方法をとるのに対し、フロイトはそれを精神分析家と患者というディアローギッシュな関係の場において行うのである。なぜか。引用した文章のなかに「患者の無意識的な思考」とあるのに注目してほしい。デカルトのモノローギッシュな方法が意識に対応するのに対し、フロイトのディアローギッシュな関係の場への定位は無意識、それも患者という特定の主体の無意識に対応するのである。それは、「精神分析における無意識は分析的臨床という場にしか存在しない」(103頁)からである。患者の無意識は患者の語り、つまり「パロール」を精神分析家が聞くという臨床の場においてはじめて確証される。したがってこの無意識は精神分析家という「他者」によって事後的に確証されたものであり、「もはや患者のものであると言えない」(同前)のである。言い換えれば「無意識とは〈他者〉のディスクールなのである」(同前)。去勢によって母=想像的ファルスが除去された主体の内部には―φという空隙が出来るのだが、そこへとやってくるのは、〈他者〉である父=象徴的ファルスとともに象徴界の意味なきシニフィアンの連鎖であった。このことは、主体が〈他者〉の無意識によって満たされることを、そして主体の欲望が〈他者〉の欲望であることを意味するのである。したがってこの意味なきシニフィアンの連鎖は決して実体的な、言い換えれば確証された「私」をもたらすものではなく、却って「私とは一個の他者である」というランボーの命題を証明するものとしてあるのである。そして興味深いのは、ラカンが、「デカルトのコギト(「われ思う」)も幾多あるシニフィアンの一つでしかなく、さらには無意味なシニフィアンにすぎない」(104頁)といっていることである。すでに伊吹が「この特徴〔S1としての「一の印」の特徴〕は無意識のものであるが故、主体には意識できない。このような自分では意識出来ない特徴が一の印である」(84頁)といっていることを踏まえるならば、驚くべきことにデカルトのコギトもまた無意識のレヴェルにおける「〈他者〉の欲望」の契機の一つにすぎなくなるのである。とはいってもこの「無意味なシニフィアン」としてのデカルトのコギトにも、「主体が象徴的世界〔言語=思考の世界〕に存在すること」を伝えるという機能だけは備わっている。このことが却ってデカルトの「私の思考」の実体化の犯していた誤りの内容を明らかにしてくれる。デカルトは思考が私のものであるから「我思う」は「我あり」の確証の根拠になると考えたのだが、じつは「我=私」はア・プリオリなものではなく、まして「私の存在」を確証してくれる「私の思考」も決してア・プリオリなものではなく、そのつど無意識の次元において来訪する意味なきシニフィアンを核とする「パロール」、語ることによってはじめて確証されるものなのである。「確信が生じるのは、言表行為それ自体によってである」(105頁)。そしてこのとき「無意味なシニフィアンは消失する運命にある。コギトも消失点であるのだ」(同前)。無限に連鎖をなして主体に来訪する無意味なシニフィアンの一つ一つは、現われては消え、消えては現われる一周の光芒に過ぎない。ではそこに残るのは何だろうか。私にはそれが、一瞬一瞬のシニフィアンの表れと消失によって逆説的にそのつど隈取られる空隙と不在、つまり想像的ファルスの去勢によって穿たれた「穴」であるように思われる。
 その意味で伊吹が引用するラカンの文章が興味深い。「主体の存在がここにあります(106頁図参照)。そしてそのうちこの部分は意味のもとにあります。われわれが存在を選んだとします。すると主体は消失し、われわれから逃れ無意味の中に落ちます。われわれが意味を選んだとします。すると意味は、この無意味の部分によってくり抜かれた姿においてしか存在しません。はっきり言うと、この無意味の部分こそが主体の実現にあたって、無意識を構成する当のものなのです。いいかえると、こうも言えるでしょう。主体は〈他者〉の領野の中に現れ出るものとしてのこの意味を、その本質としています。ただしその意味は、まさにシニフィアンの機能そのものによって惹き起こされた存在の焼失のためにその大きな部分を蝕まれながら、やっとのことで〈他者〉の領野に現れ出てくるような意味なのです」(106頁)。
 ここで「主体の存在」という言葉は、無意味なシニフィアンの来訪以前の主体なき主体の存在を指しているといってよいだろう。そこに対応するのは後で触れる現実界である。それに対して「意味」はシニフィアンの充満する象徴界を表わしている。とするならば真ん中の二つの円の重なる場は想像界に対応し、主体なき主体の存在に向かって象徴界のシニフィアンが無意味なものとして来訪する場、言い換えれば主体が始まる場であることになる。それは、この場が想像的ファルスの去勢の行われる場であることを同時に示している。したがってここが「無意味」の部分となるのである。そして来訪する無意味なシニフィアンは、主体において「〈他者〉の欲望」である「無意識を構成する当のもの」となるである。だからラカンは「主体は〈他者〉の領野の中に現れ出るものとしてのこの意味を、その本質としています」というのである。つまり主体は他者への「疎外」によってはじめて成立するである。ともあれ図1の「無意味」の部分が左円「存在(主体)」に穿たれた穴であると同時に、右円「意味(《他者》)」に穿たれた穴でもあることに注目すべきである。つまりここは両円にとっての不在・空隙を意味する場なのである。無意味にして無意識的な「他者」の現われの場としての「穴」― 、それが「無意味」である。 
 ここで伊吹の解釈を引用しておこう。「存在をとれば、意味を持たないものとして言語世界から消失してしまう。われわれが唯一生きていくことができる場である言語世界では、つねに意味が問われ、意味を持たぬものは存在する場を持たない。それゆえ言語世界に居場所を確保するために意味をとらざるを得ない。しかし意味をとることで『くり抜かれた存在』、つまり無意味に侵食された存在だけが残る。そもそも主体の存在を十全に代理表象するシニフィアンなどない。それでもしかし、主体の存在を意味の領野で残すとしたら、無意味に侵食されたかたちでしかない。言語能力を持たない幼き頃、無意味なシニフィアンを発することで人間は言語世界に引きずり込まれ、無意味なシニフィアンは無意識の底へ消失する」(107頁)。
 ではこの「くり抜かれた存在」としての「無意味」にはいったい何が対応するのか。伊吹はそれが「無意識の主体」であるという。
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 伊吹のテクストをまず引用しておこう。「無意味なシニフィアンに同一化することで象徴界に一つの主体が出来するにしても、では何が無意味のシニフィアンに同一化するのか。一の印もまた無意味なシニフィアンであるが、何がこれに同一化するのか。この段階では主体は成立していないのだから、主体ではない。/ラカンはこの主体以前の『主体』を『無意識の主体』と呼んだ」(109頁 )。
 問題のポイントは傍点を付した文にある。後になって主体と呼ばれることになる圏域へと「無意味なシニフィアン」が来訪すると、そこに主体が生成することはすでに見た通りであるが、そこで遂行されるのは「他者の欲望」の対象としての「一の印」(=最初の無意味なシニフィアン)への同一化である。では「何がこれと同一化するのか」。ラカンはそれを「無意識の主体」と呼ぶのである。「象徴的同一化〔=象徴界からやってくるシニフィアンへの同一化〕とは一の印というシニフィアンとの同一化によって『無意識の主体』という、同一化以前には存在しなかった心域が新たに生まれることなのだ」(同前 傍点筆者)。
 主体があらかじめ存在するのではなく、シニフィアンとの「象徴的同一化」によってはじめて主体が生成するのだが、同時に「主体以前の『主体』」である「無意識の主体」もまたじつは「象徴的同一化」とともに生成するのである。すでに見た事後性の論理がここにも貫かれている。では「象徴的同一化」とともに事後的に生成する「無意識の主体」とはいったい何なのか。伊吹が引用しているジュアン=ダヴィッド・ナシオによれば、「無意識の主体とは、不在でありながらつねに方向づけを与える過去の痕跡である」(同前)。
「存在(主体)」と「意味(《他者》)」の重なりあう場、言い換えれば「存在(主体)」が「意味(《他者》)」によってくり抜かれ、「意味(《他者》)」が「存在(主体)」によってくり抜かれている穴、空隙と不在の場である「無意味」の場に「無意識な主体」は生成するのである。そして「存在(主体))」が「意味(〈他者〉」に重ね合わされること、言い換えればくり抜かれることが想像界から象徴界へと主体が出来することを意味するのに対し、「意味(〈他者〉)」が「存在(主体)」によってくり抜かれることは、反対に象徴界、あるいは想像界にいる主体に対して、それ以前の世界、言い換えれば母=〈もの〉との同一化が成就する「過去」への回帰・遡行の促しを意味するのである。「存在(主体)」から「意味(〈他者〉)」への動きが想像界から象徴界へと向かう主体生成の過程であるとすれば、「意味(〈他者〉)」が「存在(主体)」によってくり抜かれ、そこに生じた空隙と不在が「無意識の主体」によって充填されることは、象徴界が成立する以前、ないしはその外部へと主体が引き戻されることを、つまりそこに向かって「方向づけを与える過去の痕跡が」生じることを意味するのである。ではこの象徴界が成立する以前ないしは外部とは何か。ラカンはそれを「現実界」と呼ぶ。現実界とは、想像界に位置する主体が象徴界へと向かうとき消失する領域である。その意味では現実界はいかなる表象も認識も不可能な領域であり、空隙・不在そのものに他ならない。だが現実界はつねにそこにある。それは名づけ得ないものだが、確実にそこにあるのだ。こうした性格を持つ現実界について考える上で参照可能な事例が二つ存在する。一つは、カントが人間の悟性的理性能力によっては捉えられないものとした「物自体(Ding an sich)」である。この「物自体」は、後でもう一度触れたいと思っているカントの「超越論的(transzendental)」という概念と結びつく。存在し働きながら決して表象にはのぼってこないものである「物自体」は、カントによれば「超越論的」であることの条件となる。なぜなら人間が表象できるような可感的客観(それに対応する経験的主観)では超越論的であることの保証にはならず、逆に客観や主観を可能にしてくれるア・プリオリな根拠(それはいかなる経験的因果性からも自由でなければならない)が存在してはじめて超越論的であることは可能となるからである。つまり物自体は超越論的であることを保証する、いっさいの経験的因果性から解放された自由の究極的根拠といえるのである。決して表象されず認識もされないにもかかわらず、主体が超越論的に振る舞うときそこに不在的に現前していなければならないもの ― 、それが「物自体」に他ならない。この「物自体」がラカンの理論における「現実界」に対応することは明らかである。伊吹が引用しているベルナール・バースは次のようにいっている。「それ〔前-存在論的な現実的なもの、すなわち無意識の主体 :この〔 〕は伊吹の原文通り〕は意味を持たないのだが、それは意味の可能性の条件であり、したがって主体そのものの可能性の条件なのである。可能性の条件とは ― 言うまでもなく ― 経験を可能にするものとしてではなく、ア・プリオリな条件としてのそれである。『前-存在論的』は、それゆる、カントの『超越論的』に対応するラカンの用語であろう。カント本来の意味での超越論的とは、存在の限定ではなく、存在についてのディスクールの可能性の条件、存在論の可能性の条件の限定なのである」(111頁)。
 ただしラカンの場合、というより無意識を問題にする精神分析理論の場合、現実界は、カントの超越綸的主観性の確証のように、主体が象徴界の意味のただ中へと突き進んでいく方向にのみ働くのではなく、むしろ逆に象徴界からふたたび意味以前、意識以前の、前主体的「主体」が属している領域、つまり時間的にいえば「過去」へと立ち帰ろうとする方向において働くのである。こうした意味において現実界に対応するもう一つの例となるのがフロイトの「エス(es)」である。現実界においてはまだ主体も、主体の表象も、認識も、そして言語-思考も存在しないとするならば、現実界を表わす言葉は存在しないことになる。それは「私」の意識以前ということでもある。したがってドイツ語で「それ」を意味するエスという代名詞でしか表せないものである。だがこのエスにおいて主体は生成する。「主体成立以前の『私』である無意識の主体は、主体成立以前、あるいは言語以前のものであるのだから、端的に『それ』としか言えないものである。『それ』が語り、行為することで主体が誕生するのだ。フィリップ・ジュリアンは言う。『それがあったところWo es war, 、という過去における主体の誕生と、私は生起しなければならないSoll ich werden, という主体の確信の現在の瞬間の間には時間的なずれがある。フロイトはそれを事後的という。確信は、無意識の形成の後で、『それは考える』としてすでに誕生している主体に対して主体がみずからの確信に到達する前に与えられているのである』。パロールを発した後に ― 事後的に ― 確信が主体に生起する」(114頁)。
 ここでもエスはそれ自体としては表象も認識も不可能なものである。しかしこの「それ」が主体を生起させるのである。ではどのようにしてか。いうまでもなく無意味なシニフィアンの連鎖の来訪によってである。主体の生起が事後的なのはこのシニフィアンの連鎖に対してなのである。にもかかわらずこのシニフィアンは「それ」を代理表象し充填することは出来ない。カントの「物自体」が超越論的主体を作動させながら、当の超越論的主体は「物自体」を表象することも認識することも出来ないのと同じである。なぜならそこは「くり抜かれた」空隙・不在の場であり「穴」でしかないからである。「無意識の主体」が生起する場であるこの「穴」は、「現実界」と同様に表象不可能な場でしかありえないのだ。にもかかわらずシニフィアンの連鎖の来訪がやむことはない。その「穴」を充填するが出来ないからである。そしてそれが主体であることの宿命となるのである。「シニフィアンが純粋に欠如している場、それは現実界である。ここに無意識の主体が現われ、われわれの存在の根拠となり象徴界を支える。現実界は表象不可能なものであるのはシニフィアンが欠如した場であるからだ。それゆえ、『現実的なものは決して現前せずにつねにそこにある』としか言えない。シニフィアンが欠如している、つまり表象不可能であるゆえに、空虚な場である。『それは空虚であるにもかかわらず、というよりむしろ、それが空虚であるがゆえに、この場所はつねに同じ場所なのである』。言い換えが出来ない、シニフィアンへの置き換えが不可能であるから『つねに同じ場所』であるのだ。『現実的なものとは、つねに同じ場所に立ち戻ることで』あり、それゆえ主体は幾度もシニフィアンによる代理表象に挑戦して同じ場所に戻らざるを得なくなる」(115頁)。
 このことは主体にどのような効果をもたらすのか。そこで登場するのが「クッションの綴じ目」(ポワン・ド・キャピトン)という概念である。すでに言及したように主体はパロール、「語ること」の事後的な効果に他ならない。そこには、「名前がある対象を指示するのは、その対象がその名前で呼ばれるからである」(122頁)という「シニフィアンのトートロジカルな特性」(同前)が働いている。それは、「ある対象の同一性を保証するものは、名指しそのものの遡及的効果」(123頁)であることを意味する。つまり主体とはシニフィアンの事後的効果に他ならないのである。それは、同じ名指しの反復によって主体が「つねに同じ場所」へと縫いつけられることを可能にする。そこで問題となるのが「クッションの綴じ目」という概念である。126頁の図で、S→S‘はシニフィアンの連鎖を表わす。斜線を引かれたSは主体を、△はシニフィエを意味する。この図は、前主体的主体から主体の生成へと向かうU字曲線をシニフィアンの連鎖がり、その下方にシニフィエが生まれている様子を描いているのである。そして重要なのは、主体のU字曲線とシニフィアンの連鎖の交差点に「綴じ目」が出来ていることである。この「綴じ目」がじつは主体の意味(シニフィエ=同一性)を発生させるものなのである。「まさに主体の『意味』(シニフィエ)はシニフィアンの効果として生み出されるのだ。しかも、それはこのキルティング〔綴じ目〕の結果として、後ろ向きに、事後的に生み出される」(126頁)。アルチュセールのいう「イデオロギー」もまたこうした「クッションの綴じ目」の現われといってよいだろう。人間が主体に向かって形成されるとき、必ずこうした「綴じ目」が形成され働くのである。伊吹の文章を、そこで引用されているジジェクの言葉を含め引用しておこう。「クッションの綴じ目の機能によって任意のシニフィアンに縫いつけられる点に主体は生み出されるのである。イデオロギーの領野でそれを語るなら、その点は、『ある支配的シニフィアン(「共産主義」「神」「自由」「アメリカ」)の呼びかけによって個人に語りかけ、個人を主体へと呼びかける点である。一言でいえば、それはシニフィアンの連鎖の主体化の点なのである』」(127頁)。
 だが問題はまだ終わらない。ここから伊吹の議論は第3章「イデオロギーと身体」へと向かうことになる。そこで何が問題となるのか。その中心に位置するのが「対象a」という概念である。ここまできてようやくこれまでの議論の意味が見えてくる。「クッションの綴じ目の相関物、主体の出現と同時に生み出されるものがある。対象aである。対象aはイメージや意味、言語では捉えられない現実界のものである。この対象aという概念を導入することではじめてイデオロギーの秘密を解明することができる。これを解き明かすために、さらに身体の秘密に迫らねばならない」(135頁)。
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 われわれの身体とは何か。なぜ精神や意識ではなく身体を問題にするのか。現象学者メルロー=ポンティは著書『知覚の現象学』のなかでこういっている。「感官というものは、そして一般に自己の身体というものは、自己の個体性と特殊性を捨て去らないままにして、それでいてさまざまな思考や経験の全系列にその骨組みを提供することのできるような意味作用を己れ自身の彼方に発射する神秘的な一つの総体というものを、提供するのである」(『知覚の現象学』1  竹内芳郎・小木貞孝訳 、みすず書房、214~5頁)。
 周知のようにメルロー=ポンティは、デカルトによって分離された精神と身体を再び統合しようとした。それは彼が、われわれの身体は、デカルトのいうようにたんなる物質的延長などではなく、ましてや精神(=意識)によって自由に操作出来る客体的対象などでもなく、そうした区別を拒否する一個の総合体、言い換えれば生きられる身体であり、われわれの生、意識、精神の働きの生まれ培われる根源的な場であると考えるからである。しかもメルロー=ポンティが「自己の個体性と特殊性を捨て去らないままにして、それでいてさまざまな思考や経験の全系列にその骨組みを提供する」といっている。このことは、ラカンに即していえば、想像界に定位される身体において、「自己の個体性と特殊性」という言葉によって示唆されている現実界と、「さまざまな思考や経験の全系列」という言葉によって示唆されている象徴界とのあいだの往還運動が生じていることを示しているのである。したがってこうしたメルロー=ポンティの考え方が、精神分析の身体に対する見方にも当てはまるのはいうまでもない。「精神分析は言う。人間の身体は単なる物質的、あるいは生物学的身体ではない。われわれの身体はリビドー化された身体、すなわち『リビドー的身体』でもあり、これが生物学的身体と重なり合っているのだ、と」(138頁)。
 「リビドー的身体」とは何だろうか。リビドーはフロイトにとって「性欲動のエネルギーで」あり、人間の生の根源というべき「欲動」の源泉でもある。とするならば次に問われなければならないのは「欲動」とは何かであろう。ところでここで伊吹は面白い指摘を行っている。それはすでに言及したアルチュセールのイデオロギー論の「欠陥」と関連する。「アルチュセールとパスカルの示した身体の問題について考察する際にも、欲動が鍵になる。そして、この問題を解明していくことは同時にアルチュセールのイデオロギー論の行き詰まりの原因の解明にもつながる。イデオロギーは人々を現状に縛り付けてしまう強靭さを持つように見える。たしかにどんなイデオロギーも執拗にわれわれをみずからに沿った反復行為へと駆り立てるが、その内に秘めた機制は意外と危うく、脆いものでしかない。アルチュセールはそこに到達することができなかったから、個人的な目論見とは裏腹に、結果的にイデオロギーの強靭さを強調することになってしまったのだ」(139頁)。
 イデオロギーが身体の反復行為を通して個人を縛りつける媒体となる。身体の反復行為は、シニフィアンが連鎖状に次々と主体を過ることの現われに他ならない。「イデオロギー装置の中での反復される行為によってシニフィアンが身体に刻み込まれた主体にとっては、そのイデオロギーはいわば『必然』と化している。『イデオロギーに外部はない』」(120頁)のである。だが強靭に見えるイデオロギーは、「意外と危うく、脆いものでしかない」と伊吹はいう。なぜなのか。じつはそこに「欲動」の問題が関わってくるのである。私はすでに「〈他者〉=父による承認のプロセスには依然として母=〈もの〉の影が張りついている」と書いた。主体が象徴界に向かって突き進むことは、主体の父=〈他者=象徴的ファルス〉への同一化へと突き進むことを意味する。そのとき母=〈もの=想像的ファルス〉は去勢(―φ)によって消失する。だがこの消失は同時に、そこに生じた空隙・不在が「過去の痕跡」によって、言い換えれば現実界に帰属する母=〈もの〉へと逆向きに遡行しようとする運動によって隈取られ充填される瞬間でもあるのだ。そしてイデオロギーの問題から見るならば、父=〈他者〉との同一化はイデオロギーの、より正確にいえばイデオロギーの「意味(シニフィエ)」の拘束力の強靭さへとつながるのに対し、母=〈もの〉、そしてそれが帰属する現実界への遡行は、イデオロギー形成とは逆向きの、イデオロギーの「意味(シニフィエ)」の解体を目ざすとともに、イデオロギーの発生以前へと戻ろうとする運動をもたらすのである。この逆向きの運動がイデオロギーを危うくし脆くすることになる。そしてこのことは同時に、「欲動」がこの父と母の二重性において捉えられねばならないことを示している。アルチュセールに見えていなかったのは、母=〈もの〉の契機であり、それを含む欲動の二重性であった。逆にいえばここから欲動のもっとも本質的な問題が見えてくるのである。
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 フロイトは神経症を作り出すものを「『欲動』と命名し、ひとを突き動かす性的な力を『性欲動』とした。リビドーは性欲動のエネルギーである」(142頁)。その一方、「個体の自己保存を実現する衝動が人間の内にでもつねに働いているおり、フロイトはこれを『自我欲動』と呼んだ」(144頁)。フロイトの欲動論はこれによってさし当たりは性欲動と自我欲動の二元論になるのだが、その後の探求の過程でこの二元論は維持しがたくなっていく。そうなった要因のなかで注目すべきなのは、幼児性欲の発達段階の終わりに来る「男根期」における去勢コンプレックスの問題である。「男の子は、あたかもエディプスのように母に執着し、父を排除しようとするが、自分よりはるかに強い父親から『お前がそのような欲望を持つならペニスをちょん切っちゃうぞ』と無言の脅迫を受け、禁止されると思い込む。ここから去勢不安が生じてくる。男の子はペニスを持たない女の子を見ることで、ペニスが切られることは実際にありうることだと考える。そして母にたいする執着を断念し、抑圧してしまう。この時期以降に、性器期が到来し、成人の性欲が成立する。/精神分析が語る『性的なもの』には、さらなる独特な意味合いがある。『性的なもの』とはかつてあったと想定される、母子の近親相姦的癒着関係の中で実現される全能感を回復する試みである」(145~6頁)。
  この叙述もまた興味深い。伊吹は、「性欲動」と「自我欲動」の区別が消えていくのは、「性的なもの」への欲動が幼児性欲において現れるとき、それは大人の場合のように性器欲望に限定されず、身体のあらゆる場所を目標にするからであるという。フロイトがそれを「口唇期」「肛門期」「男根期」というように区別したことはよく知られているが、この幼児性欲の性格は、フロイトのなかで性欲動のナルシシズム的性格、つまり欲動が自己の身体の各部分に向けられていることとして捉え返されるのである。性欲動も自我欲動も幼児性欲の段階では同じ目標に向かっているということが、性欲動と自我欲動の区別の消滅につながっていく。だがその一方でこのとき欲動の構造のなかに、性欲動と自我欲動の区別とは異なる二重性・二元性が生じることになる。そしてその二重性・二元性に関わってくるのが、引用のなかにあった「母にたいする執着を断念し、抑圧してしまう」という去勢コンプレックスと、「『性的なもの』とはかつてあったと想定される、母子の近親相姦的癒着関係の中で実現される全能感を回復する試みである」という前者とは正反対の欲動の動きの関わりである。
 いまでもなく去勢コンプレックスには、母=〈もの〉(現実界/想像的ファルス)の断念・抑圧を促す父 =〈他者〉(象徴界/象徴的ファルス)との同一化への志向が対応する。それは、言い換えるならば幼児性欲の持つナルシシズム的性格を断ち切り、欲動を「他者の欲望」へと向けること、欲動の主体を言語的世界へと導くことである。これが、「ナルシシズム」の断念にもかかわらず、当初の「自我欲動」にあった自己保存への志向を意味することに注目してほしい。後論と関係するのだが、この自己保存への志向にはじつは父=〈他者〉によって導かれる自己保存欲求とは正反対の契機が含まれているのである。この正反対のものに対応するのが、父=〈他者〉の対極にある「母子の近親相姦的癒着関係」への、そこで「実現される全能感」、つまり現実的なものの回復への志向であることはいうまでもない。これが欲動に介入してくるのである。これによって欲動は「性的なもの」の持つ意味の側から、二つの対蹠的な志向を通して二重化・二元化されることになる。ではこの新たに生じた二重性・二元性はいったい何を意味するのだろうか。
 それを明らかにするために伊吹は、フロイトのたいへん有名な論文『快原理の彼岸』― これは岩波全集版の呼称だが、一般的には『快感原則の彼岸』と呼ばれる― を援用する。「では、性欲動と自我欲動都の二元論は、その無効が明らかになった以降、どのように変化していくのか。そもそもこの二元論の考案の背後にあった考えとは、自我欲動は個体の生存を目標とし、性欲動は種の維持を目標としているというものである。個体を踏み台としながら、一個体の生死を越えた生殖過程の連続を実現しようとする性欲動は、それゆえに個体の死と結びつく。/そこで『快原理の彼岸』で提出されたのが『死の欲動』である」(147頁)。
 「自我欲動は個体の生存を目標とし、性欲動は種の維持を目標としている」という二元論は、『トーテムとタブー』の段階におけるフロイトの考え方に基づいていると考えてよいだろう。そこには明らかにヘッケルの「個体発生は系統発生を繰り返す」という命題が投影されているが、私にはさらに、「個体発生」を個に、「系統発生」を類に置き換えた上で、マルクスが『経済学=哲学草稿』でいっている、「死は、特定の個人にたいする類の無情の勝利として、両者の一体性に矛盾するように見える。だが特定の個人はただ一定の類的存在者であるにすぎず、そのようなものとして死をまぬかれない」(藤野渉訳 大月国民文庫版 150頁)という考え方とも照らし合わせてみたいと思う。そこに現れてくるのは、初期マルクスにも及んでいるヘーゲルの個-類論の枠組みである。そこでは特殊個的なものが普遍類的なものへと媒介され、前者が後者へと吸収され消えていく。それは具体的にいえば、個体がその有限な寿命を生き、個体としての命を終えることによって、普遍的な類存在 ― 共同性と言い換えてもよい ― の不死性・永続性へと奉仕するということに他ならない。したがって個体の死は類の側からいえば個に対する類の勝利を意味すると同時に、個が類のうちにおいて甦り永世=不死を獲得することをも意味するのである。個‐類の枠組みのなかでは死は決して生と対立するわけではない。このことは個-類論がヘッケルの論理と基本的に同型であることを意味する。だが『快原理の彼岸』においては事情が変わる。フロイトは、人間、すなわち個体の欲動を「生の欲動」と「死の欲動」に二元化するのである。
 ここで伊吹の論脈を離れ、「生の欲動」と「死の欲動」に関して少し自分なりの考えを述べてみたいと思う。特殊個的なものが普遍類的なものへと解消されること、ヘーゲルのいい方でいえば個が類的共同性に向かって揚棄(aufheben)されることは、今までのフロイト/ラカンをめぐる議論を踏まえるならば、明らかに父=〈他者〉への主体の同一化の文脈に属する出来事といえるであろう。そしてそれは伊吹のいう「生の統一性を維持しようとする生の欲動」と結びつくのである。これは同時に自己保存の根源的契機でもある。では「死の欲動」とは何か。ここから私の考えは伊吹の文脈から外れていく。というのも伊吹は「死の欲動」を、「その〔生の〕統一性を破壊し、永遠の休息、すなわち死んで無機的状態になることを目指す」(同前)ものとして捉えているが、私にはそれだけでは不十分であると思われるからである。
 すでにいったことと重なるが私は、「生の欲動」が父=〈他者〉との同一化への志向に貫かれているのに対し、そこで実現するはずの主体の自己保存をあえて破壊するかのように介入してくる、それとは正反対の母=〈もの〉のほうへと向けられる志向は、リビドーの備給される「性的なもの」(性的エネルギー)の核心であるとともに、「生の欲動」の対極にある「死の欲動」の中心をなするものであると考える。つまり単純化していえば、父=「生の欲動」/母=「死の欲動」という対比が成り立つということである。ただここでも生/死という言葉を安易に理解してはならない。というのもここでいう生は、象徴界の言語=意味に向かって対象化(メドゥーサ化)されていくがゆえに、ラカンのいう意味での「疎外」のうちへと取り込まれ、「死なない=死ねな」くなっている事態 ― これが自己保存の本質的契機である ― を意味するからであり、それに対して死は、象徴界において失われる現実的なもの、と同時に究極的な意味でのナルシスティックなものとしての意味を持ち、象徴界の作り出す〈他者〉の秩序へのラディカルな侵犯=破壊を意味しているからである。あえていうならば、これを「死の欲望」と呼ぶことは、象徴界の秩序を全体化・絶対化しようとするファロサントリスムに貫かれてきた母権制消滅以後の男=父中心的なヨーロッパ文明社会、あるいは日本のような家父長主義的文明によって支配されてきた社会の女=母なるものに対する偏見に根ざしており、だからこそそれは「呪われた部分」として悪魔祓いされなければならなかったのではないだろうか。裏返していえば、ここで見えてきた「生の欲動」と「死の欲動」の二重性・二元性は、資本主義経済 ― 貨幣=資本はじつは最大の象徴的ファルスの一つであり、「死ねない」不死性の塊に他ならない ― を含む支配秩序を覆すラディカルな根拠となりうるのではないかということである。アルチュセールのイデオロギー論に「欠陥」があったとすれば、このことが見えていなかったという点にあるだろう。たしかにここに限っていえば、私のこうした見方は伊吹の議論からそれてしまっているように見えるかもしれないが、後で展開される伊吹のコミュニズム論の根拠になっているのはじつはこうした視点なのではないか、と私は考えている。そこではもはやアルチュセールへの言及はなく、代わりにあの『呪われた部分』の著者ジョルジュ・バタイユが援用されているからである。
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 さてここからいよいよ、私が伊吹の第2章、第3章におけるラカン解釈のなかでもっともおおきなインパクトを受けた「対象a」の議論に入っていくことになる。その前提となるのが「身体のリビドー化」(148頁)であるが、やはりそこでも錯綜した両義的関係が見て取られることになる。
 人間の身体は欲動に衝き動かされている。そして「そのエネルギーであるリビドーはつねに性的なものである」(同前)。そのことによって人間の身体は「リビドー化され」、「人間的身体」(同前)となるのである。ではここでいわれている「人間的」とはいかなることなのか。
 この「身体のリビドー化」=「人間的身体」化の過程においては、鏡像段階以前の幼児期の身体に充満する、「性的なもの」に衝き動かされる欲動のあり方がまず出現する。それは、身体の各部分に向けられる「部分欲動」現われである。「この欲動の部分的性質こそ、鏡像段階以前の『寸断された身体』という事態として知覚されるものである」(149頁)。
 だがこの「寸断された身体」では、まだ「リビドー化された身体の諸部分」が「統合された全体を構成することはない」(同前)。したがって次に、それをまとまりのある一つの身体として知覚することが出来る条件が求められることになる。それが「鏡像段階論で示された身体イメージ」としての「想像的身体」(同前)である。「想像的身体は主体に対して統一された身体を一挙にもたらすものなのだ」(同前)。では何がそれを可能にするのか。
 この文を受けて伊吹は、性的欲動のエネルギーであるリビドーに関して次のようにいう。「ここで重要な機能を果たしているのがリビドーである。このリビドーを集約しているのがファルスである」(同前)。リビドーは性的欲動のエネルギーであるにもかかわらず、統一的な主体身体の形成に寄与するというのである。なぜか。そこに関わるのが「ファルス」、正確にいえば「想像的ファルス」の去勢(-φ)だからである。ではそこにいかなるリビドーをめぐる機制が働くのか。伊吹はいう。「想像的ファルスの段階ではまだファルスとしての子供のリビドーはみずからの身体諸部分にしか備給されていないため、外の対象への関心は生まれない。これが生まれるためには、去勢(-φ)を経なければならない。想像的ファルスが去勢されることによってリビドーが解放されて外の対象に向かうようになるのだ。それゆえ『この意味で、-φはリビドーを表わすものである』」(同前)。
 リビドーが自己の身体の諸部分への関わりから解放されて外を向くことが、「想像的ファルス」の「去勢」によって可能になるということは、想像的ファルスの去勢の結果として、主体が父=〈他者〉の「象徴的ファルス」への同一化に向かうことを意味する。それはまた、鏡像段階において現れる他者の身体を自己の欲望の対象にすること ― それは同時に他者の欲望が自己に向けられていると思い込むことを意味する ― を、その結果として自己の欲望が他者の欲望に置き換わることをも意味している。だがこう整理したとしても私には疑念が残る。なぜ象徴界の言語的世界に向かって形成されるこのような主体の動きに、性的欲動のエネルギーとしてのリビドーが関わるのか。もちろん想像的ファルスの去勢が生じるからだということは出来るだろう。だが想像的ファルスの去勢によって象徴界へ向かうことは、むしろ性的欲動のエネルギーとしてのリビドーの否定を意味するのではないのだろうか。維持しがたくなったとはいえ、「性欲動」と「自我欲動」の二元論において念頭に置かれていたのは、自我欲動の目指す自己保存にとって性欲動、あるいはその備給源としてのリビドーは否定ないし克服の対象でしかなかったのだから。
 伊吹は、この問題を考えるための示唆を一つ示している。それは、「去勢を経ることでそれまで何の関心も持てなかったものが、魅力的なものとして感じられるようになるからである。私の身体像は私を魅了するプレグナントな形態をしているのだ」(150頁)という文である。この文は明らかに矛盾を含んでいる。「それまで何の関心も持てなかったもの」とは「外」のことである。だがそれはすぐに「私の身体像」と言い換えられている。この外=他と自己の矛盾は、いうまでもなく主体と父=〈他者〉=象徴界の出会いによって生まれたものである。したがって先ほどの説明で尽きているといえなくはない。だがそれでは私が感じた疑念の答えにはならないのだ。つまりこの矛盾は、なぜ主体形成に性的欲動のエネルギーとしてのリビドーが関わるのか、という先ほどの疑念とつながっているのである。このとき私が一つ手がかりとして注目するのが、「魅力的なものとして感じられる」ことにうちにナルシシズムの契機が内包されていることである。逆にいえば自己を魅力的と感じるナルシシズムの契機が、外=他へと向かうリビドーのなかにも内包されているのではないかということである。このとき私たちは、「想像的ファルス」の「去勢」が母=〈もの〉の消失を意味していたこと、そしてその母=〈もの〉が性的欲動の根源であること、さらにはナルシシズムの中核をなしていたのがたんなる自己愛ではなく、母との一体化欲求であったことをあらためて思い起こすことになる。そしてこのことが次にくる「対象a」の問題へとつながっていくのである。







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