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評者◆秋竜山
無人島での夫婦喧嘩、の巻
No.3504 ・ 2021年07月17日
■ささいなことであったとしても、夫婦喧嘩をやってしまった悲劇は、妻が口をきかなくなったことである。一日や二日だったらいいが何日も続けられる。女というものは、まったく困ったものである……と、男は思う。夫として、「勝手にしろ!!」と、妻に向かって、どなったとして、それですむ問題ではなく、夫として気がつまり、気がおかしくなってしまう。大野晋『日本語練習帳』(岩波新書、本体七八〇円)では、
〈言葉を使うときはいつも相手と関わりたいという心をもつとき、相手が自分について、また自分の思うことについて分かっていないところがあるのを、分かってもらいたい相手に求め、相手の注意を引き、相手の知らない事柄を知らせる。そういうときに言語を使う。泣くとか抱きしめるという行動でそれを表すこともある。言語はそういう表現行為の一つです。〉(本書より) がんとして無言をつらぬき通す妻にはこのことはわからないだろう。これが、逆の立場で、夫が一言も口をきかなくなったら、妻にとっては……。その点では、女は強い。「口をききたくなかったら、いつまでもどーぞ」ってなもんである。夫は男として死んでも、あやまったりすべきではないだろう。これで、すでに男の負けということか。 無人島マンガで、その無人島に一人の男が漂着した。話し相手がいないということである。何が淋しいって、 〈あいづち[あいづち・相づち][―槌]①かじ屋の仕事で、相手としてつちを打つこと。②人に調子を合わせて受け答えすること。「―を打つ」〉(国語辞典) 考えてみれば、家庭における夫婦喧嘩と、まったく同じだ。言葉が一方的で反応もなくかえってこない。 〈なるほど、言葉は甲と乙の間で物を受け渡すような、甲の渡したものがそのまま乙の手に残るといったものではない。言葉のやりとりの間には、誤解が日常に生じている。つまり通じない。曲解ということさえある。曲解とは間違っていると知りながら、都合のいいように解釈すること。また、これは事実ではないと知りながら、あたかも真実のようにいう「嘘」もある。〉(本書より) 無人島マンガにおける主役は常に女である。男は女にふりまわされている。男女一対一の時も、男二女一の時も、女二男一の時もそーだ。無人島マンガは外国マンガに多い。その外国マンガによって世界の男と女の関係は同じであるというか、女は強い。なぜ、男が弱いのか。女の無言は女の怒りである。水平線にむかって、「オーイ助けてくれ!」と、叫ぶ男は、こんな女から解放されたい思いである。 〈言葉は天然自然に通じるものではなくて、相手に分かってもらえるように努力して表現し、相手をよく理解できるようにと努力して読み、あるいは聞く。そういう行為が言語なのだと私は考えています。この練習帳はそういう表現と理解の努力をどう具体化すればいいかについて、その入口を書いたということです。〉(本書より) 夫婦で無人島に漂着して、夫婦喧嘩のあげく、妻は口をきかなくなってしまった。家庭でやればいいのに。なにも無人島にまできてやることもなかろうに。 |
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