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評者◆凪一木
その130 追い出し部屋
No.3531 ・ 2022年02月19日




■日本の企業では、九〇年代から「追い出し部屋」が存在する。そんな言葉が存在すること自体がおかしい社会だ。
 海外で翻訳しようがないために日本語がそのまま通用する言葉に、「過労死」「残業」「パワハラ」「痴漢」などがある。日本社会特有のダサさと恥ずかしさが浮き彫りだ。
 説明不要だとは思うが、「追い出し部屋」とは、社員を解雇するために、しかも会社の負担(未払い賃金など)が少ない「自己都合退社」に追い込むための、無駄な仕事部屋である。「刑務所の土堀作業」(刑務官によって、囚人は土を掘らされ、また埋めさせられる)や「地獄の賽の河原」(親に先立って死んだ子が地獄へ行くと、鬼から石を積むようにしむけられ、積み上がるとくずれ落ち、またやり直す)に似ている。精神的ないじめである。
 いまの現場で行われている無駄な点検もそうだが、追い出し部屋の「就労」や映画『アリ地獄天国』の、朝から終了時まで延々と続くシュレッダー作業は一つの例である。
 二〇一五年には、追い出し部屋に移動させたことが「嫌がらせであり違法」であるとして、大阪地裁から、大和証券と日の出証券に対し一五〇万円の支払い命令が出ている。
 私が行かされようとしている、現在まで五ヵ月以上にわたって「執拗に」「強引に」勧められている「御茶ノ水現場」は、まさにこれである。
 何しろ、泊まりの現場なのに、仮眠室がなく、シャワーもなく、テレビもない。一人泊まりと言うが、日勤の人たち五人が帰った後に、机と机の間に、簡易ベッドを持ち出して寝るという。当然三六五日二四時間必要となれば少なくとも三人いなければ回らないが、火曜と金曜に、夜だけ泊まりに来る七〇歳過ぎの人間が一人いるだけで、現場として機能していない。それでもOKだともいう。いてもいなくても良いのだ。本当かよ。
 日勤の五人には、マイ机(自分の席)があり、私にはない(これは前述)。いや、それだけではない。本来は、いなくても成立している業務に押し込むことで、他の仕事をさせ、かつその責任を全部押し付ける算段である。手口はもう見え見えなのだが、それをのらりくらりと、いつものように誤魔化すキツネ部長。
 私が質問する。「今、その七〇歳の人が、一人で巡回しているのですか?」「いやー、そのー、二人というか、三人ぐらいいます。それぞれ一人で巡回してます。メインでやってるのは二人ですけれども、当然、曜日が合わなかったりといったときには、本社の応援で巡回者も行ったりしてます。そういうのをいろいろ出来るかな、出来ないかな、というのを会社としてはヒアリングなどして、やりたいんですけれど」。
 いったい何を言っているのか理解不能だ。三人いてメインが二人とか、訳が分からない。
 現在プレカリアートユニオンの職員となっている野村泰弘氏は、「アリさんマークの引越社」において、営業職でトップの成績を誇る正社員だった。だが長時間労働による疲労が元で事故を起こし、会社から弁償金を求められる。そこで労働紛争となると、今度は、シュレッダー係へ配置転換。いわゆる、追い出し部屋だ。
 この顛末をカメラに収めて、映画化し話題となった監督が、土屋トカチだ。実は、私の友人である。『フツーの仕事がしたい』で、ロンドン・レインダンス映画祭でベストドキュメンタリー賞を受賞し、ドバイにも呼ばれアジア・アフリカ部門での最優秀ドキュメンタリー賞を受賞した。この映画の被写体となった皆倉信和さんは、一ヵ月の労働時間が五五二時間という、異常なブラックでかつヤクザな現場で労働していた。実際、ヤクザとしか思えないような男がカメラに登場するのだが、土屋トカチ自体が、この映画に限らず危険な目に遭っている。皆倉さんの人生は、この映画で好転するも、二〇一九年一〇月一九日急死する。「労働組合だからこそ、闘えた」。皆倉さんはそう語った。一つの希望と未来が指し示されたドキュメンタリーとして、燦然と輝いている。
 その後にまた土屋は、本来のドキュメントを撮るなか、労働問題が主軸であるかのごときに撮ったのが、「アリさんマークの引越社」問題の『アリ地獄天国』だ。
 私はユニオンに参加しているが、この土屋に、いつも相談している。そして、もしかのときは、私自身が被写体となっても、人柱となっても、徹底的に、最後まで闘おうと思っている。
 私のなかには、相手にもっとおかしなことをやってくれという思惑がある。パワハラがどう展開するのかを見たいのと同時に、その展開を、同時進行で世に問いたい気持ちもあるからだ。
 こういった「環境に恵まれている」と恐らく言える私でさえ、もし、この事態をどうにもできないなら、この国は、どの会社も、どの世間も、政治も経済も芸術も娯楽も、終わっていると思う。いや、マジに、ブルドーザーのように、私を強引に、解雇もしくは追い出し部屋への異動を推し進めてきたのだ。運送の皆倉さん、引越の野村さん、そして設備の凪一木となるのか。
 まず、凪の異動ありきで動いてきた会社。Sビルサービスからの報復人事なのは疑いようもないが、Kは否定し続ける。いまいる私の現場が一人不要になることがわかっていながら、敢えて募集して一人増やし、そして私に異動命令なのだ。
 会社と揉めている最中の一一月七日、九州新幹線大牟田駅(福岡県)で「一人現場」と言える場所で寝坊により、始発に乗客一三人乗れずというトラブルが起きた。泊まりの駅員は、二つある目覚まし時計と、時間が来ると背中が起き上がる自動起床装置のいずれもタイマーをセットし忘れていたという。
 同じ現場の警備の、あの「国労の男」の話だが、国鉄時代には「運転士起こし番」という役割の人間がいたという。車両清掃や宿直室清掃のほかに、この任務をしていた。いまでは人員削減で一人になったのだろう。国労の男にしても還暦を過ぎたいま、不規則な九種類の交代制という異常な勤務の仕方である。しかも大手警備会社である。二四時間勤務で睡眠時間は三時間だ。設備もそうだし、タクシー運転手も看護師などもそうだろうが、人間の生体リズムを無視している。
 一人現場なら、オンラインで、アプリと起床装置を連動させるとか、やり方があるだろうよ。私を行かせようとしている御茶ノ水現場は、東京でも中枢のC区で、その保健所の遠隔監視だ。それで、一人で、しかも二次的なセキュリティが何もない。
 ミスをしたらどうするつもりなのか。リスクマネジメントを考慮しないT工業もそうだが、これを使う区役所もどうかしているのではないか。辻褄が合えば良いのか。
 実に下らない。
(建築物管理)







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