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評者◆凪一木
その133 裁判傍聴
No.3534 ・ 2022年03月12日




■文章というものは、心を落ち着かせた状態でなければ書けない。怒りに任せたような文章もあると言うが、それが本当にそうなら文章にはなっていない。怒りに任せた状態を持った上で、心を落ち着かせながら、書く。たとえばレイプの被害にあったなら、その再現を、そのまま行っては辛い。その辛い作業をいったん行ったうえで、そのときに書くのではなく、あとから掘り起こして書く。それもまた辛くはあるが、少なくとも怒りに任せた状態とは違う。冷静に怒っている。心を落ち着かせた状態で、怒っているのである。
 一〇月一五日、千葉裁判所に行ってきた。話は少々複雑だ。
 労働組合とは、企業内に存在すれば、そこで加入するが、無い場合は、会社を超えた、個人から加入できる産業別組合、いわゆるユニオンとなる。私などのようなビル管理や警備、清掃の場合は、全国コミュニティ・ユニオン連合会に加盟している派遣ユニオンやプレカリアートユニオンなどが、その対象であり、私の所属するユニオンは、東京東部地域ユニオン協議会の一つである。やはりその一つである江東ユニオンの仲間Aさんが、作業中に落ちてきた八六〇キロのH型鋼に足を挟まれ、左足甲を切断するという事故に遭った。裁判は、その事故に対する損害賠償訴訟である。
 二〇一二年九月に起きて、入院九カ月、病状固定は二年以上で、装具を付けても長く歩くことができず、仕事は退職、生活は困窮、訴えたのが、やっと六年以上経っての二〇一八年一一月だ。
 Aさんは八九年に来日した日系ブラジル人二世で、日本語を話せるが、読み書きは不自由だ。Aさんの会社がまた複雑で、日新ガルバ(二〇二〇年よりNSガルバ)という日鉄日新製鋼建材の子会社で溶融亜鉛めっきの製造販売業の下請けだ。
 日鉄日新製鋼建材は、日鉄日新製鋼の完全子会社であり、日本製鉄の完全子会社である日鉄鋼板と共に合併され、日本製鉄グループの外装建材薄板事業となっている。この日本製鉄は、かつて世界シェアトップだった新日本製鐵(元々日本製鉄分割により八幡製鉄と富士製鉄という業界ツートップが再び合併)と、高炉四社と呼ばれる日本四大鉄鋼メーカーの一つ住友金属とが「世紀の大合併」により新日鉄住金となり、現在再び「日本製鉄」となった国内最大手のメガ企業だ。中国企業などの台頭で世界六位にまで落ち込んでいたが、四位へと戻した。他の二つは、JFEホールディングス(川崎製鉄と日本鋼管の経営統合)に神戸製鋼所だ。
 Aさんは、そんな大企業の傘下の下請けである川島工業の契約社員である。一緒に作業していた社員は、作業手順を教えないばかりか、Aさんがトラックの中央からよじ登りH型鋼に手を掛けたという、有り得ない証言をしている。落ちてきたH型鋼から逃
げようとして後ろにあった荷台(いわゆるパレット)に躓き足を潰されたAさんに、事故原因を押し付けようとしている。
 トラックの荷台から荷を下ろすのはAさんの仕事ではなく、玉掛けの補助としてトラックの下で材料を受け取る「本来の仕事」をしていた。「前処理」といって、運ばれてくる鋼材の油分を洗い落とすなどの作業だ。しかも一六、七年間も行ってきたベテランで、Aさんがトラックの上に載って玉掛けすることはないのである。
 Bさんが「地切り」という作業をしていたとAさんは証言。荷に玉掛けをして吊り上げる際に吊り荷を安定させるため一旦停止させる作業だ。
 これに対し川島工業側の弁護士が質問する。三〇歳台に見える若きエリートが、四〇歳で来日し、六五歳で事故に遭い、補償もされずに七〇歳を超え訴える日系ブラジル人に対して、証言のアラ探しをしてくる。
 「(地切りを)どうしてBさんがやったと言えるんですか」「台の上にいたのはBさん一人でした」「だけど、前と後の玉掛けそのものは見てないわけでしょう」
 この原告は嘘をつく人間なので、その言葉は信用できない、ということを証明しようとする印象誘導に、私は感じた。
 『外国人収容所の闇――クルドの人々は今』というドキュメント映画がある。クルド人問題は、各メディアで様々取り上げられているが、医師でもある監督の山村淳平は、逃げずに、こんな場面を撮っている。同い年のクルド人と友達となる日本の女子高生が、クルド人から、こんな言葉を突き付けられる。「同じ人間なのに、私とあなたとはなぜ違う扱いなのか」。
 日本での難民申請者の数は、二〇一八年までに七二四二人。認定されたのはゼロである。他国では、クルド人のほぼ二〇%が難民認定されている。強制送還時に死亡事故も起き、「外国人は煮て食おうと焼いて食おうと、自由」という文言も一九六五年の法務官僚の文書に登場する。
 知り合いの警備会社(交通誘導では日本一の会社らしい)では、先日の幹部集会で、「人間と思うな、石ころと思え」という言葉が出たという。六五歳の彼は住むところが無く、会社の寮にいるが、六万八〇〇〇円取られている。だから手取り一〇万円いかない。
 牛久収容所でのシャワーが冷水から温水となったのは、山本太郎議員のおかげという。外国人相手の日本語学校ビジネスと、日本人高齢者ホームレス相手の貧困ビジネスと、そしてその中でなお甘い汁を吸おうとする弱い悪人が、より弱い者を追いつめる。
 弁護人は、いったい誰のために闘って生きているのか。
 私が年をとったせいか。三人いた裁判官もやけに若く見えた。大丈夫かよ。
 〈すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。〉(日本国憲法第76条2項)とある。
 裁判官も、会社側の弁護人も、勉強不足なのか、玉掛けや地切りはもちろん、パレットの意味さえよく知らず、明らかに「あちら側=搾取する側」の理屈に乗っかっている。現場の雰囲気も常識もまるで理解できないようだ。
 近年、カルテを見て患者を見ない医師が多いが、字面を見て、そこに訴えている感情の生き物がいることを無視する法の番人がいる。我々は、ブルドーザーで強引に移動させられる砂利の中の小石に過ぎないのではないか。いや、砂の中の一粒に過ぎないのか。
 「友達を持つなら、医者と弁護士だ」という言葉があるが、彼らは既に皆、あちら側で、大きな友達の輪を作っていて、上級国民グループ化している。だが、足を切断され、追い出し部屋に連れていかれ、このままで終わるつもりは、私にもない。
(建築物管理)







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