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評者◆越田秀男
漱石『明暗』はヘンリー・ジェイムス『金色の盃』の方法と共通(「北方文学」)――カミュは西欧倫理の再構築を試みポスト・ニヒリズム時代も予見した(「群系」)
No.3510 ・ 2021年09月04日




■夏目漱石『明暗』について《日本における近代文学の結節点を代表する作品》と評する柴野毅実さん、「北方文学」83号では『夏目漱石『明暗』とヘンリー・ジェイムス』と題し新たな知見を加えた。『明暗』の心理小説としての形式・方法が、ヘンリー・ジェイムスの作品、特に『金色の盃』と共通しているというもの。個々の人間はそれぞれの意識を“一つしか持ち得ない”。そこで、特定の登場人物にその人物の視点に添って対立者と論争させる。対立者も自らの視点に添うことで、両者は自律的に考え行動し戦い始め、作者は舞台の外側で客観者となる。
 コロナ禍渦中、カミュ『ペスト』がチョットブーム。「群系」46号では特集を組み、カミュ文学・思想の多角的な解析を試みた。草原克芳さんは『隠れ神秘家としてのアルベール・カミュ』と題しその思想の源泉まで辿る。“不条理の作家”という通説を覆し、《「神の死」以降の現代状況において、キリスト教発生以前の思想を掘り起こし、新たなる西欧倫理の再構築を試みつつ、ポスト・ニヒリズム時代を予見した》と、古代ギリシャ哲学、プロティノスの影
響を踏まえて論評。『ペスト』は、この“思想”面の深みに加え、彼の原風景《地中海の水平線と太陽》を背景に《フランス心理小説的な人物造形と、ハードボイルド的な湾岸都市の闇部分》とを統合した、と“小説”面の魅力も指摘。
 歳を重ねての移ろい――『ほろほろ』(北村順子/Q文学12号)――北村さんは30年近く前、暴風雨の中、映画を観に。竹中直人監督主演『無能の人』、つげ義春作品の映画化。当時は二話「無能の人」、三話「探石行」の孤独感に共感したが、今は六話「蒸発」に惹きつけられる。本屋の主人〈山井〉は店先で布団を敷いて寝ているだけ。これってハーマン・メルヴィル『バートルビー』そのもの。“蒸発”ということではナサニエル・ホーソーン『ウェークフィールド』。かつては人間関係が関心事だったが、いまは「関係というのは、あるけれどない」。禅問答? 大悟!
 梅雨の中休み、水に映る心――『にわたずみ』(水無月うらら/白鴉32号)――上司のパワハラで鬱病を発症した主人公は、休職一年、ようやく恢復しつつある。病院へ最寄り駅よりも前の駅から歩く。テニスコート脇の道は水たまり状態。と、中学時代、早熟な友に教えられた〈にわたずみ〉という言葉が浮かぶ。友は近くに湖がある街に転居、再会の約束も、会う前に、悪ガキ達に缶酎ハイを飲まされ溺死した。病院からの帰りも同じ道、コートではテニスに興じる男女、逸れたボールが水たまりに「落ちてぽちゃんと撥ねを上げた」。
 裸像の虜となって――『天の焔』(藤原伸久/文宴135号)――寺(実家)の境内で友達と警泥遊び、本堂の屋根裏に潜り込んだ主人公は女の裸体画に出会って衝動の赴くまま……。以後主人公はこの絵にのめり込み、描き手とモデル、その悲劇的過去もつきとめる。思いは深まり、未完成な絵の一部を完成させるべく絵画を学ぶ。と、絵とそっくりのモデルが。このモデルの協力を得て作業に熱中。が、終いに彼女「私は一体なんなのよ」、気づいた主人公は絵を焼き捨てて、めでたしめでたし。
 リモートワークで自壊――『啓蟄』(山咲真季/八月の群れ72号)――追い込まれて始まる夏休みの宿題。主人公の場合、社会人となっても自分の宿癖と思い込む。箍を嵌めてもらわないとバラバラ。コロナ禍で拘束が緩み、自堕落が進み、ゴミ屋敷、母へ連絡を取ろうとすると、オレオレ詐欺と間違えられる。同僚達はワクチンすませ羽化して春の日差しへ、彼は未だ土の中。そんなやついない? いや、暗い路上にタムロして酒を黙々と呑む若者、自由人にはとても見えない。
 此岸と彼岸――『西へ泳ぐ魚』(小松原蘭/季刊遠近76号)――橋を渡った川向こうは特別な社会でこちらの住民は交わりを忌避。だが、転校してきたばかりの〈私〉は学校に馴染めず、川向こうの少女と仲良くなる――万引き、売春、夜逃げ。貯木場で出会った少年と心を通わせるも、彼の撲殺死体が貯木場に浮かぶ……。時空は架空なのになぜか風景に懐かしさが漂う。
 一九六四年の潮目――『人は右 車は左』(杉孝崇志/私人104号)――東京オリンピックを境に消えたもの――紙芝居屋、豆腐屋の「ト~フィ~」ラッパ、そしてバタ屋。人は右車は左ネコはチュー(中)と謳いながら犬三匹とリヤカーを曳き曳き……。小鳥が取り持つ縁で極貧の少年と仲良しに。そして悲劇が訪れる……バタ屋も少年も消えた。
 ミレニアムの潮目――『学校の昼寝部屋』(南みや子/文芸復興42号)――主役は定時制高校教諭。校舎に泊まり込む、熱血先生! いやこの先生は校舎を宿と思い込む輩。古い建物、空き部屋沢山、これ幸い、非難をかわしつつ隠れ家を転々。授業も平気で休み、迷惑千万。確かに、前世紀では教師ばかりか、街や企業の片隅みに吹き溜まりがいくつも。しかし、今世紀、管理社会が進行し、はぐれ雲は雲散霧消、と思いきや、サウナ市長なんて例も。
 なお、代表の堀江朋子さんは昨年逝去され、42号は追悼号に。代表は丸山修身さんが引き継いだ。
(「風の森」同人)







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