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評者◆粥川準二
コロナ禍でのキング・クリムゾン来日公演で、寺田寅彦の箴言を思い出した
No.3525 ・ 2022年01月01日




■筆者はいま、ちょっとした闘病中なのだが、一二月五日、少し無理をして東京に出かけ、立川市で、イギリスのバンド、キング・クリムゾンのライブを鑑賞した。事前に「来場者シート」の提出が求められた。目的は「感染者発生時に、保健所等公的機関と会場側への来場者様情報の開示/提供」とされており、来場者は電話番号などの連絡先以外に、発熱などがないことと、陽性者との接触がないことを確認された。ワクチン接種の有無は尋ねられなかった。会場では、マスクを着用すること、歓声を控えることなどが注意された。筆者はもちろん、それらすべてに同意した。
 もっとも、キング・クリムゾンの音楽は大騒ぎをしながら楽しむタイプのものではない。バンドメンバーもファンも高齢なので(苦笑)、感染したさいの重症化は心配ではあるが、感染リスクの高い行動を取ることはほとんどないだろう。
 筆者はその少し前の一一月二一日、オンラインで開催された日本リスク学会の企画セッションで、スポーツの試合などの「マスギャザリングイベント」におけるリスクや対策などについて議論したばかりであった。このライブ鑑賞ははからずも、新型コロナ・パンデミック発生以来、初めてのマスギャザリングイベントへの参加となった。
 カルチャー誌『Rolling Stone』は、ベーシストのトニー・レヴィンのインタビューを伝える記事のなかで、今回のツアーは「コロナウイルス蔓延以後の日本においては、あらゆる音楽ジャンルにおいて実質的に最初の単独公演ツアーとなります」と述べている。それに対してレヴィンは「我々のマネージメントチームや日本側のプロモーターが頑張って手筈を整え、新たな規制をすべてクリアしてくれた」と答えている(s.h.i.、「「キング・クリムゾン最後の来日公演になるだろう」トニー・レヴィンが語るバンドの現在地」、同誌、一一月二五日)。
 前述の学会では、Jリーグの試合における検査やワクチンなどコロナ対策とその結果が詳しく報告されたのだが、おおむねうまくできたとのことであった。
 Jリーグの試合にせよ、キング・クリムゾンのツアーにせよ、感染症パンデミックとの共存に向けた一つの実験のような試みのように見えた。少なくとも後者においては、筆者は一筋の希望を見た。
 一方、日本政府は、南アフリカから世界各地に広がっている「オミクロン株」に対応して、一一月二九日、全世界からの外国人の入国を禁止する方針を発表した。キング・クリムゾンの来日公演ツアーは一一月二七日から始まった。その予定がもう数日遅ければ、彼らは来日できず、ツアーはキャンセルされたかもしれない。
 オミクロン株は一一月一一日にアフリカ南部のボツワナで初めて検出され、続いて南アフリカでの流行が確認された。世界保健機関(WHO)は同月二六日、この新しいタイプのウイルスを「オミクロン」と呼ぶことを決定し、同時に「VOC(懸念される変異ウイルス)」に指定した。
 ウイルス学の専門家・峰宗太郎によると、南アフリカでデルタを上回る勢いで感染が広がっていること、「ウイルスの感染のしやすさに影響するスパイクタンパク質の中にも32ヵ所の変異があること」によって、このオミクロン株は注目を集めているという(千葉雄登「南アフリカで見つかった新たな変異ウイルス、感染力は高いの? ワクチン・治療薬の効果は? 専門家の見解は…」、BuzzFeed News、一一月二八日)。一方で峰は「強調しておかなければいけないのは、初期の段階で注目を集めているからといって、本当に感染性や伝播性に重大な変化が見られるとは限らないということです」とも解説する。実際、過去には強く警戒されたが、「空振り」に終わったウイルス株もある。
 感染症の専門家である坂本史衣は「パニックを引き起こすような情報は出ていない」「重要なことは、今できる対策を行うこと」と指摘する(千葉雄登「「オミクロン」登場でパニックになる前に…今やるべき3つのこと。専門家「使えるものは使って防御を」」BuzzFeed News、一二月三日)。坂本は「社会経済活動を回していくことも、当然重要」と述べたうえで、ウイルスの感染経路となるような行動、つまり「2回のワクチン接種・3回目の追加接種を受ける」こと、「マスクなしでの会話や換気の悪い空間を避ける」こと、「具合の悪いときには人に会わない」ことが重要だとまとめた。つまり基本的にはこれまでと変わらない。
 政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会のメンバーの岡部信彦も「感染対策の基本を今一度思い出して、緩みすぎず、適度な注意は続けていただきたい」と、同様の注意を促すのみだ(岩永直子「オミクロンはどこまで警戒すればいいの? 第6波にどう備える? この冬気をつけておきたいこと」、BuzzFeed News、一二月四日)。
 たしかに本稿を執筆している一二月一〇日時点では、オミクロン株についての情報ままだ少ない。また、これからクリスマスや忘年会、大晦日、正月、新年会、そして成人式と、人が集まりやすいイベントが続くことも不安材料ではある。一方で、アメリカ政府の医療顧問アンソニー・ファウチは、現時点のデータでは、オミクロン株は、感染力はデルタ株よりも明らかに高いが、重症化する率は低いようだ、と発言した(一二月八日、各紙)。
 日本でも第六波には備えるべきであろう。しかしながら日本では肥満など重症化リスクを抱える人が比較的少ないこと、ワクチンの接種率が高いこと、おそらくはマスクの着用率も高いこと、などを考慮すれば、日本が欧米のような危機的状況になる可能性はそれほど高くないかもしれない。実際、マスギャザリングイベントも、対策を講じれば、うまくいっているのである。
 ただ現実には、寺田寅彦もいうように「ものをこわがらな過ぎたり、こわがり過ぎたりするのはやさしいが、正当にこわがることはなかなかむつかしい」(「小爆発二件」、一九三五年)のだが。
(叡啓大学准教授・社会学・生命倫理)







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