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評者◆高橋宏幸
象徴の抽象度――錬肉工房公演「盲人達」(6月24日~27日、@神奈川芸術劇場)
No.3513 ・ 2021年09月25日




■錬肉工房が劇団創立五十周年の記念公演として『盲人達』を上演した。『青い鳥』の戯曲で知られるメーテルリンクの初期戯曲、『盲人達』をベースにしたものだ。五十年にわたる活動の集大成と思われたが意外な部分も多い。いわば、まだ新たなる試みをしている。
 もちろん、この作品もまた錬肉工房の代名詞たる「現代能楽集」だ。能という様式。そして、西洋演劇のスタイルを導入した近代演劇以後、アングラや小劇場の時代を経て、特異な展開を続ける日本の現代演劇というジャンル。錬肉工房の伝統と現代の二つの演劇が交錯する作品群は、必然的に実験の様相を帯びる。それは、60年代的な実験演劇の精神を、それがもはや歴史的な実験の時代となったとしても保ち続けている。
 だから、メーテルリンクの戯曲を選んだことは、いささかの驚きだった。通俗的であれ、日本でのメーテルリンクのイメージは、チルチルとミチルの『青い鳥』だろう。むろん、象徴主義の作家として知られるメーテルリンクは、ノヴァーリスの『青い花』を引き継ぎつつ、日本では上田敏の『海潮音』に代表される近代詩の出立の一つとしてあった。その後は、児童文学としての『青い鳥』のイメージが、教育との相性の良さも相まって定着した。そのような文脈からみれば、「現代能楽集」としてのメーテルリンクの『盲人達』は、いままでの錬肉工房の作品からすれば、やや異質なものかもしれない。むろん、現代にまで時代を下れ
ば、たしかにメーテルリンクの作品は忘れたころに呼び戻される。最近では、国際フェスティバルでフランスのダニエル・ジャンヌトーの作品が『盲点たち』というタイトルで上演された。また、その児童演劇のイメージをなぞることでは、演劇集団円のこどもステージの『青い鳥』は記憶に新しい。
 確かに、『盲人達』のテキストは、『青い鳥』の子どもたちの一夜の冒険譚というより、メーテルリンクの作品に共通する象徴的な死のイメージに彩られている。突如いなくなった神父を森の中で探す盲人たち。取り残された盲人たちの会話は、絶望の相を帯びる。神父の死体に触れた盲人たちは、より深く、暗く、その死のイメージを、それこそ海の音などと絡めて象徴的に示す。もちろん、いくら象徴主義で、かつ文学であるからといっても、盲人たちの見えない世界を森の深さや海の広大さとともに、死に彩られたシンボリックなものに変換することは、昨今のインクルーシヴ、もしくはオリヴァー・サックスなどが語る見えない世界の豊潤さからすれば、時代の限界としてもアナクロかもしれない。
 ただし、ここで俳優たちの身体がそれを相克するように現れる。能役者である櫻間金記や、清水寛二、西村高夫、現代演劇の俳優たち、そして主宰の岡本章。それは、まったく華やかな見せ場を提示しない。むしろ、俳優たちの唸るように響く朗唱や、演技というよりも、ひたすら禁欲的にほとんど動かない身体の重みを感じさせる演出は、逆に安易な象徴性に還さない。いわば死のイメージたる、シンボリックな森や海、老人たちの身体を含めて、あくまで俳優の強固な身体性を通すことによって、ときに生々しく、ときにそこにある、ものとしての身体を表象する。象徴主義の臨界が、ある接点を越えるとまるで即物的な抽象としての身体になるかのようだ。
 ただし、だからこそ即自的にそこに在ることが難しいとしても、それは一見すると単調になる。確かに「現代能楽集」の試みとして、能と現代演劇の文脈が相克されると同時に背反することは、錬肉工房の方法ではある。しかし、だからこそ、相克とは違う形で、たとえば老いることや枯れた「現代能楽集」も見たいとも思う。また、神奈川芸術劇場の中スタジオは、たとえ実際に使用した空間は限られたとしても、普段、錬肉工房が上演する空間よりも大きい。多くの「現代能楽集」の上演された空間の密度から比べれば、広がり過ぎたようにも映った。
 しかし、それらを含めても、メーテルリンクのテキストから照射されたこの作品は、圧縮された日本の近代の始まりとして、近代詩や近代演劇が、言語と身体の実験としてあったことを彷彿させる。象徴主義やリアリズム、自然主義や表現主義など、あらゆるものが数年から十年単位で入れ替わり、目まぐるしく過ぎた時代の中で、演劇がいかに変遷を遂げたのか。それをすくいとることは、これから先の演劇の未来を見せてもいるだろう。







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