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評者◆凪一木
その121  なぜ変な人がいるのか
No.3522 ・ 2021年12月04日




■暴力が日常化していた時代、「犯罪」として取り締まる以前に、その機能が、いや国家すら誕生していない時代には、サイコパスは見過ごされ、社会を脅かす特別な存在として、問題視されるほど注目されてもいなかったのであろう。
 〈戦争も殺人も、時代を遡れば遡るほどに、身近にあったのです。人が傷つくことも死ぬことも、理不尽な目に遭うことも、今よりずっと多かった環境においては、サイコパスの暴力性はそれほど目立たなかったのかもしれません。〉(『サイコパス』中野信子/文春新書)
 ハッキリ言ってサイコパスが問題視されるのは、ずっと後になってからである。当時の人物(歴史に残るのは著名な人間だけだが)のうちの誰が、どれほどにサイコパスであったかどうかは、辿ってみても、分析しても、想像でしかない。織田信長がそうであったとか、ヒトラーこそがサイコパスであるとか。
 それが、近代以降というよりも、現代の監視社会で、一人一人を厳しく見つめ精査する社会では、炙り出され、目立った存在となり、却って余計な行為に手を染めたり、犯罪世界の主役に躍り出たり、「おかしな人物」として、その地域や共同体において、クローズアップされることになった。
 これに似た現象が起きているのは、ビルメンテナンスの世界である。この仕事をしていると、会う人、会う人が、「ビル管の世界って、なぜこんなにも変な人が多いんでしょうかね」という会話を繰り返している。しかも必ずそれ(変な人)が最初に出てくる話題だ。そんなにもビル管は、変な人の集まりなのか。変人天国なのか。
 反社会性が個人レベルの憎しみと結びつくと犯罪となるが、そのすれすれで、ビル管に留まっているような人も多い。以下の人物が「犯罪夜明け前」というわけではないが、少し紹介する。
 その人からは手紙が来る。それもかなり定期的にやってくる。返事は書かない。その理由は、文面を見ると納得するだろう。最新版はこうだ。
 〈オリンピックは大盛況に畢わりました。共産党のみならず三木谷浩史が開催に反対を吐しやがったのには呆れました。テメエは*人の手先かよ。彼奴こそ奸富と謂うのでしょう。開催に妨害や嫌がらせを働いてきた韓国の成績がショボかったのも、愉快です。計二〇個のメダル数は、日本の金二七個にも及びません。いい気味です。〉
 「*人」の*の部分は、書くに値しないフレッシュな語である。こういう手紙の来ること自体が、お前(凪)の脇が甘いのだ。誰彼構わずに付き合うツケなのだ。古い友人からはいつも、そう叱責される。その先に妙な被害に遭うと、それ見たことかと、さらなる説教を食らう。凪一木自身が、そういった相手に気に入られる要素を持ち、つけ入れられるほどにオープンで甘く、無防備だからだ、と。
 ただし、こういった相手が、手紙だけから察することのできる範囲の人間であれば、私だって付き合うわけがない。人間はしかし、「実は」「本当は」がその奥にいくつも隠れていて、かなりの確率で、驚くことの方が多いのである。それを知らずに、表面で解釈し、結論し、付き合いを切っている人間は、人間の本当の面白さ、グロテスクさ、意外さを知らずに生きていると言える。
 この手紙の主は、例にもれず、ビル管である。やはり、どこかおかしく、またどこか憎めず、そして、どこか遣り切れない。無防備はある種、相手に対して優しく、平等でオープンな態度だと思っている。だから、こういった人物と付き合うのも悪くない(良くもないのだが)と思っている。私自身の性癖のようなところもあり、出自が関係しているとも思うが、仕方がないと諦めている。
 転職を繰り返してビル管に辿り着いた人間はあまりいない。前職、前の世界というものがあって、そこでそれなりの年数を務めあげ、それなりの経験値と実績と人によっては、一線級で働いていた人間が、なぜか放り出されて、或いは自ら飛び出て、結果「二つ目」の職業として辿り着いた人間が多い。したがって、その世界では少なくとも「変」ではなかったのである。それゆえに、「一家言」持っているし、プライドもあり、まして「変」だという意識は毛頭ない。言ってみれば、天才になれなかった者どもの「我流」の集まりなのだ。その我流を、生きてきた世界とは別のところで通して、それがある程度は認められているという処に悲劇があり、喜劇がある。
 「変な人が多いよね」と言っている当人が、明らかにその変な人の一人であることが多い。それはビル管の成り立ちと仕組みを考えると、むしろ当然と考えられる。変ではないのだが、「変」にさせられている人間の集まりなのだ。
 ある場所では重宝されチヤホヤされても、別のある場所では、無価値とされ排除され捨てられる。そういうことはある。メジャー二刀流の大谷翔平が、野球ではなく、サッカー選手なら、相撲取りなら、銀行員なら、小説家なら、あれだけの活躍が出来るとは思えない。無駄に器用な変人と言われて終わる人生かもしれない。
 この連載の掴みどころの無さもまた、ビル管という社会的に存在しながら知られず、重要なのかそうではないのか分からない高年齢者の集まりという、グレーゾーンにある。
 「池井戸潤も本宮ひろ志も弘兼憲史もまた「弩」が付くほどにダークな世界で、それがゆえに受けている。だけど、多くの圧倒的大多数の底辺庶民は、銀行員や大手家電エリートサラリーマンも良いけれど、むしろ、このビルメンとか建設作業員とか、3Kといわれた就業者のリアルこそ、覗き見したい世界のはずなのだ!」
 これは、フリーで清掃業を営む友人からのアドバイスである。底辺就業者のヨレヨレ話を上から目線で見下して笑うのも良いが、そうではない、御上とは別に、出版社やマスコミなどの目を掻い潜って、「神さん構うな、仏ほっとけ」でやっている世界が実はあると、言いたい。先のヤバい手紙主の「変な人」こそが、この世界を底辺で支えている。
 ところで、パワハラで辞めた樵さんである。私が見たビルメンの中で、最も真面目で「変」ではなかった人だ。実は就活がなかなかうまくいかない。
 T工業は業界内では悪い方で有名なため、「T工業で勤まらないのなら、ウチで働くのは無理だろう」という理由で採用されないという話を聞いた。T工業は、変な業界の中で、さらなる変な会社であったのだ。また、樵さんの採用が決まっても、ブラックでロクな会社ではないという。それは、樵さんがまともな証拠である。
 変でなければ生きていけない。
(建築物管理)







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