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評者◆凪一木
その112 その態度は何だ
No.3513 ・ 2021年09月25日




■あまり書きたくないのは、書くと、思い出したくない、向き合いたくない事柄について、自身の心の中で整理をするという、かつてと同じ回想手順をしなければならないからだ。それは、掻き毟られる思いであり、出来れば、残り少ない人生において、避けて通ろうかとさえ思っていることだ。

 派遣先企業の本社で、話し合いをした。大手ゼネコンの一〇〇%子会社で、従業員約二〇〇〇名がいる。テレビCMも打っている。そこで「すぐに開始する」と約束したのが、総務部長と取締役常務執行役員である。ところが一カ月以上、本当に何一つ動かないばかりか、質問一五項目の返答すらしてこない。そこで、返答はいつになるのか、というメールを入れた。そうしたら、直接の返信はなく、私の会社(T工業)の上司Kから、こんなショートメールが来たのである。
 〈お疲れ様です。Sビルサービス本社の常務さんより連絡ありました。凪さんから先般の件の進捗の問合せがあったので、回答のメールを送ったが、戻って来てしまうとのことでした。この様な状況なので聞き取り等思うように進まないとのこと。対応はしていますと伝えて下さいとのことでした。〉
 おいおいおい。これを読んで、何を納得すればよいというのか。「対応はしています」とあるが、何もしていない。半年以上前に、所長のミスで焼け焦がしたバキュームクリーナー(どんなビル管現場にも必須の水を吸い上げる掃除機)も欠品状態のままである。
 〈回答のメールを送ったが、戻って来てしまう〉とはいったい、どういう状況だというのか。その戻ってきたメールを再送、もしくは上司K経由で私に送るべきであろう。そもそも〈常務さん〉って、なんだ。若い歌手が「AKB48さん」というのと同じか。
 回答がいつになるのか、それを尋ねているわけであり、その回答自体がない。「メールにそのまま返信が出来ない」。小学生か。
 一応(Sビルサービスは)、T工業からするとお客さんである会社であり、それなりに注意と敬意を払ったものにしないとあとから「会社に不利益を与えた」と足元をすくわれかねない。したがって「文面は抑えて注意をした方が良い」とユニオンからは助言された。だが、本当にそうなのか。
 団交の中での発言であればOKであるものも、文面に残すと証拠となり、文面自体が書き方として詰問する形になり、言質を取られた格好になる。しかし今後の闘いで、私はあらゆるマスコミで実名を挙げていくつもりだ。
 陳情しても、請願しても、申し立てをしても、訴えても、事が変わらないのは、もちろん悪玉の側が不誠実で、倫理にも、人情にももとる連中であるからだというのは分かる。だが、それ以上に、私は、今目の前にいる会社の同僚、学校のクラスメート、近所のおじさんおばさん、この人たちが、一緒になって動かずに、ずる賢く、庶民面して過ごしているからではないか、と思うのだ。「お願いします」「頼みます」とまるで池江璃花子に、「五輪辞退しますと自ら申し出て下さい」などという、虫の良いお願い構造なのか。スターにならば何を言ってもいい都合の良いファン心理なのか。天皇や軍部が戦争をしたゆえの被害者だと言い張る薄汚い「お上のせい主義」なのか。彼らは、たかが私にさえ、「寄らば大樹の陰」なのだ。
 少なくとも表現の世界で生きてきたはずの元カメラマンのフェラーリさえ、最低のサラリーマン根性を発揮する奴隷根性丸出しの腰巾着と成り下がっている。いや、この男こそ、カメラの現場でさえ、カウンターカルチャーが「正統」から杜撰な扱いを受けるとき、フリーで生きるアートの人間たちの足を引っ張ってきた男ではなかったか。
 「凪さんが責任者になってくれたら、T工業の常務やSビルサービスの所長からの風当たりもトバッチリも来ないですむのになあ」と自身の反動を棚に上げて、平気で「お願い」してくる。何か共に闘ってくれるのかというと、何一つしないで傍観するのみだ。いや、常務や所長の側に立って、こちらを攻撃してさえくる。
 二〇一八年六月二四日に、北大から八体のアイヌの遺骨が返される。約六〇年前の、一九五九年に、北大の教授たちが、墓を無断で掘って、盗んだものだ。そもそもが、「遺骨の返還」なんてものは、裁判闘争も含めたたたかいのさなか、妥協点としての、譲歩した和解でしかない。
 北大副学長が、このとき訪れた人間たちの代表者に突っかかった。代表者は鉄面皮。暖簾に腕押しみたいな面構えをしている。原告代表が口を開く。
 「謝罪しろよ。盗んでいったくせに。もと在ったところに返しますって……。たったそれだけかよ。謝罪してくださいよ。(あなたたちが)研究材料にしたんだからさ」(NHK・ETV特集「アイヌらしく人間らしく」)
 だが、無言のままだ。何度も観てきた光景だ。
 水俣病のときに「結婚も出来なかった私の青春を返せ」と言われて無言で通したチッソの役員。ホテルニュージャパンの横井英樹。血友病患者をエイズにした安部英。見飽きたよ。私自身が、役所で、会社で、病院で、何度も見せられてきた。
 そして今、すぐ隣の同僚からさえ、同じ世界で闘う表現者だと思っていたフェラーリが飛んだ食わせ者だという光景を見せられている。果たして、北大の副学長は、例によって、無言のままだ。
 かつて、NHKのEテレに生出演したときに、有馬朗人が、「文部大臣ってどんな仕事をするんですか」と子供に問われて、本気で憤慨し、大人が聴いても分からないような難しい回答をし始めてNHKのアナウンサーから止められた。北大の副学長という肩書であれ、盗んだ物を返すのに、無言のままで謝らない。そして頭を下げることもなく、「謝れ」と迫られた言葉を無視して、用意した文面を読み上げ始めた。
 「このたび、北海道大学は、関係の方々のご尽力の、ご労苦に思いを致し、誠意をもって御遺骨の引き渡しに努めてまいります」と、訳の分らぬ慇懃無礼な、公式問答集みたいな、無感動な文字を、感情のない低音でもって、しかも噛みながら、「お述べになられていた」のだ。最後には、「今後ともどうぞ宜しくお願い致します」と、どうでもいい締め括りだ。アホか。
 フェラーリなどどうでもよい。Sビルサービスの、木で鼻をくくったような態度の面々たち。
 アイヌの墓を掘り起こして盗んだ大学のごとく、必ず骨を返す羽目になることを覚えていてほしい。
(建築物管理)







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