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評者◆粥川準二
戦争、原発事故、パンデミック、そして環境破壊――それらがビリヤードのように互いに影響しあって、解決がますます困難になっている
No.3535 ・ 2022年03月19日




■二月二五日夜、ロシアによるウクライナ侵略を伝える報道の合間に、SNS(Facebook)を通じて、同国のチェルノブイリ原子力発電所がロシア軍に占領され、その周囲で放射線量が上がっている、という情報を得た。
 さっそくデータサイト「SaveEcoBot」を閲覧してみると、いくつかのモニタリングポイントのデータを見ることができた。同発電所構内のあるモニタリングポイントをクリックしてみると、たしかに放射線量が約二〇倍に増加していることを示すグラフが現れ、「65500」という数字が目に入った。ドキっとしたが、よく見ると、その単位は「nSv/h(毎時ナノシーベルト)」である。筆者はあせって、それを「mSv/h(毎時ミリシーベルト)」に計算してしまい、たいした増加ではないと思って、そのことをSNSに投稿してしまった。筆者が、時間あたりの放射線量を示す場合には通常、「m(ミリ)」ではなく「μ(マイクロ)」を使うことに気づき、また知人がそのことを指摘してくれたのは一時間後ぐらいであっただろうか。
 筆者はあわてて投稿を消し、あらためて「65.5μSv/h(毎時六五・五マイクロシーベルト)」の放射線量が示されていることを投稿し直した。これは決して低い値ではない(もっとも、そこに住民はいないのだが)。参考までに、たとえば新宿の放射線量は、〇・〇三五九マイクロシーベルトであることも書き加えた。
 問題はその原因である。
 国内外の報道によれば、専門家や関係者は、周囲でロシア軍の戦車などの車両や人の移動が増えたことによって、地面に蓄積されていた放射性物質が舞い上がったためではないか、と推測している。ウクライナ国家原子力規制検査庁のウェブサイト(英語)も同様に説明している(二月二五日)。一部の記事で、ロシア軍の砲撃で放射性廃棄物の貯蔵庫が破損したことも示唆されたが、どの報道機関も政府機関も確認できてはいないようだ。
 ウクライナ政府立入禁止区域管理庁のFacebookアカウントを(翻訳ウェブサービスで)慎重に読んでみると、発電所周囲の立入禁止区域では、作業員たちはロシア軍による占領まで、安全を維持するために働いていたという(二月二六日)。
 ところが同アカウントによれば、二日間、「自動放射線監視システム」が機能しなくなった、という。「このことは、占領者たちが安全システムを適切に使っていないこと、原子力施設を防護するのに必要な専門知識を持っていないことを示している」(二月二七日)。
 やや不安な要素ではあったが、三月一日に前述のデータサイトの一部が更新され、たとえば前述のモニタリングポイントでは、その放射線量の値が以前に戻った(とはいってもその値は「2860」、つまり毎時二・八六マイクロシーベルトなので、東京などよりはずっと高いのだが)。
 ある記事は、ウクライナでは気候変動のため森林火災が起きやすくなっており、それが起きると放射性物質が拡散されやすくなるのだが、現在、戦火のため消防隊などが活動しにくくなっていること、ロシア兵が発電所の作業員のように適切な放射線防護をしているかどうか懸念があること、軍事活動によって事故を起こした原子炉を覆う「石棺」が破損する可能性があること、などを専門家らの意見として伝えた(M. Kekatos, Seizure of Chernobyl by Russian troops sparks health concerns for people near the nuclear plant, ABC News, February 26)。
 そのウクライナでは、ロシアによる侵略と並行して新型コロナウイルス感染症の感染者数が五倍以上に増加したこと、検査が十分に行われていないのでそれ以上に拡大している可能性があること、人工呼吸器が不足していること、医療用品の生産や搬送が戦火によって阻まれていること、ロシアの侵略による負傷者のための人工呼吸器も不足していること、なども報じられた(GIGAZINE、三月一日)。
 また、ロシアによるウクライナ侵略が広く報じられていることによって目立ちにくくなっているが、新型コロナウイルス感染症パンデミックについても、注目すべき知見が出てきている。
 たとえば二月の末、今回のパンデミックの起源が、武漢の華南海鮮卸売市場である可能性を示唆する複数の報告がほぼ同時に発表された。ようするに、そこで売られていた野生動物からヒトへとウイルス感染が広がった可能性があるということだ(A. Maxmen, Wuhan market was epicentre of pandemic\'s start, studies suggest, Nature, February 27)。
 今回のパンデミックの起源として、この説が以前から有力であった。しかしこれまで何度か、武漢のウイルス研究所からウイルスが漏れ出たことが原因だとする可能性も指摘された。今回の研究結果は、市場起源説を裏づけるものであろう。
 一方、アメリカなどの研究者らが、今後のパンデミックを防止するためには、「新しい人獣共通感染症を検知し、封じ込めること」よりも、「森林伐採を大幅に削減すること」のほうが効果的だとする試算を発表した(A. Bernstein et al., The costs and benefits of primary prevention of zoonotic pandemics, Science Advances, February 4)。野生動物からヒトへのウイルス感染を「スピルオーバー(異種間伝播)」という。森林伐採はその可能性を高くする。それを抑えることで、スピルオーバーの可能性を下げることは、スピルオーバーが起こってから対処するよりも費用対効果がずっと高い、ということらしい。
 環境破壊は感染症を発生させ、戦争は感染症を拡大させることは明白である。原子力発電は、核兵器の副産物であるともみなせる。二つの原発事故、今回のパンデミック、その背景としての環境破壊、そして戦争。それらがビリヤードのように互いに影響しあって、解決がますます困難になっている。いずれもヒト≒人間の努力で回避できたはずのことだが、ヒト≒人間だからこそ、回避も解決も困難なのかもしれない。絶望している暇などないのだが。
(叡啓大学准教授・社会学・生命倫理)







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