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評者◆秋竜山
年の瀬・正月の風習、の巻
No.3525 ・ 2022年01月01日




■師走と聞いただけで忙しさを感じさせた。師走という言葉に踊らされたのである。その忙しさの表現として「セカセカ」がある。セカセカという文字で忙しさを感じさせたのが当時のマンガなどにあった。道行く人にセカセカと書き込むと師走マンガになってしまう。今の師走はそんなことはないが、当時のマンガなどをみると、なわでシャケなどをつるし、それを手にして歩いている。そして、今年はカヅノコが高いとか安いとか、これが年の瀬の師走風景だった。年の瀬がおしせまると、商店街が買い物客でにぎわい独特な雰囲気であった。
 千葉公慈『知れば恐ろしい 日本人の風習――「夜に口笛を吹いてはならない」の本当の理由とは――』(河出文庫、本体六六〇円)では、
 〈その年の煤を払って家中を清める煤払いは、東京ではむかしから12月13日と決まっている。地方では師走の末というところが多いが、江戸およびその近郊の年中行事を解説した斎藤月岑の著「東都歳時記」には、(1838年)に、「煤払い貴賤多くは此日を用ゆ」と明記されている。寛永17年(1640)以後、江戸城中では12月13日に煤払いをすることが慣例となっていた。これを見習って江戸の各藩邸や武家屋敷も煤払いをするようになり、ほどなく庶民も同様に行なうようになったものらしい。〉〈主人をはじめ一同の胴上げが始まり、蕎麦や鯨汁などがふるまわれたりしたことがあった。〉(本書より)
 私の生家の田舎でも村中で煤払いをした。その日は煤を払う竹を切ってきた。そして障子張りなどもしたものであった。
 〈江戸の商家では、さらに徹底しており、正月には雨戸を閉め切って福の神を絶対に外へ逃がさないようにしたという。あるいは「元日には風呂を沸かすと火事になる」「元日に料理をしてはいけない」「元日にはけっして洗髪をしてはならない」〉(本書より)
 そういう風習は、昭和二十年代頃まで行っていたが、いつの間にかそのような風習はなくなってしまった。今の住宅事情によるものだろう。淋しい思いがしなくもない。風習というものはその時代の人たちによってつくられ、なくなっていく。
 大みそかといえば国家的な行事ともいえる紅白歌合戦がある。テレビの長寿番組として茶の間におくりこまれる。これをみないと一年間が終わらないという気分になってしまうから、これは最大のイベントであり風習ということになるだろう。そして、「ゆく年くる年」となり「ゴーン」と除夜の鐘がどんな田舎でもテレビによって流される。
 〈正月には雨戸を閉め切って福の神を絶対に外へ逃がさせないようにしたというが、今日の江戸にも雨戸を閉め切って、わずらわしい年始の客をいれないようにしている。〉と、いうが、〈しきたりには、人間が蓄積してきた智恵という側面もある。〉(本書より)
 古いしきたりは消え、新しいしきたりにうまれかわる。百年後に今のしきたりが残っているかどうか。わからない。百年後にも「セカセカ」と、いう風景はあるだろうか。







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