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評者◆殿島三紀
旅路の果ては死。だが、それは「永遠」に通じる。――監督 ヴェルナー・ヘルツォーク『歩いてみた世界~ブルース・チャトウィンの足跡』
No.3546 ・ 2022年06月11日




■『マイ・ニューヨーク・ダイアリー』『チェルノブイリ1986』『オードリー・ヘプバーン』などを観た。
 『マイ・ニューヨーク・ダイアリー』。監督・脚本はフィリップ・ファラルドー。ジョアンナ・ラコフ自叙伝を映画化。『ライ麦畑でつかまえて』のJ.D.サリンジャーを担当する女性エージェントと新人アシスタントが登場する。舞台は90年代のニューヨーク。文書作成はタイプライター、最新機器はシュレッダーのみという老舗出版エージェンシーで働き始めた作家志望の新人アシスタント。彼女の仕事はサリンジャーに寄せられた多くのファンレターをシュレッダーにかける前に返事(?)を書くこと。やがて、それに疑問を感じ始めた彼女は……。
 『チェルノブイリ1986』。監督・製作・主演はダニーラ・コズロフスキー。チェルノブイリ原発の爆発事故で命を賭けて鎮火に挑んだ消防士たちを描いたロシア映画である。今回、ロシア軍は、かつて命がけで最悪の事態を食い止めたこの地に侵攻した。監督はロシア人だが、戦争反対を表明し、平和の到来を願う映画人として本作を公開するという。本作を観るにつけ、こんな思いをして被害を抑えることに尽くした人がいて、故郷であるこの地を去らざるを得なかった人々がいるのに、原発に侵攻し、蹂躙するロシアに怒りを禁じえない。
 『オードリー・ヘプバーン』。1993年にオードリーが亡くなって今年で29年。今もなおあの清楚な美貌は私たちの心にやきついている。ヘレナ・コーン監督は本作を撮るに際し、父との軋轢を含む個人的な人生体験や彼女が少女時代から夢見ていたバレエへの愛を主軸に据えた。だが、ナチス政権下のオランダでの日々や栄養失調によってバレリーナの夢を断たれた彼女。ハリウッド黄金期のミューズとしての変身を遂げるも、子どもとの日々を優先する。戦争被害者だった彼女が晩年はユニセフの活動を通じて紛争の被害者である人々に癒しや救済をもたらすまでの64年の人生を描き出したドキュメンタリー。
 さて、今回紹介するのは『歩いて見た世界~ブルース・チャトウィンの足跡』である。ヴェルナー・ヘルツォーク監督作品。多くの邦訳が出され、映画化された作品もあるが、日本ではなじみの薄いブルース・チャトウィン。1940年に生まれ、48歳で亡くなるまで、なんとも濃厚な人生を送った。18歳でサザビーズに入社し、頭角を現すも退職。エジンバラ大学で考古学を学び、サンデータイムズの花形記者になるが、75年にフリー。77年著書「パタゴニア」で一流作家の仲間入りをした。様々なフィールドで非凡な才能を発揮しながら、最後に選んだ道は自らの足で旅をしながら小説を書くことだった。南米を歩き、処女作「パタゴニア」を著し、その後、アボリジニの神話に魅かれ、中央オーストラリアを旅行。が、しかし、HIVに感染、死に近づいたアボリジニが生まれた地に戻るように自身の死に方を探り「ソングライン」を著した。
 そんな彼の人生の旅路を一歩一歩辿るように旅をしながら、本作を撮ったのはチャトウィンの盟友でもあるヘルツォーク監督。監督もまたパタゴニアや中央オーストラリアのアボリジニの地などチャトウィンが歩いた道を自身も歩き、そして、自身で見て、映画にした。
 チャトウィンは30年も前に死んでしまったのに、いまもアボリジニの地を歩いているような錯覚を覚える。彼らの神話は2022年のいまも生きているのだから、それも当然か。アボリジニはその道々で出会ったあらゆるものの名前を歌いながら、世界を創り上げていった。ソングラインはオーストラリア全土に延びる、目には見えない道だという。
 時代と土地と、現実と神話が自在に行き来し、静と動も、生と死も、聖と俗も混ざりあい、ひとつとなった映画だ。
(フリーライター)







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