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評者◆凪一木
その113 二〇〇〇円の魂
No.3514 ・ 2021年10月09日




■たとえば警察官なら、「巡査」「巡査長」「巡査部長」「警部補」「警部」「警視」「警視正」「警視長」「警視監」「警視総監」という階級がはっきりと示され、警官のすべてがそこに組み込まれている。
 自衛隊はもちろん、警備の世界もまた、「警備士」「先任警備士」「先任長」「士長」「司令補」「司令」「司令長」「警備正」「警備長」「警備監」「警備正監」などとなっており、山田太一の名作テレビドラマ「男たちの旅路」で主役の鶴田浩二は、司令補であった。
 私の勤務する職場の警備会社は、「警備士」「上級警備士」「(リーダーに当たる)警備長」「(隊長に当たる)上級警備長」「(係長に当たる)警備司令補」「(課長に当たる)警備司令」「(次長に当たる)警備司令長」「(部長に当たる)警備正」となっている。
 階級のほか、資格を一つ持つごとに、警備服の肩に「星」が並んでいく。五つが最多で、それ以上は皆五つだ。肩を見ると、その警備員の資格数が分かる。私のいる現場の隊長は、資格が一〇個なので、星が打ち止めの五つ並んでいる。じつは、会社内で五人しか持っていない難関資格も持っていて、管理職に当たる「警備司令」の位置なのだが、本社勤務の抜擢を拒否して、敢えて現場で隊長(上級警備長)をやっている変わり者である。だが、当然給料は、それだけの金額をもらっている。
 人間をお金という物差しで測るなら、このビルでのトップは、最上階のCEOであろう。そして以下、階が下るごとに正社員から契約社員などがいて、報酬も下がる。一階のこの現場では、圧倒的トップは警備の隊長で、次に設備のパワハラ所長が位置する。そしてグッと落ちて、われわれ設備員となるのだが、長くいる私が、少し前に入った社員に「金額で」抜かされるという妙な仕組みである。それが二〇〇〇円の魂である。
 交通費を除き手取り一八万円台の凪一木。それでも、警備の隊員たちよりも高い。ただし彼らは残業で稼ぎ、またボーナスも、私の三倍ほど貰うので、年収では私を上回る。睡眠時間は、二四時間勤務の場合わずか三時間だ。それも一五分前には交代するから実質一五〇分しかなく、寝ない人も何人かいる。不潔大王のアッキーノや、小石先生等も寝ない。明らかに、ここの警備は、大手でありながら、労働基準法違反だと考えられる。どういう逃れ方をしているのであろう。
 財閥系のある設備会社などは、二四時間勤務で、睡眠時間ゼロであり、仮眠場所も存在しないばかりか、監視カメラを付けていて、椅子に座りながら寝ていないかどうかを録画して視ている。労基法違反どころのレベルではない。
 ところで給料の差は、警備や警察ならばはっきりしている。その階級決定や昇進試験の際に斟酌や手心がなければ、それ自体は妥当である。だが設備は、これらの階級もなければ、名目ばかりの「リーダー」や「責任者」「主任」「副所長」などと呼ぶも、人によって手当てがゼロであったり、交渉次第で様々に設定され、名刺も作らなければ、作れと求めると作る程度の、とにかく正式な基準も形式すら無い。
 設備は、それらに関して、「さじ加減」「好悪の気分次第」「適当」なのだ。特に同じ会社の同じ現場で、同じ仕事の人間が差を付けられるわけだ。
 ビル管=建築物管理(設備)は、全く階級も職制もなく、ただただその給料すらグレーで気分次第なのである。お寿司屋さんの「時価」と同じで、入社したときが「猫の手も借りたい」忙しいときは、資格のない人間でも、入社数年を過ぎている社員よりも高い給料で入ってくる。そしてその上げ幅である。
 私は入社六年目で昇給が四回でいずれも三〇〇〇円である。しかも四月だったり、五月だったり、六月だったりマチマチというのも謎である。皆同じだと思っていたら、他の皆は五〇〇〇円であった。なおかつ、入社時の金額が私よりも三万五〇〇〇円高い者もいて、毎年三〇〇〇円上がったとしても、その人間の入社時の金額に追いつくだけで一二年かかることになる。先日、副所長が辞めるとゴネて、二万円昇給した。以前にも書いたが、(嫌がっている)配置換えを勧められて「二万五〇〇〇円」の口約束で、振り込まれたのが一万五〇〇〇円であった同僚がいた。彼はボーナスを貰ってさっさと退職し、大手設備会社に移った。年収が約一五〇万円上がった。国立工学部卒の工ちゃんは田舎に帰り、樵さん(設備の田中邦衛)は、喧嘩して辞めた後、半年以上が過ぎて、未だ就職が決まらない。こういった悲哀は、サラリーマンには付き物なのだろう。
 樵さんが就職にもたついているのは、妙な事情があるという。実はT工業が、ハローワークのお馴染み三羽烏にも入っているが、ビル管業界内でも有名で、「あそこで務まらないようでは、うちは無理だ」と直接面接で言われたそうだ。レベルの低い会社という「悪名」が轟いているのである。したがって、辞める前に、在職中に、就職活動をしなければ、一度辞めてからでは、再就職先がいつまでも見つからないという憂き目に遭うのである。
 例の二〇〇〇円の金額差であるが、資格によるのか、コネによるのか、実力によるのか、見た目によるのか、査定者の好悪によるのか、基準はあるにしても、それを左右するのは、きわめて人間的な「嫌らしいもの」と私は考える。特に、組合活動をする者や、好ましくない者、「まつろわぬ者」といった者は、徹底的に排除される。
 ところでだ。あのサイコパスについて、少し書く。誰もが気にしている。辞めて一体何をしているのか。まさかのシーズン2が始まるのか?
 突然会社に来なくなった人間は、たいていはクビだろう。ところが、取締役のK部長に聞くと、こう答える。
 「いや最古さんは、まだ辞めたわけではないんじゃないかなあ」
 私以外の何人かが尋ねても、同じ答えなのである。どういうことなのだ。
 T工業にいつのまにか別会社が出来ていることに気づく。T工業ファシリティーズという、尤もらしい名前である。ところが、東京ではなく、埼玉県のある町のビルの一室なのだ。東京都に自社ビルを持っている会社が、決して遠くはない場所に、なんのためにそんな賃貸を借りるものなのか。その一室がなんと四〇二号室という、妙な名称なのだ。
 その昔、一九八〇年に発売された、まだ売れる前のアルフィーの曲『無言劇』には、こんな歌詞がある。
 ♪四〇二…あいつの部屋に、まさかお前が来てたなんて
 どうやら、そこに最古透がいるらしい。
(建築物管理)







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