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評者◆凪一木
その126 凪一木を消せ
No.3527 ・ 2022年01月22日




■私の所属する会社であるT工業は、N管財、そしてTビルサービスと共に、ハローワーク常連トリオとして「職安ビル管三羽烏」或いは「ビルメンのNTT」と呼ばれている。
 その三社の中で、我がT工業は、それほど知られていない。他の二社は、ブラック企業として名を売っていて、応募者の入社に際して警戒されているのだが、T工業はなぜか、表立っての悪名は出てこない。社員数を一時一〇〇〇人とも謳っていて(今は九〇〇人とHPにある)、創業七〇年と規模も社歴も充分であり、もう少し名が知られても良いのではないかと思っている。そうでなければ、飛んで火に入る夏の虫、さらなる被害者を増やすだけである。私は、自分の身を守るためでもあったが、それだけではなく、立ち上がった。これが恐怖の元でもあった。
 ビル管には、ヤクザな、はっきり言って堅気と言えないような会社もたくさんある。T工業は、ギリギリそうではない。今のところそう思っているだけで、あとから、背後からどんなお化けが登場するかもしれないのだが、今のところそう思って、またそうでなくとも私は嵌まり込んで、闘い続けるのではないかと思っている。
 社員や雇用社員、契約社員、雇員、バイトがなぜ辞めるのか。社の待遇が悪いというのもその一つだが、社に集う仲間たちに失望するというのもあるだろう。箸にも棒に引っかからない人材であっても、猫の手も借りたいT工業は、「明日から来れるか」の一言で、労働条件通知書を渡すことなく働かせる。
 労働条件通知書は、労働基準法一五条の「労働条件の明示」に当たる。私のように、あとから請求してもらった賃金規定にしっかりと明記されている条件に合致している賞与を、T工業は出さずに誤魔化していた。もちろんこの賞与も額面通り二年後に貰った。会社の代わりに立て替えているお金も、こちらから請求しなければ出してくれない。どこから出ているのか、正式に、給与明細に記されず、K部長兼常務のポケットから手渡されたりする。
 沖縄空手の責任者が辞めて、口では「すぐに払う」とK部長が言っている退職金が出ていないという。K部長との電話では機能しないから、「手紙を出せ」と私が指南する。そうしたら、K部長の名ですぐに二万円が振り込まれた。七年務めて二万円かよと思ったが、実際の査定額を調べると、二三四〇〇円だった。その際においてもなお三四〇〇円を誤魔化している。沖縄空手は退職金規定を貰っていないので分かっていない。実際の金額を知らせると、「もう、いいよ。争っても疲れるだけだ」。
 これがT工業のいつもの手口だ。諦めさせる。
 急遽集める猫の手以下のロクでもない社員は、その通り、使い物にならず去っていく。そして、使い物になる社員は、資格を取っても資格手当がなく、実力を上げてもやはり認
められず、結局は、有能になるか、会社の実情を知るかによって、やはり去っていく。これによって慢性的に人が足りない。つまりは職安三羽烏となるのである。ただし、なぜか他の二社に比べ無名だ。「ビルサービス」や「管財」といういかにもビル管という名称である二社に対して、「工業」という建設会社のような名前が、災い、いや幸いしているのかもしれない。だがしかし、私の行動が、いきなり、競輪で言う「まくり」に値することになりかねない事態となった。
 元請けの大手ゼネンコン系会社を相手に団体交渉を起こし、その会社を怒らせて、報復人事を画策され、かつ強引に推し進められ、これに四カ月耐えた末、ゼネコンは、下請け会社を相手に強硬手段に出てきた。
 細かくは書かないが、まずは六月の話である。
 私は六月一日の入社であり、ビルの入館証を更新するわけだが、過去五年間は、翌年の五月末日まで一年間有効の「社員入館証」を作成してもらっていた。ところが、六月末日までの入館証を渡される。我が社の責任者に聞くと、あとからではあるが、「凪一木を追い出す」計画のロードマップがパソコン内に記されてあり、これを責任者も含め、他の同僚も見せられていた。そして、我が社のK部長もこれに加担していたのである。
 プロ野球の戦力外通告に似ている。ちょっと違うのは、実力がないとか、チーム内の和を乱すとかいうものではなく、単にチームを左右する会社の重役から嫌われている、ということであり、また、チーム自体の会社の重役からも嫌われているということである。
 そこから延々と四カ月続く、こちらの当たり前の抵抗運動が始まり、報復人事としての異動を拒否し続けるも、席が(つまりは出勤日が)無くなる。
 これによってユニオンは、就労行動に出る。一一月一日からのシフトに私の名がなく、勤務場所もない。完全に労働基準法違反だ。二〇一五年にも違法な採用取り消しをめぐってT工業は、自社前でビラ配りを行われたが、なお団交に応じず、結局は非を認めて示談した一件があり、ほかにも、私のあと、やはりT工業からユニオンに飛び入りで入ってきた人間はもちろん、元T工業の人間もいる。問題だらけなのだ。さあ、準備は整った。一〇月二八日の午後のことだ。私の勤務は、付け足しにより、認知症男(これについてはのち詳述)との余分なとしか言えない同時勤務である。
 T工業は、キューバ危機(核ボタンを押す寸前だった地球規模の危機)ならぬ「日本橋危機」を免れたと言っても良い。
 だが現状、下手をすると殺されかねないという恐怖も実は私にはある。
 『ソロモンの偽証』で、自殺した同級生に対して、主人公は、何の恨みもなく、むしろ親しさを覚えていたにもかかわらず、ほっと安堵もしたのである。それは、優等生で、品行方正とも思われている主人公がカンニングしたところを、その彼に見られていたからである。「死んでくれてありがたい」という気持ちが無かったかと言えば、有ったのだ。
 優秀で良き人間であっても「相手の死を願う」。まして悪徳会社の連中が、その悪を暴く人間の死を願わぬはずがない。いや、会社と闘っている一社員としての私の場合は、死んでもらわなくとも、いなくなってくれるとよい。そのために強引な手法を取ってくる。これが怖い。
 野球で言うと、対戦相手の強固な四番打者が、たとえばケガで消えてくれたら、大いに喜ぶのが本音であろう。会社にとっての私は、労働者として、法の上で、慣習上のルールに対してもうるさいまさに十二分に不動の四番打者である。
 消されるつもりはない。
(建築物管理)







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