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評者◆杉本真維子
だるまの団欒
No.3532 ・ 2022年02月26日




■大晦日、母と夫と隣人のKさんというちょっと変わったメンバーで夕飯を囲んだ。早々とおせちをつつきながらテレビを見ていると、一面の雪景色が映しだされた。防寒具に身を包んた親子らしき二人が、せっせと雪だるまの雪を転がしている。
 Kさんは四国の高知県から上京してきたばかりの人で、本物の雪だるまはまだ一度も見たことがないという。テレビの映像に何かを刺激されたようで、普段無口なKさんが急に口をひらいた。
「雪だるまって作ったことあります?」
 さらにこう続けた。「あ、ないか。あれは雪が降ってうれしいから作るものなのかな。雪の多い地方の人は実際にはあまり作らないのかも……」
「雪の多い地方の人」とは母と私のことだ。母は秋田、私は長野をふるさとにもつ。遠慮しすぎるあまり、独り言のようになっているKさんの問いかけに、私はうまく言葉を返せずにいた。積雪地方の者にとって、「雪だるま」と「うれしい」という単語が同時に出てくることも、そういえばあまり馴染みのないことだった。
「いえいえ、毎日のように作ってましたよ、子どもの頃は」
 ちょっと驚くKさんに、母はこう続けた。
「だってほかに何もすることがないですから」
 そう、一面の雪とは文字通り一面の雪なのだ。屋外の遊具は雪にすっぽりと覆い隠され、遊ぼうにも雪だるまか雪合戦くらいしかできることがないのだ。
 何気ない一コマだったが、私にはKさんの「雪が降ってうれしい」という言葉がとても心にしみた。おそらくKさんにとっては、沖縄の人が海が身近にあるからといって毎日泳いでいるわけではない、というのと同じように、雪国の人も雪が身近にあるからといって毎日雪だるまを作っているわけではない、という感じなのだろう。雪と縁遠いということはこういうことなのかと新鮮に思った。同時に、彼のなかにあるだろう非日常の雪だるまを少しうらやましくも思った。
 いつの頃か忘れたが、ぼた(ん)雪が降る極寒のなか、中年男性が一人で黙々と雪だるまを作っているのを、窓辺から見ていたことがある。耳当て付きの帽子、シャリシャリと音が鳴る防寒着、スキー用の分厚い手袋。小さな雪玉を転がし、表面をときどき軽く撫でつけながら徐々に大玉をこしらえ、胴体をつくる。同じように頭も作る。うんしょ、と歯を食いしばって頭を持ち上げ、胴体に乗せる。それから手足の枝と目玉の石を探す旅に出る。枝はねえか。石はねえか。泣く子はいねえが。悪い子はいねえが。雪だるまを作る者はみなナマハゲみたいに雪道を練り歩き、獲物を握りしめて戻ってくる。鼻や目がみかんになっている雪だるまは特別で、たいていは暖色をもたない野性的で孤独な雪だるまだった。
 いま私がこんなに険しい雪だるまを心に思い浮かべていることなど、隣にいるKさんは想像もしないだろう。同じテーブルを囲み、同じ話題で盛り上がっていても、心のなかはそれぞれに違っている。その違う部分がなぜか燃え滾って、四人で身を寄せて言葉を交わしているうちに、自分たちの身体が雪のように透き通っていく感覚をおぼえた。ひょっとして、私たちこそが雪だるまなのだろうか。いやいや、まさか。しかし、私たちもいずれ解けることはたしかだった。







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