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評者◆志村有弘
ありし日の毅然とした母の姿と己の呵責を綴る水白京の秀作(「文芸復興」)――寺社奉行与力の友情を描く周防凛太郎の歴史時代小説(「ガランス」)
No.3529 ・ 2022年02月05日




■水白京の「去り際」(文芸復興第43号)は、余命宣告をされた母との日々と別れ、それに伴う呵責の念と寂寥感を綴る。水白は二〇二一年に他界した堀江朋子(小説家)の娘。水白は母のことを千冬という名前で書いている。これは堀江が作品の中で使用していた堀江自身と思われる人物の名。死に近い千冬の言動を凝視し、日々を過ごす優子(作者自身と見てよいと思う)。余命宣告を受けながら、「姿勢を変えなかった千冬」の毅然とした姿。作者は「自分の生命や人生をも普遍として捉え、千冬は最期まで千冬であり続けた」と記す。そうした畏敬の念とは別に、「優子にとっては生まれて初めての一人きりの正月」という文章が悲しい。「バチが当たったのだ。ずっと親不孝だった」と、自分を責める優子。「去り際」という題にも母に対する、作者の熾烈な思い入れ。無性に悲しい、しかし、優れた筆力で綴った秀作である。
 間島康子の「雨女――一葉の恋」(風の道第16号)が連載七回目で、いよいよ佳境の感。一葉の桃水に対する思い、葛藤を軸として、〈明治〉という時代の雰囲気がよく描かれており、随所に引かれる歌も作品を盛り上げる。
 歴史・時代小説では、周防凛太郎の「友なればこそ」(ガランス第29号)が、豊後府内藩を舞台に二人の青年寺社奉行与力(結城五郎兵衛と高橋理三郎)の恋と苦悶、友情を綴る。寺社奉行の松平平左衛門は、拷問を用いず、キリシタン信者を改宗させている二人を高く評価していた。平左衛門の娘のゆきに恋心を抱いた理三郎は、五郎兵衛にゆきの気持ちを確かめてほしいと願った。だが、ゆきは五郎兵衛に好意を抱いていた。キリシタン弾圧を強めていた、府内藩主竹中重義は、突然、所領没収のうえ、子息と共に江戸で切腹させられた。キリシタンの集合場所(そのとき、そこは若い信者の婚礼の場であった)に踏み込んだ理三郎は花婿(吉三)・花嫁(おしの)を刺殺した。吉三・おしのに隠れキリシタンの噂があったとはいえ、吟味もせずに殺した、と庄屋が訴え、藩の中でも理三郎への責任追及の声が高くなり、理三郎は脱藩することにした。追っ手として現われた五郎兵衛は、理三郎にゆきのことで力になれなかったことなどを詫び、おしのが自分の腹違いの妹であることを語った。二人は斬り結び、五郎兵衛は理三郎のもとどりを斬り下ろし、「おぬしは、今、この峠で死んだ。やがて府内は廃藩となるだろう、これからは亡き殿や、殺した者逹への回向行脚をしたらどうか、いつか、昔どおりの友として会おう」と伝える。異質の二人の青年を主人公に、寺社奉行の娘が隠れキリシタンであったという設定など、読ませる歴史時代小説。
 由比和子の「雪しぐれ」(九州文學第577号)の主人公おきよは、父親の治療費が払えず、医師・阿蘭陀通詞吉尾耕作の下女として働いていた。耕作には正妻の他に丸山の女郎上がりのおせんという妾がいた。おきよは叶わぬまでも、おせんに敵愾心を抱いている。やがて、おきよは妊娠し、男子を出産した。三浦梅園が登場し、松浦静山・平賀源内・杉田玄白らの名も見える。空を飛ぶことを夢見ている青年忠治の行動も面白みを加えている。
 短歌では、倉沢寿子の「夫と行きし最後の旅となりにけり秋の京都の哲学の道」(玉ゆら第74号)が、心に悲しく響く。
 詩では、宮川達二の「月影 ‐奈良にて‐」(コールサック第108号)が、印象深い。奈良の三笠山麓の法華堂へ向かい、阿倍仲麻呂に思いを馳せる。仲麻呂の望郷歌(天の原ふりさけみれば春日なる三笠の山に出でし月かも)を引き、「千二百年を隔て今も輝く奈良の月」と記す。古代と現代とを逍遥する場面の展開がよいと思う。金子秀俊の「萩の花咲きてありや」(九州文學第577号)と題する詩も大伴旅人と余明軍の歌を踏まえた詩。往時の二人の歌人の姿・心情を美しく、悲しく描く。『伊勢物語』を踏まえた詩を書き続ける大掛史子は、「詩霊」第15号に業平への思いに悩む女人と厚顔とも言える男(業平)の姿を綴る。とりわけ女人の姿が印象的だ。
 俳句では、遠藤止観の「うつらひ」(文芸静岡第91号)と題する「ひたすらに祈るも癌の迅き冬」が悲しい。
 エッセーでは、秋田稔の「比佐芳武氏のこと」(探偵随想第139号)が圧巻。秋田が比佐から「七つの顔の男」である藤村大造(探偵)役の片岡千恵蔵の「明るい顔」を戦後の人たちが欲していたこと、最後に紙片に残す大造の言葉は「聖書をヒントにしている」と語ったことなどを伝えている。「佐佐木信綱研究」第12号掲載の清水あかねの総論的な巻頭言は、「心の花」に女性歌人が多く集まった理由を述べ、他に、堀亜紀の山川柳子、原口嘉代子の西郷春子歌集『塔』についての力作を掲載。「吉村昭研究」第56号は、第十二回悠遠忌の西口徹の講演「吉村昭の味と酒と」を掲載し、西口は吉村のカレーそばの話や飲酒の順序などをユーモアたっぷりに語る。同誌掲載桑原文明の「遠い日の戦争」等についての丹念な考察も見事。
 詩誌「時刻表」が終刊となった。同人諸氏の改めての健筆・健闘をお祈りしたい。「午前」第20号が山崎剛太郎、「飛火」第61号が中野完二、「文芸静岡」第91号が埋田昇二、「文芸長良」第43号が平光孝行、「文芸復興」第43号が丸山修身、「未来」第838号が岡井隆の追悼(追悼特集)号。ご冥福をお祈りしたい。
(相模女子大学名誉教授)







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