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評者◆凪一木
その142 警備の緊急事態宣言
No.3543 ・ 2022年05月21日




■ビル管理(設備)の場合、職場は地下の中央監視室などに詰めるのが一般的だ。しかし、一階の防災センターに詰める現場がある。今の私のビルがそうである。この場合、同じ部屋に警備さんと共に勤務する。仕事は違えど、全くの同僚である。この警備さんの様子が痛いほど分かる。同じ仕事ではない分だけ、同じ会社ではない分だけ、むしろ不用心であるがゆえに、あまりにもあからさまに、その裏表までが聞こえてくる。不在の人物の人間関係や評判、特に悪口は定番で、その点でも、同じ警備の隊員以上に内情について把握してしまう場合もある。いや、その隊の持つ、会社の孕む危険性も垣間見える。
 事の発端は、二人の隊員が新型コロナに掛かったと電話が来たことである。二人とも六〇歳代で、まじめに仕事をする方ではないが、勤務を埋める点では優秀で、他人が休んでも、その分だけ多く勤務に入る人間なので、困ったときの「穴埋め兵隊」として重宝されていたというのが実情だ。ところが、困らせる側、穴を開ける側に回ったのである。
 一人はバツイチで、還暦過ぎて我が子に送金している。やる気があるのかないのかはっきりない。もう一人は「昔は」仕事が出来た男で今は飲んだくれだ。インスリン注射を日に四本も打ちながら煙草も酒も止めない。
 警備は、かつては九人体制(防災センター隊長席、監視席、受付席、一階エントランス立哨、地下一階社員通用口立哨、巡回、二階受付前立哨など九ポスト)だったものを、去年、八人体制に減らされた。人員を一五人から一三人に減らした。なおかつ、一人出来の良い若い男を上野の「魅せる警備」現場に引き抜かれたという経緯がある。この若い男は、実際は、頭の固い、感じの悪い、勘違い青年だ。この隊の中では優秀というだけだ。さて、代わりに新人が入ってきた。これは完全に有能で、隊長と同じ階級であり、始めは、隊長が交代すると言われていた。階級は課長に当たる司令だ。テレビドラマ「男たちの旅路」で、鶴田浩二がビシビシとカッコ良く職務をしていた階級は、「司令補(課長代理や係長に当たる)」であり、司令はその上である。
 階級社会の警備は、警察官や自衛官と同じくまず初めは入社すると、巡査、二等陸士にあたる警備士だ。会社によって、警備士補、二等警務士などと呼ばれる。私の現場にこの階級はいない。すぐに試験を受けて、上に上がるからだ。いわゆる先任警備士(上級警備士・一等警備士)だ。これが八人いる。その上のリーダーに当たる先任長(警備長)が二人いて、その上がおらず、その上の司令補(鶴田浩二)が、今回コロナになった飲んだくれだ。飲んだくれは、元々仕事をテキパキとこなした人間である片鱗は実は見える。ただ、世の中に対するスタンスが快楽主義で、年齢や状況からしても馬鹿らしくなったのか、一切仕事への執着を見せず、平気でサボる。そしてその上の「司令」に、隊長と、もう一人の有能な新入りというわけだ。
 ところが、この新人を、わずか二カ月程度で、隊長は、裏工作し(その様子を設備の人間たちは「裏から」逐一見てきた)、追い出した。理由は明白見え見えだ。自分の地位が、そして信頼が、脅かされ、化けの皮が剥がれるからだ。私から見ても新人は、少し話しただけでもインテリで、「物が違う」ことがわかった。見た目も、テレビドラマのカッコいい「キャップ」タイプで、昔の丹波哲郎や中丸忠雄などが演じるタイプの顔と雰囲気があった。いつも本を読んでいて、そのいくつかのタイトルを見たが、「これが彼の趣味だ」などと簡単に言えない幅の広さがあり、私にどうこう言える感覚の人間ではなかった。週に何回か二〇キロを走っていて、その走っている姿を、同僚の何人かが出くわしている。知力だけでなく、気力も体力も充実している男だった。
 これは、隊長は焦ったのだろう。その有能さを一切無視して、他所からの悪情報を掻き集め、既に手駒の隊員たちをけし掛け、有りもしない「コミュニケーション不足」というネタで欠陥品扱いし、既に信頼を集め始めていた隊員たちを、彼(新入り司令)と合わせないように配置し、ぶつかり合うような馬鹿を組ませて、「コミュニケーションが出来ない」という印象を増やしていった。
 昔、サッカーのキング・カズが、ワールドカップ代表メンバーから外された。外した監督の岡田は、自身の人間的な実力によって外したのではない。権力によって外した。単に「勝つために」外されたという意味をもつのではない。カズが夢見てきたワールドカップ出場は、多くの日本のサッカーファンの夢見てきた同時共有の「勝利」とは別のもう一つの夢でもあった。それを蔑ろにされた男が、不貞腐れて会見場に現れたその姿は、見るも無残な、我々がそうさせたとしか言いようがない告発的な挑戦的な逆視線の姿であった。我々はどんなときでも、権力に対するこの姿勢は忘れまい。一方が権力を持っていて行う所業は、もっと第三の目と監視が必要だと思う。やりたい放題になってしまう。
 さて、この有能なマラソンマンは、簡単に他現場へ飛ばされた。カズが髪を脱色したような真似はしなかったけれども、悔しさはにじみ出ていた。これによって、人員が一人減りひっ迫する。そのさなかでの、二人のコロナによるリタイアである。
 隣で見ていて思うが、はっきり言って、馬鹿だと思う。人員を寄こさなければストでも何でもやればいいと思う。隊員の健康や精神的負担を一番に考えるべきだ。隊長も実は、上のビルマネ連中と同じ側にいて、名誉職みたいな立場の安全地帯から出てこない。
 一日八人から六人体制にするという。それでなくても人が不足しているなか既に、三六時間連続勤務など過酷な労働が強いられてもいる。これ以上のコロナ陽性の穴埋めなどどうやってするのだ。何一つ手を汚さない背広組がいる。同じ現場の隊長自体の勤務も全く変わらない。「大変だ」という声だけが勇ましくなり、自分の勤務は同じなのだ。
 隊員に私が「隊長の勤務は同じじゃないですか」と聞くと、「まあ、それは、まあ、しょうがないんじゃないですか」と苦笑い。何が「しょうがない」だ。笑ってる場合かよ。髪でも脱色しろよ。
 警備の六番勤務は朝八時から勤務し、昼飯が一六時。隣に居ながらにして、見ていられない。一方こちら設備は、あのバカ所長により、夕食が一六時だ。
 どっちもどっちか。
(建築物管理)







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