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評者◆秋竜山
カフカ『変身』の一行目、の巻
No.3529 ・ 2022年02月05日




■若い頃、読んだ小説でカフカの〈変身〉がある。実に奇妙な小説であった。それだけに忘れることはない。〈ある朝グレゴール・ザムザが不安な夢からさめると、自分がとほうもなく、大きな毒虫に変わっているのを発見した〉。そういう書き出しであった。大きなとはどのように大きいのか。毒虫とは? どのような虫なのか。どのように、想像したらいいのか。そのような大きな毒虫に変身してしまったザムザが、まず最初に考えたことは、このような姿に変わってしまっている自分は、会社へはいけないことになる。会社へいけないということは、働き手をなくしてしまい、どのように家族は生活していくのだろうか、ということであった。この小説の一番考えさせられ、問題となるのは、ザムザが、長男であるということだ。
 フランツ・カフカ著、頭木弘樹編訳『絶望名人カフカの人生論』(新潮文庫、本体五五〇円)のなかで、
 〈中学生の夏休み、読書感想文を書くための本を探しに街の書店へ、本のコーナーをながめていると、びっくりするほど薄い本が。思わず新潮文庫のカフカの変身が、それほどまでに薄くなかったら、カフカには出会っていなかったかもしれません。人生を左右する出会いというものは、それにふさわしい重みを持つとは限らず、ときには、こんなに軽いものでしょう。〉(本書より)
 私も中学生の頃であった。この文庫との出会いは、田舎のゴミ捨て場にゴミと一緒にボロボロの文庫本を見つけた。表紙もとれていて、題名すらわからない本であった。題名のわからないままに、まず驚いたのは出だしの文章であった。〈ある朝グレゴール・ザムザが不安な夢からさめると、自分がとほうもなく、大きな毒虫に変わっているのを発見した〉。もし、最初のこの文章に出会わなかったら、おそらく私は、この小説を読んでいなかっただろう。と、いうのは、私自身長男であったということであった。長男というものは生まれながらに家族に対する一番の責任感を背おって生まれてくるのである。この自覚は、法的にどうこういうものではなく、そういうものであると思うのである。もしザムザが長男でなかったらどーしましょう。変身という小説は生まれなかっただろう。次男、三男であったら、小説にはならないのだ。そのような小説があったとしたら読んでみたいものだ。
 〈ある朝グレゴール・ザムザが不安な夢からさめると、自分がとほうもなく、大きな毒虫に変わっているのを発見した。だからといって、彼は自分の変わってしまった身体に驚きかなしみもするものの、会社へいくことも、家族の働き手をなくしてしまったことを考えることもなかっただろう。〉(本書より)
 長男というものは実に奇妙な存在といわねばならないだろう。変身という小説のなかでは、ザムザは悩みながら死んでいくのである。そして、この小説のもっと怖いのは、家族は、ザムザが責任をもちつつ死んでいくのに対し、ちっとも不幸さを感じていなかったことである。なんとも恐ろしい結末でもある。長男の存在とは何かを、考えさせられるのである。







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