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評者◆志村有弘
根場至の島崎藤村の詩を踏まえた秀作(「私人」)――秋吉好の松永久秀の戦いと心裡を綴る歴史小説の力作(「異土」)
No.3541 ・ 2022年04月30日




■現代小説では、根場至の「小諸なる」(私人第106号)が、構想豊かな秀作。小諸の酒・古城の醸造元・藪塚酒造は天保年間の創業で、古城販売担当の藪塚酒店は、藪塚酒造の分家。古城の銘柄は、島崎藤村の詩「小諸なる古城のほとり…」(『落梅集』)に由来するのではなく、この銘になったのは、戦後のことで、元の名は佐久錦。古城を販売する藪塚眞實は、中学教師であったが、プロレタリア文学の魁と思う作品を生徒に読ませたと注意され、新しい生活に入りたいと思い、藪塚家に婿入りした。後に眞實夫妻は跡継ぎがいないことから、本家に古城の銘は残して欲しいと願い、販売店を返上する。作中、霜沢医師が眞實に「暮行けば浅間も見えず、ですか」と語る言葉も、「小諸なる」の詩文を踏まえたもの。生徒にプロ文学の魁と思う作品を読ませた、と学校から注意された場面で、内容は全く異なるものの、私はふと藤村の「破戒」を想起した。
 西山慶尚の「穴居記」(海峡第47号)も心に残る。西原伸介は東京の整体院を閉じて愛媛の山間に帰り、祖父の掘った横穴を掘り広げて穴居生活を始めたが、離婚した庸子から東京でやり直さないか、と言われる。学生時代、友人の岸本は学生運動自治会の委員長になり、伸介も執行部の役員になったけれど、岸本は四年生になると、学生運動から身を退いて大学院に進学した。伸介は運動にのめり込んだまま留年し、大学院の試験も不合格となる。心に残る岸本へのコンプレックス。後に岸本の行方を探すと、岸本の妻から、岸本は四年前に他界したが、ずっと伸介を懐かしんでいた、と伝えてきた。伸介は岸本に勝手にライバル意識を抱き妬み恨んだ末に逃げ帰ったことに気づき、東京でやり直そうと決意する。人生とは何かを考えさせられる作品。木澤千の佳作「ロッキングチェアーとゆりかご」(あかきの第5号)は、心温まる作品。夫の遺品のロッキングチェアーが少女の心に潤いを与えるという内容がすばらしい。木下径子の「梅の実」(街道第39号)は、庭の思い出と亡き母への思いを綴る。「母にもっと優しくしてあげればよかった」という瑞江の気持ちが、パイプオルガンの響きと美しく調和する。同じく木下の「夜の地震」(街道同号)も友人の孫(ピアニスト)の演奏が作品に静かな旋律を奏でる。二篇とも掌篇の佳作。
 歴史小説では、秋吉好の「松永軍記‐大仏炎上の章‐」(異土第20号)が、戦国期の武人・文化人松永弾正久秀を描く。久秀は三好三人衆と謀って足利義輝を二条御所で弑し、戦いで東大寺大仏殿を焼いた人物。義輝殺害について、久秀に「御所巻きだけでよかった。公方様を殺してはならなかった」と語らせているのは、作者の思いでもあろう。重厚な文体で綴る字義通りの力作。続篇を期待したい。小泊有希の歴史小説「落魄の山河」(九州文學第578号)は、大友宗麟の妻由布や毛利への輿入れを嫌う麻矢など女人の毅然とした姿が印象的だ。小泊の大友連作は今回で終了するというが、惜しい気がする。
 エッセーでは、吉留敦子の「『蝉丸』考」(AMAZON第511号)と根本明の「小督伝説のこと」(hotel第2章第47号)に注目。吉留の論は蝉丸・源博雅・人康親王に関する詳細な考察。根本の論は『艶詞』など古典文学を精読し、藤原隆房の心情に視点を置く。
 詩では、麻生直子の「物置小屋にて」(潮流詩派第268号)に、人の心の恐ろしさを感じた。森の木が伐られ、「わたし」は息子と浜辺の集落で海藻を取って暮らし、「山の人」から「海の人」となった。働き者の息子のところに来た嫁は「わたし」が風邪をひいたとき、「うつるから」と、納屋に移して鍵をかけ、一日に一度、息子がおむすび二個を戸口からさしだした。だが、裏山の焚き木を取ると盗伐者、川・海の魚介を取ると密漁者、荒地を耕すと土地侵入者となり、息子は多くの汚名と共に「住人」ではあっても「住民」ではなかった。嫁は夫や納屋を見張り、「可愛い息子は やがて隔離小屋の住人の/犯罪者になる」という作品。「わたし」は無残な死を遂げたらしいが、「木目の穴」から、朝夕、「夜空の月や星」が「優しく美しいうたをうたう」のを聴いていたらしいから、ここに辛うじて救いがある。作品の背景に近・現代の中のある事件が存在するのかとも思われ、冷酷な人間性、法律等が人間を拘束する悲劇を感じた。「りんごの木」第59号掲載の東延江の二篇の詩「病めるひと」と「生きることをやめたい」も哀しい内容だが、完成した作品。「病めるひと」の、その「ひと」は子や夫のこと、自分の名もわからなくなったといい、詩人は「病はいつか/あの人を無垢な清浄の地へと手招く」と、哀しく優しい詩文で結ぶ。詩人の優しさと諦念。「生きることをやめたい」も家族から孤立し、「ぐち」を言い続ける「ひと」の哀しい状況と当惑する詩人の心。
 短歌では、「十月」が題詠「金」として、お金に限らず、金色・金木犀など、「金」の文字を入れた歌を詠んでいる。題詠は面白い。
 「人間像」が終刊となり、「絵合せ」が創刊された。ともあれ、同人諸氏の今後のご活躍をお祈りしたい。「遠近」第78号が佐藤芳彦、「季刊文科」第87号が瀬戸内寂聴、「九州文學」第578号が椎窓猛、「月光」第70号が川俣水雪、「層」第135号が滝澤忠義、「たまゆら」第122号が竜崎攻、「人間像」終刊号が福島昭午、「笛」第298号が池田星爾、「ほほづゑ」第111号が鈴木糸子とハンク・アーロン、「未来」第841号が岡井隆(追悼特集)、「みらいらん」第9号が新倉俊一、「吉村昭研究」第57号が遠藤雅夫の追悼号(含訃報)。心からご冥福をお祈りしたい(文中、敬称略)。
(相模女子大学名誉教授)







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