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評者◆凪一木
その135 マツコ・デラックス
No.3536 ・ 2022年03月26日




■ビル管風情が、何をいい気になっているのか。我ながら妙な感慨を覚えた。いわゆる業界人と接するのは何年ぶりであろうか。その空気を吸うだけでも、失い捨てたものへの悔恨と愛おしさ、そして郷愁のような感情が沸き上がってくるのを抑えられない。思わず辞めていたタバコに手を出し、我に返り一息入れて火を消した。
 実はマツコ・デラックスの番組から依頼が来た。正確には出版社に対して、連絡先を教えてほしいと電話があり、〈当社では、ご本人に許諾なく、連絡先を教えていないので、企画概要を転送いたしますので、御覧いただきまして、直接ご連絡をしていただけますか。〉とのことだ。
 「マツコの知らない世界」というテレビ番組一一月一六日放送で、「Ⅴシネマの世界」だという。実は視聴したことがない。ADと何度か話し、東京まで来られるか。地元まで行くか。結論から言うと、ディレクターと一時間ばかり話をしたのが最後で、流れてしまった。或いは別人で企画は残っているのかもしれない。
 その話をすると、皆「ビル菅の方か」と聞いてくる。「いや、Vシネマの方だ」と答えると、なぜか皆ガッカリする。Ⅴシネマの後も、「がん患者」「北海道」「女子プロ野球」と、それぞれ第一人者を目論み、仕掛け、挑んだが、結局ブームは起きなかった。それでもビル管に今、魂を込めている。
 ところで、そのビル管だ。今の私の周囲には、大中小、それぞれの悪人が何人かいる。八時半男のパワハラ所長、嘘つきキツネのK部長、大手ゼネコンのCB常務、裏から手を貸していた「辞める辞める詐欺」のマーシーなどなどだ。しかし裁かれず、むしろ私にさらなる追い打ちを掛けようとしている。私を頼っていた同僚たちまでもが、自らに降りかかる危険を回避しようと、敵側の作戦に乗っかってきている。
 マツコからの連絡を待つ間、WOWOW『ソロモンの偽証』第七話を視聴する。
 自殺か他殺か要領を得ない死者に対して、死者を執拗にいじめ、暴行していた大出という少年は、自ら「殺した」と捨て台詞を吐く。うそぶいているのか事実なのか、悪びれた態度のまま裁判に臨んでいる。
 この大出は、亡くなった子以外にも、暴行を繰り返しては父親に揉み消してもらい、母からは溺愛されている。実は集団レイプも行っている。
 大学の推薦も決まっていて、陸上の有望選手だった、死者とは別の同級生にも、殺人未遂の如き暴行で足を負傷させる。右足の神経が切れて、今後動くかどうかわからなくなってしまった。だが警察には届け出ない。両親が大出の父親に脅されたからだ。
 後遺症が残るかもしれないと言われている彼は、裁判の席で、「謝れ」と大出に詰め寄るも、誰もそれを後押しはしない。
 大出の親が怖いのか、裁判というものへの礼節なのか、日本人という秩序なのか、「そうだ、そうだ」の声援もない。
 右足を引きずりながら、「こいつが簡単に人を殴れる人間だ、ということを証明しに来た」と主張する。それは「あり」だろう。だが、弁護人は反論する。陸上有望選手を殴
ったときと、死んだ同級生のそれとでは状況が違うと。
 違うと言えば、なんでも違うだろう。事実を判定するのが裁判なら、どういう人間かを判定するのかが現実だ。裁判後に、弁護人の立場から宮沢氷魚は、検事側に立っている主人公の上白石萌歌に対して、こんな言葉をぶつける。
 「この裁判を途中で辞めるなら、判決が出なくとも、大出は殺人犯のレッテルを張られる。みんなにそういう目で見られる。あいつはそれを一生背負って生きていかなくちゃならなくなる」
 果たして、そうか。見られるから背負うとか背負わないとか、そういう問題なのか。殺人ではなくて、自殺だったとしても、たまたま自殺で済んだ殺人行為のようなことをした男という点において、そこで見られる目には、そんなに変わるものがあるだろうか。概ね世間の目は、この件に関しては、合っているのではないか。
 ドラマだけではない。被害者には不当で不利で理不尽で、加害者には、有利で、悪用可能で、こんな社会で良いのかよ、と感じる。大中小の悪人たちよ。一生でも二生でも背負ってください。と、私は素直に思う。未だ裁かれぬ、お咎めも受けぬ、パワハラ上司と、その訴えの故に、逆に現場を飛ばされようとしている私。
 実は、久々の業界人の空気とは、ジャーナリストの鈴木隆祐氏だ。「マツコの知らない世界」出演において「先輩」なのである。『名門高校人脈』(光文社新書)や『名門高校 青春グルメ』(辰巳出版)などの著書で、「名門高校の世界」とかいう企画だったらしい。ギャラは二〇万円だという。私もかつて「トゥナイト2」や「スーパー・モーニング」「怪傑えみちゃんねる」「探偵ナイトスクープ」などいくつかテレビに出たことがある。どれも決まって一万五〇〇〇円だった。その点では破格だ。ただし、テレビ局までの送迎は往復、アナウンサー用のハイヤーである。大阪局は、ホテル取材であった。
 運命の一一月一六日。テレビをつけると、ゲストはバイオリニストNAOTOで、「スープカレーの世界」が放送されていた。
 私の出ない「マツコの知らない世界」放送のその日、何の気なしに、テレビ朝日「徹子の部屋」を見た。売れるのに時間の掛かった俳優と言われる滝藤賢一が出ていた。役者で売れないので、ずっとアルバイトをやっていたという。「どれも嫌で嫌でしょうがなかったですね。レンタルビデオ屋、居酒屋、カフェ……」。
 二〇一三年、日曜劇場「半沢直樹」で三人組主人公の一人を演じ、オリコンのその年の「ブレイク俳優ランキング」で八位にランクインし、まさにブレイクした。このとき、まだ三六歳ではないか。それでも遅咲きなのか。二〇二一年九月には『服と賢一』(主婦と生活社)が出版される。既に俳優で花開き四四歳にして自著が出る。
 比べてもしょうがないが、凪一木五九歳。未だハローワークの傍ら、嫌で嫌でしょうがないアルバイトのようなビル管人生。本がポシャり、会社に疎まれ、その最中に、この連載でも書いた映画監督小平裕が亡くなる。追悼文を申し出たが、返事なく、取り上げられることも今のところ、ない。晩年、小平裕とは一番多く会っていた人間だと思う。
 マツコの話は、起死回生のチャンスのようにも思えた。捨てる神あれば、拾う神あり。だが、話も消える。作家に戻る道を完全に断たれた気持ちに襲われた。小平裕の追悼も断られ、テレビ放送はもちろん、書き上げた原稿出版も頓挫した。
 一瞬だけ夢を見た気分だ。
 マツコと徹子と二〇万。なんだかなあ。
(建築物管理)







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