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評者◆凪一木
その144 腰巾着フェラーリの体裁
No.3545 ・ 2022年06月04日




■コロナ禍二年目の二〇二一年は、三菱電機や東芝、みずほ銀行などの大企業で不祥事が相次ぎ、私のいる同じ部屋の警備会社は、看板に関わる大きな不正事件が起き、派遣先の大手ゼネコン子会社でも、不正によって総会が前年より中止となっている。朝日新聞デジタルには、こうある。
 〈三菱電機では品質や検査をめぐる不正が広がる。(中略)報告書は、社員が上にものが言いにくい組織を問題視した。社員への聞き取りでは、上司に萎縮する声が紹介されている。「『言われたとおりに試験をやっていればいい』などと怒鳴られることが度々あり、疑問を口にすることはしなくなった」。過去にも不正があったのに、取締役や監査役らが適切に調査してこなかったという。(中略)システム障害を繰り返したみずほ銀行では情報が経営陣まで伝わりにくく、責任の所在もあいまいになっていた。〉(2021年12月29日、村上晃一)
 Sビルサービスが、自身の社員のパワハラを隠し、かばい、野放しにし、それを指摘してきた派遣会社の社員の私に対して異動を命じるのは、気に入らないが、有りうる話だ。しかし問題は、その話に乗っかって保身を図った、我が社の狡猾なキツネ部長、そして上司に当たるマーシー責任者、さらにもっと頭にくるのは、味方の同僚である振りをして、気兼ねなく相談し合える(実際は相談するだけの)仲間の振りをしてきた、あのフェラーリである。私の異動話を皆知っていて、抵抗するどころか、加担すらしていた。
 こいつらは、自分のことしか考えていない。あわよくば、もしこちらの立場が好転したなら、こちらに着く構えさえ見せている。初めから敵対している方が、よほどに、はっきりしていて敵として分かりやすい。
 フェラーリに関して詰まらないのは、見かけはこちら側と似ていて、中身はまるで逆という点である。搾取される側にいるという点で理不尽を感じているのは同じであるが、搾取したりされたりする構造を変えていこうとする私に対して、フェラーリは、どうしたら搾取する立場の側に回ることができるでしょうか、と質問をしてくるような奴である。搾取という理不尽な構造をどうしたら変えられるかなどという発想は微塵もない。
 今のところ、嘘つきキツネのK部長について、「クソ」だの「人間のくず」だのと口汚く批評しているが、ひとたび同じ側に回ると、キツネと一緒になって、新たなタヌキとなって、私を嬉々として責めてくるだろう。それは、あの最古透の時でさえ、おべっかを使って、彼に取り入っていたわけで、油断も隙も無い。肝心要の困った時に、一つだけ私がお願いをしたら、拒否してきた。それは、流れを変える意味でも重要なことだったのだ。
 前職が「写真家」という、曲がりなりにも物を創作し、社会に対して物申す人間とすると、その風上にもおけない人物と私は言いたい。もっとも、こういった人物の存在を、意外にも、芸術家の中にあっても、芸能の民であっても、結構私は目にしてきている。職業が、その人間を規定するほどに大きな意味を持ってはいない。ブラック企業、パワハラ上司、不当労働行為問題に、まさに今目の前で直面していても、労働組合に参加するわけでもない。調子のいいことばかり言って、私から都合よく好条件を引き出し、頂くだけの奴ばかりだ。選挙を何回やっても、いつまで経っても、ロクでもない人間が当選し続けるのに似ている。誰が投票しているのかって、組合に入ることもなく、黙々と会社の言いなりになっている奴隷たちだ。フェラーリのように、会社批判をして、文句を言っている方が、一見会社と対立しているかのように見えるだけ質が悪い。彼こそが犬である。
 人間というものは、こうも組織に、体制に弱いのか。お金に、生活に屈するのか。会社の取り込み手法に屈し、自らも飼いならされるフェラーリの、無様過ぎる動きを見ていると、情けなくなる。
 もちろん、彼には、認知症が進んできている母がいて、仕事も、カメラマンという出版の世界で最も早くにリストラの進んだジャンルで、つい道の選び方を間違った人間の一人だ。制度や仕組みに組み込まれて埋没する。同調圧力の仲間に影響される。それは、元々そうであっても、そこがサラリーマン社会ではなかったゆえに、むしろ異色の存在で、今こそ水を得た魚の如くに、意気揚々とその眠っていた力を発揮しているのかもしれない。
 見て見ぬ振りをする者は、その犯罪や悪事の協力者である。被害者にとっては、主犯以上に、より質の悪い直接の行使者となる場合も多い。それに、少なくとも、主犯を後押しする応援者の側面を持つことだけは確かである。会社にパワハラ上司がいても、一人ではそれほどのことは出来ない。皆が反対し、拒否し、抵抗すれば、孤立無援、四面楚歌の状態となるからだ。そこに、協力者が現れるからこそ、上司はパワハラという行為が成立をしていくことになる。
 セクハラをする人の三大特徴は、「共感力の欠如」「伝統的役割分担への呪縛」「優越感・権威主義でマウントを取りたがる」点であるのだが、その三つ全部が揃っていても、それを許さない周囲の環境があれば、「やらない」という。パワハラも同じく、周囲の許す空気であり、勇気の無さが助長させてもいる。
 ギュスターヴ・ル・ボン『群衆心理』(講談社学術文庫)に「群衆は、弱い権力には常に反抗しようとしているが、強い権力の前では卑屈に屈服する」と記されている。それは権力側に立ちたい人間の思考であり、権力を許さない人間ならば、より屈服しないはずなのである。フェラーリは果たしてどうか。ハワイに暮らし、年中サーフィンに興じる一人の自由職業人であったこの男をさえ、「社会は変えられない」と思い込ませることにまんまと成功したのか。
 恐怖というものは、人間に対するものである。一人の人間のサイズなど、どれほどのものでもない。寿命にしても、たかだか一〇〇年である。ではなぜ怖いのか。一人ではないことを散らつかせるからである。或いはサイズ以上のものを散らつかせるからである。散らつかせるものは暴力である。そしてそれは、多人数の存在とも言える。つまりは協力者、子分、手下の存在である。私が恐れるのは、敵の社長や上層部ではない。その手下となる、近くのチンピラ連中である。
 フェラーリが訊いてくる。
 「凪さんのいなくなった後、僕らは、この先どうすればいいんでしょうか」
 知るか。(建築物管理)







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