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評者◆稲賀繁美
「渡守」文学、その喪失と再建と――まれびとの到来・渡河と媒介者の両義性をめぐって
No.3546 ・ 2022年06月11日




■秩序は結界を伴うが、そこには双数の異界を結びつける媒介が必要となる。古来それはpasser渡守として形象されてきた。『捨身の仏教』の著者、君野隆久氏は「渡守の文学」を構想している。この課題には、『おくりびと』はじめ、思い当たる文学作品を、数多く想起できよう。ここでは、一本だけ補助線を引いておきたい。大島渚監督の映画『戦場のメリー・クリスマス』の原作The Seed and The Sower(1954‐63;邦訳『影の獄にて』)には、主人公のセリエが南アフリカのカラハリ沙漠で羚羊を射止める描写がある。思うにこれは、ギュスターヴ・フローベール晩年の短編『聖ジュリアン』が下敷きでは? 本稿筆者は年来そう睨んできた。――若き狩人が山中で牡鹿を射止める。額に矢を受けた森の主はMaudit,Maudit,Maudit「汝呪われてあれ」と三度繰り返し、前足から崩折れる。ジュリアンはその呪いを受け、そうとは知らず両親を殺害し、悔い改めて「捨身」に生涯を捧げ「聖人」となる。
 ヴァン・デル・ポストの小説の主人公、羚羊を殺害した『影の獄にて』のセリエも、やがて第二次世界大戦で日本軍の俘虜となり、仲間の救命のため自らの命を犠牲にする。デイヴィッド・ボウイがその役を演じている。
 映画では割愛された場面だが、原題『種と蒔く人』でストンピーと名付けられた羚羊は、身体障害ゆえに仲間外れにされながら、それゆえ群れに危険が迫る
と、それをいち早く察知して、奇妙な跳躍の踊りゆえに、仲間を危機から救う存在だった。彼は結界の主だが、それゆえ両側の世界から疎外される運命を背負っていた。セリエも同じ運命に「呪われた」ことは明白だろう。「贈与」giftは同時に「毒」なのだから。だがこれらの「犠牲獣」たちは、二つの異界を繋ぐ「渡守」でもあった。
 そのヴァン・デル・ポストが若き日に日本で「発見」した(1926/7)のが、謡曲『隅田川』。人浚いに奪われた息子を追って東国の墨田の渡しに至った狂女がシテとなるが、ワキの渡守の導きにより、彼女は対岸で一年前に没した息子の霊と再会する。この物語に深く感動したポストが作曲家のベンジャミン・ブリテンに働きかけ(1956)て成った聖史劇が『カーリュー・リヴァー』(1964)。その渡守は、能楽の舞台に倣って仮面を付ける。リブレットの担当は、ポストと同船で南アフリカのダーバンから1926年に来日し、学習院で教鞭を取った詩人・ウィリアム・プルーマー。
 呪われたジュリアンに悟りを齎す渡守――。脈々と受け継がれた文学のtoposが群島をなす。その重要な結節点となったヴァン・デル・ポスト。この越境者の日本発見にはインド洋を横断する航海が不可欠であり、その掛け替えない渡守の役割を演じたのが、大阪商船かなだ丸の船長、森勝衛に他ならない(由良君美訳『船長のオディッセー』)。
 さらにポスト自身、幼少よりBushmanつまりサンSanの血筋の姥に育まれ、自らも狩猟採取民とユグノー系白人入植者との橋渡しpsserelleの役を担った作家だった。「渡守」の文学を志向する君野氏自らも、大航海者・鄭和の伝記翻訳者。加えて偶々同日の会合では、趙怡Zhao Yiの博士論文『二人旅:上海からパリへ:金子光晴・森三千代の海外体験と異郷文学』(関西学院大学出版会、2021年)が話題となった。福永武彦の遺児・「多島海」の作家・池澤夏樹が本書に感応したのも偶然ではない。思えばこの世界行脚の「相棒」コンビ、光晴が守銭奴の渡守カロンだったなら、美千代は三途の河の奪衣婆だったのだから。From Old Hag in Hell to Guide to Pure Landという奪衣婆の変貌は、坂知尋の博士論文の主題。そしてフローベールは同時代の東洋学者ヴュルヌフ経由で仏典の本生譚にも通じていた。その短編の聖人はl\'hospitalier施療者。語源に遡ればHostは「歓待」hospitalityと「敵対」hostileとの両義性に「呪われ」た「人質」hostageでもある。この名作短編の日本への紹介者・森鴎外もまた軍医総監兼務の文人、両洋の狭間を往還する医療と言語の「渡守」。その末裔には多和田葉子の日独両岸を渡る「途河」までもが点綴されよう。

*日本比較文學会関西支部2022年両面神月22日オンライン例会に取材した。関係各位に謝意を表す。







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