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評者◆凪一木
その106 あいつが死んだ
No.3507 ・ 2021年08月07日




■矢沢永吉に、『I SAY GOOD‐BYE,SO GOOD‐BYE』という曲がある。
 ♪あいつが死んだよ。誰も知らぬ間に。と始まる歌だ。車のラッシュ、光の海に何を見つけたんだ。と続く。
 死んだ男は、この連載でもこれから思いっきり書いてやろうと思っていた最低の男だった。飛び切りのセコイ男であった。背むし男と書いてしまうと、その姿かたちをからかっているようなイメージに受け取られるから、実際面と向かってそう言っている人間もいたが、虫男という仮名にしておく。
 一度「第二回」に少し書いた。私が火災事故を起こしたときに指示した上司だ。「責任を取らずに怒鳴って誤魔化そうとした」所属長である。肩書は主任だ。呼び出されて、二人きりの電気室で、「俺は指示していないよな」と迫ってきた。「あったことを無いことにはできません」。最大のパワハラ爺であり、かつケチ臭さの最高級品で、エピソードを上げればきりがない。会社宛のお歳暮を自身のロッカーに隠し持っていて、また、毎年来るお歳暮が届かないとその会社に催促の電話をする。或いは腐ったものを食べる。看護師に期限切れの食べ物を手渡した事件、弁当を秘密裏に電気室に届けさせキングギドラ三人だけで食べた事件。弁当が出る休日にそれだけを食べに出勤。枚挙にいとまがないなどというものではない。絵にかいたような、映画にも出てこないような見事な悪者ぶりで、みみっちさでギネスブック級の、振る舞いがもろに表に出ている醜い顔をした小男である。
 虫男を知っている誰に聞いたところで、あらゆるくだらないエピソードが登場する。虫男のせいで、会社を辞めることになった退社組が、あるとき集まったら、普通はそんな集まりに、それでなくとも会いたがらないビル管の人間が、なんと一一人も集まった。
 何のためかというと、虫男の悪口を言い合うためにだ。火災事件後も、ボイラーガス漏れ未報告事件を起こして、業者であるIHIを巻き込んでの大騒動となった。ボイラーの遮断弁コイルを取り外す際に、コイルが外れず軸取付け部が割れ、かつガスの元バルブを閉めずに作業していたため、ガス漏れが発生した。さらにガス漏れを確認した後に元栓を閉め、漏れのあったことを報告しなかったのだ。
 その程度の出鱈目さは、ほぼ日常的で、だからこそ、怒ったり、怒鳴ったりして、相手のミスをあげつらうことで隠していた。
 そんな男が、突然死したのだ。六五歳ぐらいだったと思うが、虫男については、かなりの記録や資料を残しており、いずれ詳しく書くつもりである。
 最大の特徴は、「怒鳴って恐怖心をあおる。及び、人間の尊厳を無視し人格を否定した言葉でなじる」のである。私が辞めたときの退職届の文言をそのまま、ここに記す。
 〈職場環境の不良とパワハラに対する抗議を会社に何度しても改善されず、私の入社以来一八人が派遣され、残っているのが出向のS氏(この人も辞めると言い出して異動)を除き、KDさんとKSさんと私の三人(三人ともその年に退職)だけという状況からでもお察しいただけると思います。二月二八日間中一三回の二四時間泊まり勤務(つまり二六日間勤務)とパワハラで疲労困憊です。身体のみならず心にも影響が及んでいるため自己防衛的な理由も含めて退職します。〉
 一緒にパワハラを受けていた人間同士でも、虫男と同じ元請け会社の連中は、まだましだ。私と一緒になって虫男の文句を言ってはいるが、「お前らも、まるで助けてくれなかったではないか」という気持ちはある。
 たとえば、外線から、もしくは院内からの内線電話が来ても、元請けの人たちは受話器を取らない。我々派遣だけに取らせる、また電話内容について聞いても寝たふりをして、修繕する方法など尋ねても教えてくれない。或いは難癖を付けて、やり込められる。一切動かない。掃除もしない。なぜか派遣会社の社員だけでする。派遣は自分の椅子も机もない。もちろんパソコンもない。つまり席を持っていない。食事場所も差別待遇で、社員が安く利用できる食堂を使わせてもらえない。その日の出勤状況も教えてもらえない。朝から来る予定の人が来ないままで、一〇分以上も皆が無言で経過し、遅刻か欠勤かの情報すら誰も持っていない。虫男が来ないときに、もう一人のパワハラやくざに訊くと、「俺が知ってるわけねえだろ」と怒鳴られる。
 ある日などは、このやくざ男に「早くやっちまえよ」と怒鳴られ、朝礼を開始する。開始後しばらくして、虫男登場。「何をやっているんだよ。俺がいないんだからダメだよ。やり直せよ」。やくざは無言。
 虫男は、他の人間の悪口をこれでもかと、個別に吹き込む。そしてウソをつく。捏造もする。また昼食時間の労働は、労働基準法の「休憩時間」に抵触する。やくざ男は、足で椅子や机を頻繁に蹴り、物を振り上げ、酸素ボンベを放り投げる。
 「お前、仕事を舐めているだろう」、(答えようがない)、「この一年間何を仕事してきたのか後で説明しろ」。入社三年目のD氏には、入社三日目のことを持ち出し「覚えていないのか」と執拗に問い詰める。ルールが無い。二重基準が多い。そもそもマニュアルを作らない。その場その場でやり方が違う。正規のやり方について曖昧なままにしている。口で歯切れの悪い(活舌だけは良い)説明をするだけで、明文化しない。何を言っているのか内容が不明瞭。問い返しても「何だと」と怒鳴るのみで、疑問点をそのままにさせる。相手に理解させられるような説明能力が無い。知らない状況で「知らない」まま対処させて、「それは違う」と否定し説教や怒号が始まる。出勤日の間隔が開き、不在の間にルール変更がなされていて、それが掲示板なりコメント欄にも書かれていない場合、以前のままのルールに従い、それが理由で怒られる。
 問題点や未解決、および未完了事項について、共に解決法を探っていこうという姿勢がまるでなく、相手を問い詰める。夜中に鳴った警報への対処など、その切迫した状況において、緊急連絡先(虫男ややくざ男の電話番号)も知らされない。何をやっても怒鳴られる状況の中で、必死に対応しても、あとから結果論で責め立てられる。「ああすればこうしろ」「こうすればああしろ」「それは最悪の方法だ」と。もちろん最良の方法について示さない。そして第三者チェック機関がない。世間からズレているのに、永遠にズレ続けていく。だんだん書いているうちに腹が立ってきた。
 とにかく、虫男が死んだ。
(建築物管理)







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