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評者◆粥川準二
オリンピックの開始に際して、「自由とは何か?」を考えさせられた――自由の意味の勘違いを促した、菅首相など政府による「矛盾したメッセージ」
No.3508 ・ 2021年08月14日




■七月一二日、東京では四回目の緊急事態宣言が”発出”された。二二日から二五日まで、国民は四連休をそれぞれの思いで過ごした。そしてその最中の二三日、東京オリンピックの開会式が行われた。オリンピックが始まると、多くの国民が選手を応援しているためか、SNSも報道も、雰囲気が明るくなった。しかし国民が現実から目をそらしても、新型コロナウイルス感染症の感染拡大がとまるわけではない。
 本稿を執筆している七月二九日現在も、東京における新型コロナの検査陽性者数は過去最多を更新し続けている。専門家らの話を総合すると、現在の感染拡大は、予想通りのものらしい。
 たとえば緊急事態宣言が発出された七月一二日の時点で、国立感染症研究所感染症疫学センター長の鈴木基は、宣言の効果を「これまでは確かに効果の強さの差はあれども、下がった実績はありました」と解説しつつ、「しかし今回については、上昇傾向を横ばいに持っていけるかということにさえ、個人的には不安を持っています」と懸念を表明していた(岩永直子「最後の切り札「緊急事態宣言」は効果を発揮するのか? 感染研センター長が恐れる東京五輪の影響と市民の心理」、BuzzFeed News、七月一二日)。
 また、川崎市健康安全研究所所長の岡部信彦は二一日の時点で、感染者数は「緊急事態宣言があろうがなかろうが、オリンピックがあろうがなかろうが関係なく増えている」と解説する(岩永直子「感染爆発か、乗り切るか 連休と東京五輪が重なる首都圏の勝負の時 「途中で中止も選択肢に」」、BuzzFeed News、七月二三日)。岡部によると、「緊急事態宣言による何らかの効果があるかないかは1~2週間たってから」だというが、二週間を過ぎても感染拡大の勢いが緩んだようには見えない。
 そのような状況下の二七日、菅義偉首相は報道機関に対して、「強い警戒感を持って感染防止」に努めると述べつつ、国民に「不要不急の外出」を避け、オリンピックやパラリンピックも自宅で観戦することを呼びかけた。一方で、オリパラの中止については、人流が減っているので「ありません」と明言した(各紙、七月二七日)。
 オリンピックのために世界中から人々を東京に呼び寄せ、その一方で国民には外出の自粛を求める。この態度は、この連載の前回で言及した「矛盾したメッセージ」の典型である。このような「矛盾したメッセージ」を受け取った人々が、感染への警戒を維持し、対策に協力できるだろうか? こうした現政権の態度がもたらす最大の問題は、オリンピックで人が集まったり動いたりすること以上に、人々の社会貢献意識が掘り崩されてしまうことだ。
 そのしわ寄せは、医療現場に及んでいる。たとえば『東京新聞』は開会式の当日、コロナ治療に取り組む医師がこうコメントするのを伝えた。「政府は、あまり出掛けるなと言いつつ、外国からどんどん人を入れる。全てが矛盾していて素直に五輪を楽しめる医師は、東京にはほとんどいないと思う」(井上靖史「医師ら「違う国の話みたい」「矛盾している」 五輪開幕当日もコロナとの闘い」、七月二三日)。
 もう一つの同紙の記事は、さらにリアルな看護師の声を伝えている。「この約1年半、コロナ患者の対応や感染防止対策に神経をすり減らしてきた。外食は一度もしていない。「医療従事者として責任ある行動を」と病院から再三言われ、電車にも乗らなくなった。小学生の娘は遊びに行けない状況を我慢してくれている。/「仕事で仕方ないと思いながらも、緊急事態宣言下で五輪が開催され、会食したり出歩いたりしている人を見ると、自分たちは何なんだろう…と。腹立たしい」」(奥野斐「看護師「五輪のニュースは見たくない」 開会式当日も外出せず「自分たちは何なんだろう。腹立たしい」」、七月二三日)。
 医師や看護師のモチベーションが落ちたらどうなるかを政権も国民も想像すべきだ。
 一方、海外に目を向けると、ワクチンやロックダウンなどコロナ対策に反対する人々によるデモを伝える報道が目立つ。たとえば、フランスでは、「衛生パス」や医療関係者のワクチン接種義務化が検討されている。国民の六割がその方針に賛成しているものの、七月一七日には全国で約一一万四〇〇〇人が、二四日には約一六万人が抗議デモに参加したという。後者では、逮捕者や負傷者も出たらしい。「抗議運動はデモだけではなく、ワクチン接種センターの攻撃という暴力的な形でも発生している。23日までの8日間ですでに11ヶ所が、電源を切られたり、放火されたり、ナチ党シンボルであった鉤十字の落書きをされたりといった攻撃対象となっている」(無署名「衛生パスのため故意にコロナ感染も フランスの反ワクチン派」、NewSphere、七月二六日)。
 同様のデモは、イタリア、ギリシャ、オーストラリア、イスラエルなどでも行われているようだ。日本でもマスクやワクチンに反対するデモなどが散発的に行われている。筆者も広島で見かけたことがあるが、それらの規模は海外のものよりもずっと小さい。
 筆者がオリンピック開始前後における国内外の状況を見て思うのは「自由とは何か?」ということだ。パンデミックが始まった頃、SNSなどでは、日本人がマスクや三密回避、外出自粛などの要請におとなしくしたがっていることを揶揄する口調の発言が目立った(最近も散見される)。しかし新型コロナに対して個人ができる最も効果的な対策は、自分が感染していると仮定して行動すること、である。そして自由とは、他人に害をもたらさない限りで認められる幸福追求の権利のことだ。この定義は、J・S・ミルが一八五九年に『自由論』(光文社古典新訳文庫、二〇一二年、など)で提唱して以来、おおむね合意がなされているはずだ。つまり一部の人々は自由の意味を明らかに勘違いしている。ただし日本の場合、その勘違いを促してしまったのは菅首相をはじめとする政府による「矛盾したメッセージ」であろう。
(叡啓大学准教授・社会学・生命倫理)







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