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評者◆ムーミン2号
希望と歴史が韻を踏むことがありますように!
ダブリンからダブリンへ
栩木伸明
No.3545 ・ 2022年06月04日




■シェイマス・ヒーニーというアイルランドの詩人は、ベルリンの壁の崩壊とネルソン・マンデラ釈放の直後に次のような詩句を書いているそうな(p302)。
だがしかし、生涯に一度
待ち望んだ正義の
高波が起こり、
希望と歴史が韻を踏むことがありうるのだ
 生涯に一度であるのなら、そうそう希望と歴史は韻を踏まないようであるが、今こそ、そうなってもらいたい時代である。新型コロナウィルス感染症の終息と、ロシアの軍事侵攻の終焉が韻を踏んでもらえないだろうか……。
 この本は、アイルランド文学・文化研究者である著者、栩木伸明(とちぎ・のぶあき)さんのエッセイを集めたもので、いろんなところ(と言っても日本経済新聞が多い)に書いたものを9つのテーマでまとめ、上梓したものである(一章だけ書き下ろしがある)。年代は2001年から2021年までと決して狭くはない。
 そしてそれをまとめるタイトルとして著者の脳裏に降ってきたのが『ダブリンからダブリンへ』である。ワタシはと言えば、未だ海外旅行も経験のない者でありながら、「ダブリン」にはちょいとばかり反応してしまう。大学時代の英語のテキストが、ジェイムズ・ジョイスの『ダブリナーズ(ダブリン市民)』だったという、単純にそれだけの理由なんだけど。
 さすがに、「詩」を中心とした本書では、ジョイスの『ダブリナーズ』は出てこないだろうとほとんど諦めてかけていた頃、W・B・イェイツとハンガリーとの浅からぬ関係を紹介するくだりで、ちらりっとでてきた。『ダブリナーズ』のなかの「レースのあとで」だ(p328)。
 まぁ、そのことを詳述するのは憚られるので、ここではそれまでに止めておくとして、本書は「詩」と関わり合う「美術」「映画」「文学」などを含めたアイルランドの詩人たちとその作品、そしてアイルランドの歴史などにも言及する、時間的・空間的な旅を記したものである。
 その幅広さは、著者の教養でもあるが、アイルランドの詩人たちの活躍がいかに傑出しているかを物語るものでもあるだろう。
 「旅」は時にアイルランドを離れ、ミュンヘンからヴェネツィア、アッシジからフィレンツェ、或いはオランダにも及ぶ。ヴェネツィアではトーマス・マンによる『ヴェニスに死す』が引用され、ヴィスコンティの映画を観ている者にはそのいくつかの場面が脳裏に浮かんだりする。
 それにしても驚くのは、アイルランドの「詩」熱である。詩の朗読会が日本でどれほど開催されているのかワタシは寡聞にして知らずにいるが、著者はアイルランドで頻繁に朗読会に参加している。しかも、単に詩の朗読を行うだけでなく、音楽の演奏あり、朗読ありというイベントなのだそうだ。
 そういった土壌の国で、優れた詩人が多く輩出されるのも頷けるというものだ。第Ⅷ章の「シェイマス・ヒーニーと仲間たち」はアイルランドにおいて著者が知り合った多くの詩人たちが紹介されていて、その少なからぬ人数には驚くが、何の偶然か何の悪戯か、ほとんどが追悼文になってしまっている。ノーベル文学賞受賞者に名を連ねるのは、ウィリアム・バトラー・イェイツを始めとし、最初に挙げたシェイマス・ヒーニー、少しジャンルは異なるがジョージ・バーナード・ショー、あるいはサミュエル・ベケットもダブリン生まれである。
 そして本書を読みながら一番感心してしまったのは、著者の文章の「うまさ」であった。平易な文章、長くもなければ短くもない文章、ことさら飾らない文章、そして読むに際して一句たりとも疎かにできない文章。こういう文章が「うまい」文章なんだなぁ、と我を顧みて身に浸みた。
 最後にヒーニーが詩の美点について語った言葉を記してみよう。「人間を正気に戻させ、自分たちの内外で起きていることに気づかせる能力にある」(p312)。







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