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評者◆凪一木
その125 やくざの付き合い方
No.3526 ・ 2022年01月15日




■以前に紹介した喫茶Mという元同僚のブログである。
 彼は、私にパワハラをしていたが、その意識はあっただろうけど、今、私と付き合っている。付き合う私もどうかしているが、喫茶Mもどうかと思う。
 それは良いが、人間とは、一〇〇%意見や感覚が一致しなければ付き合えないというものでもない。セックス以外に何一つ共通する話題も感覚もないというカップルもいる筈だ。性格も合わずにいがみ合って、そのときだけ、言葉通りと言えるのかは分からないが「一致」している。
 喫茶Mは、職場では、私も含めて、一切の人付き合いをしなかった男だ。今さらブログで何を語ると言うのか。そう思って読んでいると、最新の投稿で驚きの変化が現れた。
 〈考えてみれば、私もバカだった。自称経験者の話も、一度はじっくり聞いてみるべきだった。貴重な機会を無駄にしたかも知れない。他人の過去の職歴などどうでも良い、と切り捨てず、こいつからも何か学べるかも知れない、と考えるだけの余裕が私には無かったのだ。私も、本当に未熟者だ。今の私なら、人間観察の場、としてじっくり構えたのだが、そこまでの余裕が無かった。自分の余裕のなさに、今、自分があきれる。〉
 喫茶Mは、ある意味で貪欲ではなかった。「覚めていた」と言えばカッコいいが、他人の複雑さに興味がなく、人間というものの奥深さを知ることについて諦めていた。だから、的外れな「シゲさん」ことせむし男の礼賛をしてしまう。
 「富裕層は何か気に入らないことがあると、抗議するのではなく、ただ去っていくものだ」という言葉がある。だが、私は関わり合う。昔、ある脚本家から、「凪さんは外国旅行をするのに、なぜ嫌な目に遭うのが分かっていて、相乗りツアーに参加するのか」と問われ、ハタと気付いた。それが好きなのだ。マゾかよ。同じように、サラリーマンとして働くのもまた、好きなのだろう。
 店で不味いものを食べさせられたときの態度。東京の客は二度と行かない。大阪の客は文句を言いに再び行く。私はその大阪が好きで移住した。今でも、東京より、生まれた北海道よりも水に合っていると感じている。マゾでもあり、文句が言いたいのである。二度と顔もみたくないは、ダメ。必ず関わり合うのが人間社会。
 ヤクザとインテリとで、どちらが喧嘩に強いか。喧嘩に勝つ鉄則は、喧嘩のあとも関わり合う覚悟だ。喧嘩したあとに、またニコニコと会うぐらいの覚悟がないとダメ。負ける。
 その後も付き合うというやくざの迫力は、テレビドラマ「車輪の一歩」を見ると分かる。鶴田浩二と障がい者が議論をする。議論したあと、また負ぶさって、この階段を下りねばならぬのが障がい者だ。「それでもいいではないか。喧嘩した後に負ぶさって、この階段を下りればいいではないか」。そう言い放つ鶴田は、やくざを演じてきた鑑としか言いようがない。とにかく私もまた、徹底的にやるつもりだ。
 私と関わり合いたくない「八時半」所長は、裏で醜く「追い出し工作」を画策するのみで潔さの欠片もない。
 団交の場で、奇しくもユニオン事務局長はこう言った。
 「今のうちに何とかしないと、とんでもないことが起きてからでは取り返しがつかない」
 二二六事件のときに、陸軍の責任を免罪した結果、組閣の人選にまで横槍を入れ、さらに軍部大臣現役武官制を認めさせることになった。
 やくざは地域社会のなかで、嫌でも付き合っていかざるを得ないことを知っていて、今後の依存関係や、「嫌々ながらの」付き合いを覚悟している。一方のインテリは、接触を嫌い、権力で排除しようとする。或いは自ら逃げる。去る場所がどこかにあるからだ。それも実力と言えるが、勝負自体は放棄している。
 相手のことが気になってしょうがない。癪に障る。頭に来る。インテリほど、縁を切りたいと思う。それっきりにしたい。あんな奴のことで、心中穏やかではなくなり、考える時間も奪われ、自分の領域を侵させているような、損をした気分になる。
 だが、そうではない。その時間こそを有効に、糧として、反面教師として、薬として活用する。付き合っていく。それが喧嘩の戦法である。
 文化大革命で四〇万人の死者(当局発表)を出した国がある。当局の意に染まない反乱分子の意見など、聞く耳を持たない。うるさい奴は殺せば早い。八時半は、自分への献身者、支持者を集めてやり易いような仕組みを作る。これに抵抗する者は排除する。このやり方は、北朝鮮の金正恩の恐怖支配と同じだ。上層部に恐怖心を植え付けるため、彼の地位を脅かす者、正当な指導者と認めない者は排除する。金正恩の場合は、粛清し、つまり多くの側近であろうと弟の金正男であろうと、処刑し暗殺してきた。八時半はミニ金正恩だ。この手先となったのがマーシーだ。
 大臣や総理ですら、その異常な発言は、もちろん誰かが書いたものを言わされている。それを書いた者がいる。或いは書かせている者がいる。それを渡されたときに、「こんな発言は出来ない」と言えるかどうか。怖い上司や先輩には逆らえるか。権力や金のある者には巻かれてしまうマーシーは、まさに典型的なイエスマンであった。
 罠に嵌め、翌月での私の異動を八時半から聞かされ、自らは別現場にサッサと異動した。そしてそれを、一カ月たった異動後に、私に問われて白状する。
 それに対して、Sビル上層部も、私の無力さに乗じて、精神までも甘く見て、一切の情報を与えずに、突然の布告、言明により、お達しの連続で既定事実を積み重ねれば、大人しくなると高を括っている。だがこちらもやくざの心境は筋金入りだ。いつまでもしつこく付き合うつもりだ。
 「未必の故意」という犯罪がある。目の見えない人に「前に進め」という人。或いはそういう風に「言え」と命令する人、いや、命令する人に、以心伝心で伝える人、その伝える人自身が、誰かに忖度してやらされていることすら気付かない。その、やらせている人間にまで、どうしたらたどり着くのだろうか。文章を書かせている人にまでどうしたらたどり着くのだろうか。
 マーシーなどどうでも良い。八時半もまたどうでも良い。私は、この国に巣くう「付き合い方」を問題にしているし、今後もそうするつもりである。
 がん患者に「治るんだろう」と聞いてくる人がいる。がんと一緒に生きていく、つまり再発の恐れと抗がん剤や放射線治療などとともに生きていく。そのことも理解できずに聞いてこないでほしい。
 要は、付き合っていくのである。(建築物管理)







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