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評者◆凪一木
その102 二つの言葉
No.3503 ・ 2021年07月10日
■二〇二一年四月、厚生労働省は、新型コロナウイルスの影響で解雇・雇い止めされた人が見込みを含めて七日時点で一〇万人を超えたと発表した。
こんな時期に、四年前に出したビルメンテナンスの本が、まるで動きがなかったのに、いきなり重版されることになった。 なぜこんなことが起きたかの背景と言えば、ビルメン業界に人が流れ込んできているからだ。我が社もまた、若い人が入ってきている。そこで本の訂正を始め、驚いたことがある。 会社の従業員数なのだが、この不況と業務縮小の中、各社倒産し、各業界がリストラをしている時代に、ビルメン業界の各企業は、確実に従業員数を伸ばしているのである。不動産系やゼネコン系、鉄道系の大手は軒並みほぼ全社で、この不況かつリストラの時代に、増員。スーパーゼネコン五社はもちろん全社で増え、このうち、シミズビルライフケア(清水建設)は一〇四八名から一八〇四名に、大林ファシリティーズ(大林組)は六一八名から一〇四一名へと倍近くに増えている。鹿島建物総合管理(鹿島建設)が一九八三名から二四五七名に。これら大手のうちの一つに、私は殴り込みをかけたわけだ。 私の所属するT工業なんぞは、屁でもない下請け、孫請けの派遣会社に過ぎない。Sビルサービス(以下Sビル)に苦情の手紙を出し、そして本社での会談に臨んだ。向こうからすると、ただの聞き取り調査であり、下請け会社のチンピラ社員に対するサービスタイム程度であった。 ところが、実際には、ビル管理の社員というものは、高齢で、かつ前歴がいかがなものかは分かりにくい場合が多く、年齢を取って、責任もやりがいも望まず、昇給も昇進もとっくに諦めて、怖い者なしの連中であるだけに、侮れないところがある。所長職は、年収が、平の三〇〇万から四〇〇や五〇〇万に上がろうと、皆やりたがらない。金で動かない手強い人間が潜んでいることも彼らは知っている。 とはいえ、この国の縮図である以上は、大した会社でも業界でもないのに、ふんぞり返った「昭和の」ろくでもない男たちが顔を現してくるのである。 派遣先での勤務時間は、派遣先であるSビルがその顧客(ビルのオーナー会社)との契約に基づき設定するのが当然だ。それをいくら求めても作らずに、我が社(T工業)のK部長が代行して、急造で作ったわけだ。四月一日から始まるという書類を三月二五日に渡してきた。その正式な書類が、ミスもあり、時間配分も不透明で、これでは何でもいいことになるではないか、というと、Sビルの常務取締役の方が、「わざわざ時間をとってやっているのに」という台詞を、あからさまに言ってきたのだ。「こちらが時間を割いている。常識だろう」とも。顧客ビルに派遣されているわけではない。あくまでSビルが請けた現場に派遣されているわけであり、Sビルは無責任である。現場を請け負っていることさえ理解していない。オーナー会社との請負契約、仕様はどうなっているのか。 結局、同席した我が社のK部長が、「私が全部悪いんで、凪さん、私に言ってください」の一点張りで、私以外の現場設備員四人に聞き取り調査をすることになった。 「一ヶ月以上掛かります」とのことだが、遅い対応も真剣さの無い調子も我が社と同じだ。書類については、「私が、全部作成した。全部私のミスです」と言ったKが、では、どうするのかについては、これまで通り(その場を逃れると)何もしない。 「前々からビルオーナー会社から言われていた」というから、「いつですか」と訊いたら、「忘れました」。「時間配分は?」「それも忘れました」。 食事時間や休憩時間について、結局、四月一日の朝に私はいたが、当日泊まりの同僚に訊いたが、何にも示されてはいなかった。Sビルは、丸投げして利ざやだけ取っているわけだ。 一つ目の言葉は、「時間を割いてやっている」という言葉である。そして二つ目である。「凪さんがいくらパワハラだ、と主張しても、所長に訊けば、いやパワハラじゃないというだろうし、水掛け論ですよね」と言われたのだ。パワハラは、本人がそれをパワハラと認識しているかどうかとは関係がない。この理屈でいえば、あらゆる犯罪が水掛け論であり、推定無罪だ。被害者と加害者が「どっちもどっち」とされるのは、おかしくないか。 これでは、痴漢冤罪やハニートラップや生活保護の不正受給者が、本物の痴漢やレイプ被害者や正当な受給者と同数であるかのごとき誘導であり操作と同じではないか。私は、大手派遣先に対して下請けの弱小会社の平社員だからといって、泣き寝入りするつもりはさらさらない。 国会で大それた嘘を並べ立て、差額補填事実が露見してさえ明細書も領収書も出さない。そのうえ真相の追及を妨害してきた前首相が不起訴になっている。総務相は更迭されず、元検事長は略式起訴である。これら親分に習って、大手の木っ端幹部が、虚偽や隠ぺいを真似する。我々はその風圧でビルの屋上から吹っ飛ばされそうになる。 私は、このまま引き下がるつもりはない。 ビル管現場はどこも荒れている。そして理不尽が蔓延している。彼らは意外にも暇で、年齢もそこそこで、権利意識を元々は持っていて、刺激すると反応する。 ミャンマーでは、私がSビルと交渉中の三月二七日に市民のデモ隊が軍に発砲され一一四人が死亡した。歴史家タン・ミン・ウーは、ETV特集「ミャンマー 立ち上がる市民たち」で、こう語った。 「貧しい者にとって民主主義は、まず基本的な生存だ。さらに言えば搾取されないこと。恣意的な税金を取り立てる独裁的政府ではなく、経済的自由を与えてくれる政府ということになる」 無関心と関心の意識的断絶が悲劇を生み続けている。それは日本の巷のパワハラ、ブラック企業もまた同じである。ミャンマーは、アフガニスタンやシリアのような破綻国家になりかねない、という。もしそうなれば、米中印ロ、そして日本をも引きずり込む国際危機となる。とも。 地下の私と世界とは繋がっている。まったく許すつもりはない。水掛け論では済まさない。少数民族が空爆されミャンマーからタイに三〇〇〇人避難しているという。ビル管も、職場から弾き出されている。「昭和」の言葉を吐く男たちへの労働運動だと思っている。 そしてまた、この「会談」で、出来過ぎた物語が登場するのである。(建築物管理) |
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