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評者◆凪一木
その123 ビル管健康法
No.3524 ・ 2021年12月18日




■九月三日、木村花の誕生日である。
 母の木村響子さんは、SNS上での誹謗中傷などに対する啓発活動を行うためのNPO法人を立ち上げた。その日、私に嫌なメールが来た。前回紹介したものだ。そして、知り合いもまた、ネット上で嫌なメール(メッセージ)を貰う。翌日、ビートたけしが刺されそうになった。
 ジョン・レノンがマーク・チャップマンに撃たれたのと基本は同じであろうと思うが、そして結構、当たり前のことを書く。
 悪意は、創造性、生産性、そして思考力、生きる気力、活力を奪っていく。
 かつてリアルだけだった世界の時代でも、家族、友人、会社などの近い存在を超えた犯罪はあった。引き籠って世の中が見えなくなってしまった人間が、そこから芸術的な開花を示すのであれば、驚愕に値するが、その目に映る存在に対して犯罪に走ると、目も当てられない。しかし、今は、ネットという世界からのみ世の中を見ている人がいる。地上波テレビや新聞雑誌というリアルだけから世の中を見ている人とでは、風景は全く違って見えているはずだ。ネットは自分に心地良い情報だけを見ることが可能であり、それは、身体でいうと砂糖過多の糖尿病や、栄養不足の虚弱体質となる。
 したがって、メディア露出していない人間は、従来なら、見知らぬ人間から刺される心配はなかったが、ネットから突然リアルに加わってくるとき、その心配はある。ましてやネット上ならば、法整備だけではなく、適切なリテラシーが確立されていない今は、さらに危険だ。
 多くのネット民は、一般に考えられる生産とは遠いところでの収入で暮らそうとしている。「商売」という獲得形態自体が、そもそも生産性のある行為ではなく、中間で、損得のかすりを取る行為である。誰かの損の上に乗っかって、南北問題の如く、隣のホームレスを見て見ぬふりをしながら得をして生きる行為とも言える。ただし、最初の生産が大きければ、人類は何とか持つものなのだ。
 ビル管は、商売の世界のさらに行き着いたサービス業の、そのまた末端を汚しているような存在であるから、後ろめたい気持ちで、生産性のない、毎日を過ごすことになる。綺麗ごとは言えるが、突き詰めると、きれいな職業には思えない。だが、労働者として報酬を得ていることは、活躍とは言わないまでも、表舞台で活動していることになる。私は、もし勝手に世の中の「普通」に後れを取って絶望している者がいたとしたら、言いたいのだ。人を刺すような前夜の君に言いたいのだ。年齢を食ってさえ、仕事は残っている。それがビル管だ、と。
 身体障がい者は身体の弱者であり、保護、庇護されるべきである。しかし精神の障がい者は常に精神的な弱者なのか。時に強者となって、攻撃してはいまいか。そんなことをする前に、身体を、そして精神も別のことに使おうよ。それがビル管だと私は考える。
 木村花が亡くなったのは、五月二三日である。その三日前のことだ。
 〈顔面偏差値低いし、性格悪いし、生きてる価値あるのかね〉〈ねえねえ。いつ死ぬの?〉
 読むに堪えない。警察による捜査に辿り着くまで、裁判所を通じて、ツイッター社などにIPアドレスを開示請求し、プロバイダに情報開示を求め、膨大な時間と労力がかかった。そして、やっと大阪の二〇代男性が特定された。
 死後にその男から、木村花の母、響子さんへ謝罪のメールが届く。
 「言い訳にもならないし、許されないことだと分かっている。病気が原因でやりたいことができずにストレスが溜まって、花さんを誹謗中傷してしまった。自分には本当に生きる価値がない」と記されていたという。(五月二三日日本テレビNNNドキュメント「指殺人~ネット“匿名”の軽さと重さ~」)
 この謝罪メールにしても、死んでいなかったなら、「無かった」わけである。番組で響子さんは語った。
 「私たちが本当に失ったものというのは計り知れなくて、この残りの人生を生きなければいけないのはしんどいな、と思うときはあって、ママ幸せに生きてね、ってのが(花が)最後に送って来たメッセージだから、生きるという約束は守らないといけないと思って」
 そして告訴期限の半年ギリギリで、告訴を決めた。私もまた、許す気はない。
 前回紹介した〈凪さんってアニメみてます?あと、音楽も最近の聞いてます?〉とい
うメールだが、恐らく複数人に出している可能性もある。こういったメールを貰う人間にもお節介を書きたい。気にすることは無いのだ。
 年間を虎キチで過ごし、高校野球は地方大会から弁当をもって追いかけてきた私に、「サッカーは観ないのか?」と問うようなもので、鳥に泳げ、魚に飛べと言うに等しい。
 中傷は何ら建設的ではない。相手のためにならない行為だ。はっきりいって眠れなくなる。
 悪意は、相手の人生のバランスを崩す。そして、サイコパスでない限りは、中傷する者自らのバランスをも崩すことになる。
 〈初めはうつ病の症状がなくても、慢性的に不眠が続く人は将来的にうつ病になる可能性が高くなることも証明されています。(中略)不眠を防ぐことがうつ病を防ぐことにもなります。〉(『知っておきたい眠りの話』松浦健伸/新日本出版社)
 中傷は、睡眠を妨害し、他人の人生の阻害要因となる。
 練習しないと勝利したり、成績を伸ばすこともできないが、練習のしすぎは、体調不良や怪我に繋がる。知識も同じだ。
 〈現在の研究では、ノンレム睡眠が記憶の固定や整理にかかわっていると考えられています。単に記憶を保つだけでなく、記憶を強化する学習効果が睡眠中に高まることも知られています。〉(同書)
 休息が、蓄積と進歩、速さの素である。過剰に知ることや、生き過ぎるのは、結局歩みを送らせ、死を早める。そういうものを誘ってくる死の進言は無視すべきである。
 一方、悪意の主に言いたいのは、そういう行為を繰り返していると、自分の依って立つ基盤がなくなっていくということだ。
 人の人生を削ぐことに力を注ぐなら、まずは自らの作品(労働)に向かい、自分の人生を磨けよ。
 ビル管理を考えるとき、なぜSNSをやらない人たちばかりなのか。SNSは実は、年齢層が高い人たちに流行し定着している。なのにビル管は蚊帳の外なのだ。新聞雑誌、地上波しか知らない古い人たち。逆に、ある種の健康法を知っている。しかし、リアルの最後の生き残りかもしれない。ジョン・レノンもビートたけしも許す人たち。
 たまには良いことも書いてみた。
(建築物管理)







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