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評者◆粥川準二
新型コロナ・パンデミックは、慢性的な痛みを増加させるのか?――痛みは社会的な病いなのだ
No.3547 ・ 2022年06月18日




■筆者は以前のこの連載で、闘病中だと書いた(本誌今年一月一日付参照)。拙著『バイオ化する社会』(青土社)で詳述したように、筆者は二〇〇七年の夏の終わり以来、慢性的な腰痛を患っている(急性的な腰痛=ぎっくり腰ではないことに注意)。その慢性腰痛が昨年一〇月六日夜に「再悪化」したのだ。愚かなことに約二カ月間も様子見をしていたのだが、症状は改善しなかった。広島市の中心部で運動療法施設が最も充実していると思われる整形外科をインターネットで見つけ、一一月二九日、やっと受診した。それから原則週二回、五カ月間、通院して理学療法士とともに運動療法=リハビリテーションに取り組んだ。同時に自宅でも毎日、理学療法士に教示された運動に取り組んだ。どちらもその内容は筋トレ、ストレッチ、そして姿勢矯正である(自宅での運動は現在も継続中)。
 実は、筆者はこの再悪化をある程度予想していた。というのは、戦争や災害などストレスフルな状況では、慢性疼痛(慢性的な痛み)患者が増える可能性があることを知っていたからだ。実際、二〇二〇年八月、ミシガン大学のダニエル・J・クラウら痛みの専門家グループが専門誌『ペイン』で、「COVID‐19 パンデミック後、慢性疼痛が増加する可能性を検討する」というレビュー論文を発表した(Pain, August 2020)。筆者はそれを昨年一二月に通読した。
 クラウらは「慢性疼痛は、生物学的・心理学的・社会的な要因が複雑かつダイナミックに絡み合った結果として症状が現れる、という生物心理社会モデルの観点から考える必要がある」ことを強調する。つまり慢性疼痛は、骨や筋肉などの身体的な異常のみによって生じるわけではない。そのうえで彼らは、これまでに得られたエビデンスから、三つの可能性があると指摘する。
 第一に、新型コロナウイルスへの感染によって、慢性疼痛を発症する者が増えることである。さまざまな感染症が、長期間にわたって慢性疼痛をもたらすことが知られている。また、ICU(集中治療室)での治療を経験した者のなかには、その後、慢性疼痛を患う者が少なくない。おそらく新型コロナも例外ではない。
 第二に、すでに慢性疼痛を患っている者(筆者!)がその症状を増悪させることである。パンデミックによって、医療機関に行きにくくなること、優先順位が下げられて受診しにくくなったり、適切な薬物療法を受けられなくなったりすること、学際的な治療チーム(医師、理学療法士、臨床心理士など)に出会える可能性が減ること、ジムやプールなどの閉鎖によって慢性疼痛の基本的な対処法である身体活動(運動)が減少すること、などをクラウらは懸念する。「このような多くの持続的なストレス要因が、ウイルス性疾患がない場合でも、痛みを悪化させる可能性がある」。
 だとすると、「COVID‐19のような破滅的でストレスフルなイベントは、必然的に慢性疼痛の増悪につながる」と考えたくなる。ところが、二〇〇一年九月一一日の、いわゆる9・11テロの前後、ニューヨークとニュージャージーの住民に行われた調査では、痛みそのほかの身体症状に変化はみられなかったという。また、興味深いことに、地震や洪水、火災などの自然災害は、化学物質の流出や戦争などの「人為的」ストレスイベントよりも、慢性的な身体症状を引き起こす可能性が低いらしい。パンデミックは自然災害なのだろうか? それとも「「人為的」ストレスイベント」なのだろうか?(ロシアによるウクライナ侵攻は間違いなく後者であろう。)
 第三に、パンデミックによる心理的なストレスに関連して、慢性疼痛を新たに発症する者が増えることである。クラウらは「COVID‐19が人口全体に新規発症の慢性疼痛の増加をもたらすかどうかは、現在のところ不明である」と書く。一方で、「局所的な慢性疼痛」や女性であること、社会的地位が低いことが、その後、広範囲な疼痛を発症する「強い予測因子」であることなどを紹介する。
 クラウらは「これまでの経験から、これらのシナリオが複合的に作用して、近い将来、あるいは長期的に慢性疼痛が増加する可能性があると推測される」と結論する。
 そして筆者がそのシナリオに巻き込まれたとしても何の不思議もない。
 もちろん彼らの推測が当たるかどうかは定かではない。そもそも今年二月二四日にロシアがウクライナ侵攻を開始して、新たな「破滅的でストレスフルなイベント」が起きてしまったのだ。
 四月二八日、五カ月通い続けた運動療法=リバビリテーションが終わった。二〇〇六年の診療報酬の改定で、リハビリには一五〇日という期限が設けられているのだ。筆者はこのことに納得していないし、痛みがゼロになったわけではない。しかし、昨年一〇月に比べたら、痛みがかなりひいたことも事実だ。筆者の記憶では、三月に入ってから症状の改善を自覚し始めた。その過程は、パンデミック第六波の感染者数(陽性者数)の減少と並行するかのようであった。三カ月かけてやっと筋肉と柔軟性がつき、姿勢がよくなったことが功を奏したのだろうか(なお運動療法が慢性腰痛に有効だというエビデンスはあるのだが、そのメカニズムは不明らしい)。それとも……あるストレスフルな仕事が終わったためであろうか。
 筆者は自分については楽観視している。というのは、現在の筆者は一五年前とは社会的地位も所得も異なるからである。痛みは社会的な病いなのだ。
(叡啓大学准教授・社会学・生命倫理)







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