書評/新聞記事 検索  図書新聞は、毎週土曜日書店発売、定期購読も承ります

【重要なお知らせ】お問い合わせフォーム故障中につき、直接メール(koudoku@toshoshimbun.com)かお電話にてバックナンバー・定期購読の御注文をお願い致します。

評者◆粥川準二
メディア以外の組織に属して、 「ジャーナリズム」は可能か?――「ジャーナリズム」や「ジャーナリスト」の定義や意義を考察する絶好のチャンス
No.3543 ・ 2022年05月21日




■四月一一日、元テレビ朝日のキャスター富川悠太が公式ウェブサイトを立ち上げ、今後、「トヨタ自動車株式会社所属のジャーナリスト」として活動することを宣言した。富川は同時に、自分の会社「オフィス・プレンティージャパン」も設立したのだが、同社は、トヨタと電通が出資したマーケティング会社「トヨタスタッフプロ」の中にある(野口博之「元テレ朝・富川悠太氏「トヨタ自動車の所属ジャーナリスト」に違和感噴出 「広報ですよね」指摘に会社の見解は」、J‐CASTニュース、四月二一日)。なお富川の父親はトヨタの重役だったという。
 このことについて、ネットでは批判の声が相次いだ。たとえば元東京都知事で作家の猪瀬直樹は四月二四日、「アホじゃないか。『ジャーナリスト』ではなく広報だろ」とTwitterで批判した(無署名「猪瀬直樹氏 元テレ朝・富川悠太氏“トヨタ所属ジャーナリスト”宣言に怒!「広報マンだろ」」、東スポWeb、四月二四日。本人のツイートは削除された模様)。
 一方、noteプロデューサーの徳力基彦は「個人的にはトヨタと富川さんが、メディア以外の企業所属のジャーナリストという新しい形を体現する可能性もあるのではないかとも感じています」とコメントしている(「元テレビ朝日の富川悠太氏とトヨタは、ジャーナリズムの新しい形を作れるか」、YAHOO!ニュースJAPAN、五月二日)。
 トヨタはすでにオウンドメディア(自社媒体)『トヨタイズム』を使って情報発信している。『トヨタイズム』の評判はさまざまだ。豊田章男社長自らのアピールの場であるにすぎないという批判もあれば、これまでの「広報」の枠を超えたコンテンツを配信しているとの評価もある。なお豊田社長は「メディア嫌い」として知られているともいう。
 トヨタ自動車の広報部は富川について、「入社したばかりで、これをやりますとは、まだ決まっていません」と、J‐CASTニュースの取材に対して答えている。
 筆者は一連の報道やSNSでの議論を読んで、気が気ではなかった。というのは、筆者もまた、大学という組織に所属するジャーナリストであるという自覚があるからだ(筆者は愛知県豊田市の出身でもある)。もちろん筆者は大学教員であり、社会学・生命倫理学の研究者である。社会学の学位を持ち、これまでいくつもの大学で社会学や生命倫理学を教えてきたし、論文や学術書も書いてもいる。したがって「大学教員」や「研究者」を名乗る資格はあるだろう。しかしながら、二〇年以上も続けてきた「ジャーナリスト」という肩書きや自覚を捨てたわけではない。実際、大学に就職してからも、ジャーナリストが書くようなルポルタージュを何回も書いている。
 ジャーナリストを名乗ること自体は、たとえその定義や資格が存在したとしても、個人の自由であろう。そうはいっても、これを機に「ジャーナリズム」や「ジャーナリスト」の定義や意義について考察しておいて損はない。むしろ絶好のチャンスであろう。
 筆者と同じく大学教員(武蔵野大学教授)でジャーナリストの奥村信幸は、「ジャーナリストは「unlicensed job(免許のいらない仕事)」と呼ばれます。誰でもジャーナリストと名乗ることができます」と指摘する(「「ジャーナリズム」とは何かを再考する〔その1〕‥『ジャーナリズム10の原則』をかみしめる」、YAHOO!ニュースJAPAN、五月三日)。奥村は「誰がジャーナリストか?」よりも、「その行動はジャーナリズムにかなっているかどうか?」が重要だと注意を促す。
 奥村がその基準として提案するのが「ジャーナリズムの10原則」である。これはジャーナリストのビル・コヴァッチとトム・ローゼンスティールが二〇〇一年に考案したもので、三回の改訂を重ねた第四版を奥村は紹介している。奥村はこれを「ニュースの市場で「ジャーナリスト」と信用されている人は、これから説明する10の原則を満たす行動を、ほぼ逸脱することなく守り続けた(と多くの人に評価されている)人だとも言えます」と解説する。コヴァッチらは一〇項目の原則を挙げているのだが、富川の件について筆者が気になったのは、以下の二項目である。
④ジャーナリズムに携わる者は、取材対象からの独立を維持しなくてはならない。
⑤(ジャーナリズムは)権力を監視する機能を果たさなくてはならない。
 奥村はこの原則を踏まえてこう指摘する。「特定の利益を代表する組織や、特定の政治的な見解を強力に主張する影響力のある人物などと近しいことを、自ら積極的に公表することは、ジャーナリズムの考え方からは、少なくとも得策ではないと思われます」。
 ところで筆者は年末年始を愛知県豊田市の実家で過ごすことが多いのだが、地元紙『中日新聞』が一月一日の朝刊第一面でどのような記事を掲載するのかを楽しみにしている。筆者の経験では、自動車業界関係の記事が多い。これは偶然だろうか。
 経済ジャーナリズムは、企業発表の垂れ流しであり、財界の御用メディアであり、広報メディア化している、との批判はすでにある(Business Journal編集部「富川悠太アナの変心…トヨタ所属ジャーナリスト自称が象徴する経済ジャーナリズムの死」、五月三日、など)。筆者がコミットしてきた科学ジャーナリズムも同様であろう。富川の言動はそんな自覚も葛藤もまったくないようにも見えるが、ジャーナリズムやそのあり方をめぐる議論に一石を投じる可能性もないわけではない。
(叡啓大学准教授・社会学・生命倫理)







リンクサイト
サイト限定連載

図書新聞出版
  最新刊
『新宿センチメンタル・ジャーニー』
『山・自然探究――紀行・エッセイ・評論集』
『【新版】クリストとジャンヌ=クロード ライフ=ワークス=プロジェクト』
書店別 週間ベストセラーズ
■東京■東京堂書店様調べ
1位 マチズモを削り取れ
(武田砂鉄)
2位 喫茶店で松本隆さんから聞いたこと
(山下賢二)
3位 古くて素敵なクラシック・レコードたち
(村上春樹)
■新潟■萬松堂様調べ
1位 老いる意味
(森村誠一)
2位 老いの福袋
(樋口恵子)
3位 もうだまされない
新型コロナの大誤解
(西村秀一)

取扱い書店企業概要プライバシーポリシー利用規約