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評者◆凪一木
その134 二足の草鞋の大顛末
No.3535 ・ 2022年03月19日




■人生というのは不思議である。あっという間に、見える景色も展望も、残り時間の価値体系イメージまでをも変貌させてしまう。今までと全く違う。神様に人生の最後、喜劇の登場人物にでも選ばれているのか。軽んじられ、いじられ、デスゲームをさせられているのか、二足のわらじ故の弱点を突かれているようだ。
 わずか一年前までは、本の出版が決まり、半年掛かって七〇〇枚から削って、その第一稿五〇〇枚を書き上げ、また、サイコパス男の最古透が会社を去り、未来がバラ色であるとまでは言わなくとも暗雲が消え、少なくとも妙な雨雲は存在しない様相であった。
 七七年公開予定だった『ブラック・サンデー』という映画がある。良いものは良い。というが、時期、旬、機会というものがある。これがトラブルによって公開時期を逸し、翌年に主演俳優は急死し、空前絶後の大傑作が、三〇年以上公開されることはなかった。私の本もまた、今まさに出さねば、「令和のブラック・サンデー」と化してしまう。
 実は、この本は、急死した親友の脚本家を含めて、映画人生の死者へのレクイエムだ。出版社に対して、以下の通り文句を言った。多少編集して記す。
 昨年九月二二日脱稿し、その後、何の手直しもなく、なま物である原稿はそのまま古くなっていくばかりで、加筆し、推考し、整理し直しも、常に連絡なく、ただただ待っている状態です。三月三一日に、〈お待たせしています。今月中にフィードバックすると言っていましたが、あと一週間ほどお待ちください。〉との連絡。
 〈七月には出版したいと考えております。〉と、最後に書かれた文字を見たときも、そんなに先なのかと私は思う。さらに連絡が来ない。
 四月一四日〈予定としては、何日ごろになりますでしょうか?〉とメールする。〈来週中にはと思っています。〉と返事があり、その「来週中」が過ぎたので、四月二六日〈状況はどのような感じでしょうか。〉その返事が、相変わらず何の説明もなく、〈もう少しお待ちください。こちらからご連絡します。お待たせしてすみません。〉
 やはり連絡がないので手紙を出す。五月三一日に、〈もう少し時間をください。〉との返事。その後の連絡はなく、原稿が古くなり加筆を送る。そうしたら七月二六日〈レスポンスが遅れてすみません。いただいた原稿整理について、ご相談したいことがあります。今週末にご連絡します。〉その連絡が八月二日〈これまでの経緯は、ご指摘いただくまでもなく、私がいちばん承知しています。ずれにすれて、本当に申し訳ありません。そのため、お電話でお詫びして、今後の日程のご相談をしようと思っておりました。明日、今後の予定をこちらに書き込みます。しばしお待ちください。〉その明日である八月三日〈こちらが整理した原稿を八月末日にお渡しします。お待たせしてすみませんが、よろしくお願いします。〉
 さて、八月三〇日〈たびたび申し訳ありませんがが、末日までと申し上げましたもの、あと二週間ほどお待ちください。九月一五日前後となります。よろしくお願いします。〉
 そして本日、九月二〇日。「整理した原稿」も、連絡も、何もありません。これまでの経緯をご説明ください。……以上が、私の出した文面である。
 これに対して、以下の返事が来た。
 〈約束の日程を決めて目指していますが、お約束を守ることができない状態が続いています。途中まで手を入れていますが、まだお渡しできる状態にありません。こちらの事情なのでご説明するのははばかられますが、正直に経緯を説明すると、次のようになります。
 ほとんど不休で働いていますが、複数の案件が並行しているので、公私ともに突発でいろいろ起こると一気に予定が狂ってしまいます。一人で何もかもやっているので(編集も紙の手配も決算も物流も販売も資金繰りも)。スタッフはあと二人いますが、彼らの担当する仕事の手当も突発に入ってきます。現時点でも、二週間前よりは進めていますが、「まだできていません」というご連絡しかできず、日程がずれるのでご連絡できない状態でいました。また繰り返しになりますが、一〇年たっても売れる普遍的な内容の書籍の出版を目指しているので、「原稿が古くなる」という考え方は当方ではしておりません。ご参考までに、現在脱稿・入稿直前まで進めているものが四本ほどありますが、このうち三本は、二年以上前に出版が決まっていた原稿です。これがウソ偽りない正直な現状です。(中略)もう少しお待ちくださいますようお願いします。申し訳ありませんが、これ以上、日程は申し上げられません。申し上げても約束やぶりの繰り返しになってしまうだけなので。申し上げられるタイミングになりましたらお知らせします。(中略)なお、繰り返しになりますが、これまでのやりとりはお伝えいただかなくても、私が一番承知しています。それはご理解ください。〉
 多分、他社で出すとなると、また時間が掛かる。しかしこの調子では、この出版社では二年は掛かる。去年脱稿して、全く手付かずのままで、「もう少し」「もう少し」の繰り返しで丸一年が過ぎた。精神衛生にも良くない。
 相手の返事は、追い詰められての弁明であり、一年前から状況は教えられるはずだ。いま語っていることも信じられるかどうか。開き直りとも、自己肯定の上塗りとも読める。
 この本の場合、引用部分まで含めて、たくさんの人に会い、引用の了承を取っている。私も一応はサラリーマンだ。時間は限られ、去年から、毎回毎回取材相手に、遅延をお伝えし、それぞれ、不満なり、おタメごかしの言葉などいただき、気を揉ませている。一度こじれたものを引っ張ると、余計に悪い展開に巻き込まれていく。人生は有限だ。
 読んでほしい人が早く死ぬこともある。いま生きている人間に到達させたい。設備(サラリーマン)で我慢して、ここで妥協するなら、やはり意味がない。結局、他の出版社の当てはないが、シンプルに断った。
 〈期日が未定という状態では、これ以上待つことできず、原稿を引き上げたいと思います。〉
 すぐに返信が来た。〈今回は当方の力不足で、申し訳ありませんでした。×万円+税から、源泉徴収した金額を明日、お支払いいたします。〉
 振り出しに戻ってしまった。いや、それどころか、異動問題により会社での状態が、宙ぶらりんだ。出版も宙に浮き、勤務場所も宙に浮いている。
 これが今の私である。
 何だ、この人生。
(建築物管理)







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