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評者◆凪一木
その139 喫緊の老人問題
No.3540 ・ 2022年04月23日




■ビル管理は、その当初から、高齢化社会の反映された仕事だ。若い人の割合が少ない。
 戦後のジャニターと呼ばれるGHQ接収のビル清掃を皮切りに、その後も大手企業の子会社的「ビル管理会社」が請け負い、概ねリタイヤした人のお小遣い稼ぎといった年齢構成であった。また公衆浴場施設の縮小、電化によって蒸気機関車が姿を消していく中で、あぶれたボイラーマンたちが流れ込んできた時代もあり、高齢化こそすれ、若年化を用意する理由が現れることもなく過ぎてきた。従事する人員数は、微増状態だったものが、戦後四〇年を過ぎ、バブル時期に入ったころから、建築物環境衛生管理技術者試験で言うと、八五年から九四年の一〇年間で、受験者数も倍増していく。このときまだ、平均年齢が上がることはない。従業者数が増えても、年齢構成はそのままだった。問題は、バブルが弾けて以後である。高年齢者以前のそこそこの現役世代がリストラや転職で、入り込んでくることになった。そして、就職のない若い人もまた新卒で入社するようになる。いわゆる二極化である。このとき、老人側はどうするか。頭の回転や体の動きではもはや若い者に及ばない。老獪さが勝負だ。いわゆる嫌らしい無視や目に見えない虐め。「教えない・知らせない・挨拶しない」の三ない主義で攻めてくる。ところが年齢には勝てないのである。当然ミスをする。誤魔化す。仕事をなるべくしないようにする。
 いや、実は、この老獪さの典型のような男が、同僚としてやってきて、私に今張り付くように一緒に仕事をしているのである。その男を仮にグレイとする。グレイは、あの有料ライブ二〇万人という世界記録を打ち立てたGLAYで有名な函館の出身なのだが、敢えてグレイとする。「どこの出身なのか」と訊くと、「函館ではない。函館の隣だ」と答える。ならば、函館の隣町は三つしかない。
 私は、北海道に関しての本も書いていて、当時は北海道の全市町村二一二(現在は一七九)をすべて覚えていた。詳しい部類のはずだ。そこで、今の函館の隣はというと、北斗市、七飯町、鹿部町だ。グレイの出身地についてそれぞれ質問する。「違います」「違います」「違います」。それはありえない。じゃあ、木古内か。「違う」。知内か。「違う」。福島か、上ノ国か、松前か。全然隣じゃないだろう。「違う、違う、違う」。謎解きをやってるわけじゃないよ。言いたくないのか。「そういうわけじゃない」。結局、詳しく聞くと二〇〇四年に合併された四つの町村のうちの一つで、生まれたときは、函館の隣だったという。教えてくれたのは、半年以上たってからだ。ならば、「今は函館市だが、生まれたときは違った」と言えば良いではないか。だが、そうはならない。この辺のやり取りから、このグレイの、胡散臭いくせに勿体ぶった嫌らしさが垣間見えるだろう。
 グレイというだけあって(私がそう言っているだけだが)、何もかも曖昧でグレーゾーンにしておくのが、この男の特徴だ。これがまた質が悪い。秘密主義というよりも、むしろ別の匂いを醸しだす主義である。
 ある話を持ち出してくる。「それは誰が言ったのだ」と訊くと、「それは言えない」。また、或る人がこう言ったと言ってくる。その「或る人」とは誰なのかと訊くと、「或る人だ」としか答えない。だんだんと、こちらからは会話をしたくなくなる。今度は向こうから訊いてくる。
 「Aで良いんですよね」「いや、AでなくてBだよ」「そうですよね。Bで良いんですよね」「まあ、Bだけど」「ああ、よかった。Bで良いんですよね」。(お前、始めはAと言っただろうよ)。常にこの調子なのだ。なんだ、この男は。
 始め、この男が現場に入ってきたときに、設備の三島が、こう尋ねたと、私に教えてきた。「(グレイさんは)群れる方ですか、それとも一匹狼な方ですか」。ナイスな質問だ。どうしてそんな質問となるのかといえば、まぎれもなくパワハラ所長の下で、過酷なやり取りを強いられている中で、少しでも抵抗できる「強い」人間、フェラーリのようなゴマすりではない人が仲間入りすることを望んでいるからだ。
 このとき、グレイは、こう答えたのだ。「私は一匹狼の方ですね」。
 おお、頼もしいじゃないか。イメージとしては、大映映画『ひとり狼』(主演市川雷蔵)や東映映画『ならず者』(主演高倉健)などを思い浮かべる。ところが、これが、ただの「一人ぼっち」にすぎず、よくわからない「我が道を行く」しょぼくれた爺であったのだ。
 そもそもが、この男をこの現場で採用する必要など全くなかった。
 グレイの入社決定は七月一五日である。
 私を飛ばそうとしている御茶ノ水の現場は、前年の一二月から人が不足していて、このグレイをその現場に送り込めば(振り分ければ)よいわけだ。ところが、私のいる日本橋現場で採用する。
 では、なぜ、一人「あぶれる」のに取った(増員させた)のか。私を追い出すためである。派遣先である、大手ゼネコンの子会社Sビルサービスが、派遣元(下請け)の私の会社T工業に対して「凪を異動させろ」と命令(T工業の上司は否定しているが)しているようなのだ。いや、これは言質を取ったばかりでなく、文字記録も持っている。
 七月一〇日のことである。責任者のマーシーと朝の九時から三〇分ばかり話をした。このときに、私を異動させる案を、パワハラ所長から聞いて「前から知っていた」というのだ。これを録音していたわけではないから、あとで、「そんなことを言った覚えはない」と言われると、私の方が嘘をついているかのような事態となる。なので、そのすぐ後に、以下のメールをマーシーに入れた。〈先ほどの、「私をこの現場から飛ばす」という話は、いつ出た話でしょうか」「凪さんの異動の話は先月です」〉
 つまりは六月に既に話が出ていて、なおかつ七月に新たにグレイを採用しているわけだ。
 減員のため一人不要になったからといって、執拗に、私だけをターゲットに異動を進め、かつ通達を出し、辞令を用意してきた。しつこいなんてものではない。抵抗し、団交し、ビラ撒きもストも辞さないと言うと引き下がり、だがまたしても、いつまで経っても諦めない。人が足りなくて困っていると言う御茶ノ水現場は、未だに募集すらしない。そこまでしても、私を追い出したいのか。
 七カ月の攻防の末、結局、或る顛末を迎える。いや、もう一カ月かかった。
 その話は次回の心だ。
(建築物管理)







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