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評者◆殿島三紀
過去を忘れる者は必ず同じ過ちを繰り返す――監督 ペテル・ベブヤク『アウシュヴィッツ・レポート』
No.3507 ・ 2021年08月07日




■『ライトハウス』『東京自転車節』『ココ・シャネル 時代と闘った女』を観た。
 『ライトハウス』。1801年にイギリス・ウェールズで実際に起きた鬼気迫る事件――これがきっかけとなり灯台に配置されるスタッフが2人から3人に増えた――をベースに、ロバート・エガースが監督、脚本も書いた作品である。ニューイングランドの離島が舞台。嵐の中、孤立した2人の灯台守の間に高まる緊張感。神経を逆撫でするような薄気味悪い気配が漂う隔絶された島の灯台で,2人は次第に狂気と幻想に取り憑かれていく……。長編デビュー作『ウィッチ』(15)も怖い映画だったが、それ以上に怖い。ホラーというより「怪談」と呼びたい。
 『東京自転車節』。青柳拓監督作品。山梨の小さな町で叔父の運転代行業を手伝っていた監督。コロナ禍で仕事を失い、東京で一旗揚げようと、2020年、緊急事態宣言下の東京へと自転車を飛ばす。Uber Eatsの配達員として働き始めたはいいものの、旗を揚げるどころか、思わぬ現実が見えてくる。無人と化した東京の様変わりした貌をスマホとGo Proで撮影したセルフドキュメンタリー・チャリンコ・ロードムービー。
 『ココ・シャネル 時代と闘った女』。監督はジャン・ロリターノ。救貧院に生まれ、12歳で母を失い、孤児院で過ごした貧しい娘が築き上げたモードの帝国CHANEL。世界一富裕な女性実業家と呼ばれ、芸術家や王侯貴族たちと浮名を流し、第2次世界大戦開戦までには従業員4000人を抱える大事業主となっていた彼女の突然のメゾン閉鎖。ナチスのスパイとの親密な関係……。近年になって多数開示された公文書や証言によって、没後50年を経ても謎の多い彼女の生涯に迫るドキュメンタリー。
 さて、今月の新作映画は『アウシュヴィッツ・レポート』だ。これまでもアウシュヴィッツを冠した作品は数多く観てきた。「また?」正直そう思った。だが、チェコスロバキア(現スロバキア)出身のぺテル・べブヤク監督は「ヨーロッパでは以前より多くの人々がファシズム的な政党を支持、容認し、ファシストとその共感者は勢いを増している。これまでに犯してしまった失敗の物語を描くことが重要で、沈黙は彼らを支持しているのと同じことだ」、『サウルの息子』(15)や『シンドラーのリスト』(93)のような映画をもっと増やすべきだと言う。
 本作は、そのアウシュヴィッツ強制収容所からの脱出に成功した2人のスロバキア系ユダヤ人が赤十字職員の要請を受け、収容所の内情を詳細に記したレポートを書き、それによって12万人のユダヤ人の命が救われたという人間ドラマ、実話である。
 アルフレートは収容所内で日々殺されていく同胞たちの遺体の記録係をしていた。彼はこの実態を外の世界に伝えねばと悶々としていたが、ある日、ヴァルターと共に地獄からの脱出を図る……。
 1939年、チェコスロバキア共和国はヒトラーによって東西に分割され、西はドイツ保護領となり、東はスロバキア国として独立したが、2年後にユダヤ人法が成立。スロバキア政府はユダヤ人たちを「国外移送」という言葉で絶滅収容所へと送り出した。1942年10月の移送停止までに5万8千人ものユダヤ人がアウシュヴィッツなどの収容所に送られたという。アルフレートもヴァルターもそのようにして国に裏切られた人間であり、彼らの脱走後、拷問にかけられながらも2人を守り、口を閉ざし続けた同房の人々も同じだ。彼らは英雄でも特別な人間でもない。
 そんな普通の人たちが必死に闘い、恐怖に耐えて命を賭け、山の中を走り、収容所に残った人々も完全黙秘を貫く。非道に立ち向かう痩せさらばえた人々の勇気。そして、これを映画として伝えていかなければという監督の使命感。
 「過去を忘れる者は必ず同じ過ちを繰り返す」という哲学者ジョージ・サンタヤーナの言葉が迫る。
(フリーライター)







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