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評者◆殿島三紀
中国人にとっての80年代は三丁目の夕日だった――監督 ジア・リン『こんにちは、私のお母さん』
No.3526 ・ 2022年01月15日




■『ローラとふたりの兄』『夜空に星のあるように』『なれのはて』等を観た。
 『ローラとふたりの兄』はジャン=ポール・ルーヴ監督の作品。西フランスの地方都市を舞台に、弁護士をしている未婚の妹と、離婚・結婚を繰り返す長兄、年頃の息子を一人で育てる不器用な次兄の繰り広げる人間ドラマである。ラブコメディか、はたまた、ホームドラマか。しっかり者の妹と頼りない兄たちの姿に「ある、ある」と頷きつつも、お国柄をあらわす思わぬ展開にビックリさせられるフランス映画だ。
 『夜空に星のあるように』。1967年にケン・ローチ監督が映画監督としてデビューした作品である。格差社会、貧困、人種差別、労働者や移民たちの日常を描き続ける監督。半世紀以上前に作られた本作だが、労働者階級の暮らしやロケ撮影を中心とした生き生きした描写は今に通じる。歌謡曲のタイトルを思い浮かべる邦題でも、原題はPoor Cow。貧しい18歳の娘が母として生きる姿を「貧しい牝牛」に仮託しているのだろう。ケン・ローチ。やはり巨匠である。
 『なれのはて』。粂田剛監督作品。マニラのスラムに暮らす「困窮邦人」と呼ばれる4人の高齢の日本人男性たちを追ったドキュメンタリー映画。監督は2012年から7年間にわたり断続的に日本と比国を行き来し、彼らと交流しながら一人でカメラを回し続けた。元警察官、元証券会社員、元暴力団員、元トラック運転手。かつては日本で家庭も持ち、仕事もしていた彼ら。「豊かな青春、惨めな老後」というバックパッカーたちによく知られた言葉がある。しかし、彼らの一人は言う。「今までの人生の中でいまが一番幸せだ」と。彼らは日本では生きられなくてもマニラでは生きていけた。
 さて、今月の新作映画は『こんにちは、私のお母さん』。ジア・リン監督作品。ジア・リンは中国の舞台・テレビ・映画で活躍する人気喜劇女優だが、本作は亡き母親との実話を基に監督・脚本・主演に初めて挑戦したタイムスリップ・コメディである。
 丈夫で明るいだけが取り柄の高校生ジア・シャオリンが主人公。この高校生を39歳のジア・リンが演じるのにはちょっと、いや、かなり無理があるか……。ま、とにかく、赤ん坊のときから体重だけは標準以上だが、何をやってもうまくいかず、母を困らせてばかりの娘である。ある日、彼女は母と自転車の二人乗りをしていて車にぶつかる。それをきっかけに1981年へとタイムスリップ。その1981年とは母の娘時代であった。
 この時代は日本で言えば、もろ昭和30年代。そう、中国の三丁目の夕日なのだ。若い女性は三つ編みで、仕事着は工員服、交通手段はもちろん自転車。私たちも見慣れていたかつての若い中国なのである。全世界興行収入900億円を記録し、ジア・リンが「世界最高の興行収入を獲得した女性監督」の名誉に輝いたのも、この懐かしさゆえであろう。中国映画では2002年の『北京バイオリン』の頃になると超豪華なインテリアのマンションが登場し、「え、これが中国!?」と驚いたものだった。思えばあの頃から中国はどんどんお金持ちになっていったのか。日本人が80年代の中国に中国らしさを感じて懐かしくなるなら、中国人ならもっとそうだろう。その上、『サインはV』も真っ青のスポ根バレーボールシーンが登場するわ、少女漫画の鉄板ネタ、美人で自慢屋さんのライバルとの対決、そして、優しかった母への想い……。そうなのだ。古くは貸本漫画や少女雑誌でおなじみの懐かしいネタがぎっしり詰まった映画なのだ。中国人にとってだけではなく、日本人にとっても懐かしい映画である。
 笑いあり、涙あり。国にせよ、人にせよ、伸びようとする前には勢いがある。いまはお金持ちになった中国人にとって80年代は古き良き時代。ヒットしたわけだ。
(フリーライター)







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