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評者◆凪一木
その108 サイコパスの想い出
No.3509 ・ 2021年08月28日




■食べ物の恨みは恐ろしい、という。
 国民的映画シリーズ『男はつらいよ』でも、メロンのエピソードが、その後も語り草として、たびたび登場する。主人公の寅さんが、自分の分を食べられたとして、大騒ぎになるのだ。二三年ぶりに作られた二〇二〇年の新作においても、またしっかりとそのシーンが使われていた。新作部分の途中で、いきなりメロンが大写しで登場する。観客は、それだけで笑う。アイコンである。ああ、あのシーンが登場するのだな。常連客、後追いファン、寅さんの身内化したような人々が、例の有名なシーンの回想を「待ってました」とばかりに、期待する。そして期待通りにそのシーンは登場するのだ。
 寅(渥美清)が、「畜生、この野郎、俺を勘定に入れずに除け者にしやがって!」と怒るところももちろん面白いのだが、最後におばちゃん(三崎千恵子)が、「こんなことならメロンなんて貰うんじゃなかったよ」と、泣きながら憤怒するオチがやはり一番面白い。
 メロンの六等分という数のマジックが、寅さんを弾いた遠因としてもあった。第一のもてなし相手としての客のリリー(浅丘ルリ子)。おいちゃん、おばちゃん。博夫婦と、そして(生まれた順番からして)最後に家族の一員として現れた子供の満男である。満男は、六番目を頂いているという「心に引っかかる」図式である。
 さて、私の現場においても、異常人格者としてたびたび登場する“あの男”によって、これこそは本物の、悲しい物語が展開される。
 七月三日の朝、所長が自分も含めて、七人分のお菓子を買ってきた。香雲堂本店「古印最中」は、うまい具合に七個入りである。現場は所長のほか、“あの男”最古透と、その標的となっている銭さん、それに樵、フェラーリ、工ちゃんと私の計七人である。所長は勘定をして、敢えて人数分を買ってきたのだ。
 所長は日勤であるが、泊まりは毎日二人で、七月三日が最古と樵、四日がフェラーリと工ちゃん、五日が私と最古、この三日間でもって、銭さん以外の六人が出勤したわけで、六日が銭さんとフェラーリであった。つまりは標的とされている銭さんは、「お土産四日目」の出勤なのである。三日目の時点ですでに残りは「一個」である。その一個を何と最古は、別の人間に、差し上げたのだ。
 夕方、所長が帰り間際の一八時半ごろである。帰り支度をしているところに、最古はすり寄っていって、所長にこう言った。
 「清掃のストーンさん(仮名)に仕事をお願いしたので、いつもお世話になってもいるので、あのお菓子を持っていってやっていいですかね」
 つまりは、銭さん分のお菓子を勝手に、渡してしまったのである。隣で見ていた私は、最古が自分の分を上げたのだと思っていた。ところがそうではない。自分の分は既に食べ、勝手に銭さんの分を(もちろん無断で)上げたのだ。最古が日常的に行う巧妙な意地悪である。
 こういった犯罪とも言えない詰まらない行動をいちいち「パワハラ」と取り上げること自体がむなしく感じるし、馬鹿らしくもある。だが最古は、こういった行動を一日中、常に毎日繰り返しているわけで、そうなってくると、これは実は、現場の人間にとって問題であり、窮屈であり、それが一つ一つは軽微なことで、訴えにくく、問題にすると笑われかねない見られ方をするという点で、さらにストレスなわけである。
 最古透に関することを話していると、「あなた、少しおかしいよ。頭を冷やしたほうが良い」とか、「完全に洗脳されているか、その場所自体が既に変だから、最悪退職するなり、異動するなりしたほうが良い」と言われる。最古透は自分では手を下さない。
 わらってしまう話だが、いつからか、この現場は、世界で唯一、空調に命を懸ける現場となっていた。実際は、いつのまにか最古透の喜ぶ方法を選んでいるだけだが、そのことに抵抗しづらいし、既成事実の積み重ねで、「ここはこういう現場」という、独特の掟によって支配されるようになる。攪乱戦法。掻き回す。
 「凪と樵のコンビはクソコンビだ」と元印刷屋のイデッチに吹き込む。樵さんが、「新人のフェラーリが余りにも現場で使えないので異動させてほしい」と、K常務に電話した、と私に言ってきたので、確かめた。樵は怒って、最古透に詰め寄ると、とぼける。
 「あれ、あの電話、違ったかなあ」
 マーシーには、こう吹き込んでいた。私が清掃の女帝と言われるおばさんと組んで、マタギを追い出した男で、「危険な奴だ」と。それで、最古透が居なくなるまで、マーシーは私を警戒していた。
 「集団ビル管奉行所破り」、これしか方法はないと思った。一人一人がバラバラでは、絶対に最古透の罠に嵌まると思った。一枚岩でしか凌げなかった。各設備員、および警備隊員、そして清掃員に対して十分に根回しした。どうでもいいことであっても、大事化して、相手に「済まない」とか、「申し訳ない」という感情を抱かせて、そこを突いてくる最古。だから、それは大きなことではない、と目を醒ます努力をする。細かいことだが、魔法を解く、呪縛から解放するとはそういうことである。
 おさらいになるが、サイコパスの特徴を、ここで学んだことだけについて列記する。
 まず利益誘導する。最古透の父が、今はメガバンクの一つとなった銀行の支店長であったせいもあると思うが、他人を動かすのは金であり、損得に敏感な人間を見極めてから、うまく動かす。また、ウソがばれても平気だ。六カ月「うちの女房が」と言っていた人間が、独身がばれたそのときでさえ、「アッハッハッハ」と何のためらいも恥ずかしさも照れもなく笑ってそれで済ます。その後やはり忘れてしまったのか、「俺の独身時代は」と話し始める。ウソをつくことに罪悪感がなく、それは単に、自分を大きく見せようという類もあれば、他人を動かそうとする道具の場合もある。もう一つ特徴的なのは、心霊現象や、超常現象、フリーメイソンなどの陰謀論、迷信が限りなく好きなのか、その振りをして誘導するのか、その話を振ってくる。現実感がない。鈍感で感動せず、相手の痛みにも、娯楽にも、スポーツにも、まるで反応できない。
 またクドクドと書いてしまったが、一番の解決法は、相手にしないこと。逃げること。関わらないこと。こうして公に向かって書いているのは、ある種の予防線を張った状態にするためでもある。
 これで終われば良いのだが、何回かあとにまた登場することを予告しておく。
 これを書いている今も気持ちが悪いのである。
(建築物管理)







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