書評/新聞記事 検索  図書新聞は、毎週土曜日書店発売、定期購読も承ります

【重要なお知らせ】お問い合わせフォーム故障中につき、直接メール(koudoku@toshoshimbun.com)かお電話にてバックナンバー・定期購読の御注文をお願い致します。

評者◆凪一木
その105 遠回りの人生
No.3506 ・ 2021年07月31日




■俳優田中邦衛の亡くなったことが分かった日に、あるプロデューサーから電話が来る。
 ビル管理を始めてから、映画関係者との新しい出会いはない。いや、あるが、それは彼も同じビル管関係者である監督隅田靖その人である。映画の世界など、どんどんと遠ざかり、知り合いもただただ減っていくだけである。一方でビル管理の方だけは山のように、付き合いも関係者も、太く、深く、増えていく。映画製作者など、何を今さらだ。とはいえ、大物である。
 プロデューサーとは、実際にはサラリーマンではなかろうか、と昔から考えている。作家とサラリーマンの違いは、無償でもやるかどうかだ。私は、今度出る本の「次」の作品は、もうかなり進んでいて、しかも相棒もいて、これについては、どんなことがあっても、自力でも、もちろんその場合は無報酬で出そうと考えている。
 お金を集めるのがプロデューサーだとすると、無報酬でそんなことをやるものであろうか。そのこと自体に報酬が既に含まれている行為に思えるのである。
 田中邦衛が亡くなって、「北の国から87初恋」が放送される。私は一番好きなエピソードだ。最後に「I LOVE YOU」が掛かる。
 三島由紀夫同様に、尾崎豊もたくさんの煩い、いや熱心なファンがいるので、滅多なことは書けない。だけど気になるのである。
 あの歌を作っていたとき、尾崎豊は、斉藤由貴との恋愛の最中だったのだろうか。別の誰かでもよかったのだけど、歌詞は想像上の物語ではなかったはずで、それは、そのときの生きている同時進行の生きざまだ。内田裕也は「ロックンロール」というけれど、ローリングとか、グルーヴとか、そういう言葉もあり、凪一木で言うと、今いる、ビル管現場に生きていることが、「Ⅴシネマしている」と、編集者から言われる。
 昨日、この連載を読んでいる脚本家に、言われた。
 「世間の人に認められたいとは思っていない。凪さんに認められたくて書いているんだ」
 年齢を食ってからの表現というものもあるだろう。
 かつて、別の脚本家には、こう言われた。
 「(脚本家の)神波史男は、お前が勝つか勝たないかに賭けているんだ。世界が不幸でもお前が勝つことが大事なんだ」
 物書き生活を降りた私は今、ビルの地下に生息している。神波史男の生前に、表で負け続け、今なお地下で苦汁を舐めている。
 尾崎豊や、映画『竜二』の金子正次のような、燃焼し切ったそのときだけの表現というものは、年齢を食ってから生まれることはない。だけど、年齢を食ってからのそれは、あの日あのときできなかった無念をたたきつける燃焼度においては、焼け焦げた跡のやけっぱちの強度と粘度とが、もしそれができるものなら、「ある」。私はそう思っている。
 ビル管は、日本パワハラ社会の縮図だと言われるし、またブラック現場の見本市だとも言われる。二流の人々の呉越同舟。サボることが、ある意味で(下請けの)会社や人員確保を成立させる要因となってもいる。プロじゃない。職人じゃない。匠じゃない。かといって勤め人、サラリーマンに成りきれない人々。
 〈野球には、問答無用の境界線がそよともせず引かれている。越境するためには、バットを腕の一部とし、グラブを手の一部とするまでの月日が必要である。いかなるものであれ、それを欠いたところで発せられる言説は、ただの雑談にすぎない。〉(『稲川方人詩集』思潮社)
 だが、ビル管は、「石の上にも三年」という、ある一定分量の「熟する期間」を過ぎた途端に、もう死ぬ年齢であり、また「発酵年代」をとうに過ぎてからの「業界入り」の人たちで溢れ返っている。適度な「始まり」をすっ飛ばした雑談業界なのである。
 いくつかの勝新太郎本を読むと、「破天荒で、我がままで、常識はずれな奴ほどスターであり、一般市民の期待に応えてくれる愛すべき存在だ」と書かれてある。だが、それもいったい、どこまで許されるのか。どこまでを許すべきなのか。スポーツ界にも、一人我が道を行く一匹狼タイプや、天然で、違法行為にまで走ってしまうような番長タイプがいる。女性の場合は、これが美貌と相まって、意地悪でも、スケベでも、暴力的でも許される範囲は、男よりも広くなるように見えるが、果たしてどうか。
 二〇一一年九月三日、ヤクルト戦の五回、見逃しの三振に倒れた代打ライアル(巨人)。彼は試合中にベンチを離れ、通路を歩いて、クラブハウスに帰っていた。翌日、選手登録抹消となる。チームの一員としてベンチで応援するのを拒否した。日本のジョウシキの感覚でいえばそうなる。だが、ライアルはベンチを去っただけなのだ。
 人のことは言えないが、初めに就職した会社で私は、昼休みに、カーステレオを聞きに車に乗ってドライブした。私は営業ではなく、内勤だったから、昼休みが終わると、社内に戻らねばならない。だけど、もう曲に乗ってハイウェイを飛ばしまくる。結局二時間遅れて帰り、そのことをそのまま話したら、上司には呆れられ、のちにさらなる立腹や激怒の種をまき、結局は首になる。金髪黒髪交互事件や、恋愛沙汰などをわずか三カ月で繰り返す。実はその後、首が繋がるという場面が設定されていた。だが、社長が待つその場所に、その日そのとき、やはり私はすっぽかした。
 次の会社も二度首になる。二度というのは、一度目は撤回させたからだ。撤回後に昇進する。二つの課にまたがる係長となる。そして次の会社、これも二度首になる。一度目は、首の宣告を無視して会社に残り、その後は、居づらくなって辞める。そして同じ会社に引き戻され、今度は、失業給付手当を早く貰うために首にしてもらった。したがって、私は会社を六回首になった経験者だ。三社で六回、これが私の物書きとなる前の経歴だ。ライアルのことは言えない。
 私の本の出版が伸びるという。コロナの影響かもしれないが、焦るな焦るな。急いでいるときには、探し物は見つからない。いつも急いで人生を生きているなら、一生探し物を見つけることなく終わってしまう。
 「♪転がり続ける俺の生きざまをときには無様な格好で支えている」シェリーという存在は、探し物であろう。
 プロデューサーの声の終わった受話器を置き、しばし、ビル管理を忘れてしまった。
 ある脚本家が亡くなった。幾人か親しい人たちの悲しみを想う。明日から出勤時間が一時間早くなって初の出勤だ。行きたくない。
 人生は理不尽だ。
(建築物管理)







リンクサイト
サイト限定連載

図書新聞出版
  最新刊
『新宿センチメンタル・ジャーニー』
『山・自然探究――紀行・エッセイ・評論集』
『【新版】クリストとジャンヌ=クロード ライフ=ワークス=プロジェクト』
書店別 週間ベストセラーズ
■東京■東京堂書店様調べ
1位 マチズモを削り取れ
(武田砂鉄)
2位 喫茶店で松本隆さんから聞いたこと
(山下賢二)
3位 古くて素敵なクラシック・レコードたち
(村上春樹)
■新潟■萬松堂様調べ
1位 老いる意味
(森村誠一)
2位 老いの福袋
(樋口恵子)
3位 もうだまされない
新型コロナの大誤解
(西村秀一)

取扱い書店企業概要プライバシーポリシー利用規約