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評者◆凪一木
その101 サイコパスの余韻
No.3502 ・ 2021年07月03日




■ずいぶん昔だけれど、チャウシェスクが処刑される。子供の頃だが、アニメ『ガンバの冒険』で、宿敵ノロイが倒される。『誇りの報酬』という映画で、最後に石原裕次郎と渡哲也の二人が大金をせしめて高笑いする。007シリーズで、敵のアジトである巨大要塞が大爆発する姿。最古透が消えた後の一カ月間の私は、これぐらいの幸福感と安堵感を味わった。
 「♪生きるってことは、一夜限りのワンナイトショー」。甲斐バンドの『ヒーロー』の歌詞である。誤認逮捕でやっと無罪判決を勝ち取った、とか、難関試験に合格、好きな人に告白して合意、選挙に当選、色々あろうが、その類いのハッピーエンドのうちの一つであることに間違いはない。
 だが、サイコパスに対してはいくら用心してもし過ぎることはない。多くのサイコパス関連の書籍は、「注意を要するべきである」などと警告を発しているようでいて、ただ躊躇しているに過ぎない。注意すべきならば、むしろまず手を染めねばならないのだ。躊躇しているだけなら、自らの「奢り=ナルシシズム」を見ないで済む者の戯言に過ぎない。
 私の考えは、手を染めるべきであるというものだ。北九州監禁事件の松永太にしろ、(こちらの方はサイコパスもどきと思われるが)角田美代子にしろ、悪の領域については、自らの悪も問われ、またそのことを突き詰め、問い詰めていかなければ、話が進まない。
 松永を傍聴しにいったお笑い芸人の千原ジュニアは、松永の話で爆笑に包まれる傍聴席の「不謹慎」になっていった人たちを見たといい、プロである自身も「お笑い芸人となったら売れたであろう」と評価している。
 実際に、最古透は、母親の死んだシーンを、私と(工学部卒業の)工ちゃんの前で演じている。サイコパスではないかなどと怪しまれている漫画家の蛭子能収は、どう見ても喜劇と見るには無理のある『イレーザー・ヘッド』というカルト映画を、全編爆笑して観たという伝説がある。
 最古透の消えたその日に、辞表を提出するはずだったマーシーは、既に別の会社の面接をパスし、前日に現場訪問までしていた。彼の消失に、驚きと疑心暗鬼ながらも、辞表を撤回した。しかし、最古透のストレスで顔面にできた蕁麻疹は、その後も一カ月続いて、やっと二カ月後に消失した。それでも、復帰するのではないかと怖がっていた。
 だが、私はそれ(復帰)は無いことを知っている。最古透は、これまで四回飛ばされて五番目の現場であるのだが。過去の現場について、きれいさっぱり忘れている。思い出そうともしない。下手をすると、人物を勘違いしてすらいるのだ。何故なのかは分からないが、最古透は兎に角ものを忘れやすい。実際はわざと忘れたふりをしているのかさえ判然としない。ただ、人の弱みについては、数年前のことであれ日付まで覚えている。
 中野信子の『サイコパス』が出る一〇年以上も前に、既にサイコパスについて訴えている記録がある。
 〈矯正施設の被収容者のうち、サイコパス的な傾向を持つ者については、(中略)累犯者の場合は、犯罪性が進んでおり、屈折した形ではあるが、犯罪自体が自己愛を維持する手段と化していることも考えられ、処遇は一層困難といえる。したがって、それらの者については、処遇効果を上げるよりも、職員が適切な距離をとることができるように、(中略)処遇に当たることが肝要と考えられる。〉
 これは、二〇〇五年の「日本犯罪心理学会」で、府中刑務所の渡辺悟が発表したものの末尾だ。ハッキリ言って、「助けてくれ」と言っている。
 結局、やるしかなかった。そして、最古透はいなくなった。
 例えるなら、同僚たちにとっては、「さんざんいびられ尽くされた嫁の、その張本人たる姑が、不慮の事故で急死した日」のようなものである。
 発言する人間であるということを相手なり、周囲の人間に知らせるということは重要である。なぜなら、その逆は、「発言しない」「発言できない」ということだけでしかなく、「発言する」ということは、「発言しない」という選択もまた可なのである。したがって、いつまでも、特に、「発言すべきとき」さえ、発言しないでいると、どんなときも発言できない人間と見なされる。多くの人が恐れるのは、「いつも発言する人」と、「いつも発言しない人」とに二分され、自分は本来発言しない人間なのに、発言する側の人に見られると想像するからである。しかし、実際は、「いつも発言する人」と見られるのではなく、「発言できる人」として見られるだけである。そこで発言しなければ、むしろ「発言できない人」になってしまう。そのことの方が実は問題なのだ。
 これはサイコパス対策だけではなく、パワハラ対策として有効であり鉄則である。とにかくある一線について、その線から後ろには引かない。生きるということは、自らに誇りを持つことだからだ。
 ところで、このサイコパス男最古透とパワハラ野郎の八時半の男が出くわすという妙な展開になるのである。かつて、最古透は、この八時半の男の現場にいた。電気室に立て籠もって、パワハラだと騒いだという。結局は最古の方が、下請けの弱さゆえか、追い出される形になった。これについて八時半は、「最古は、Sビルサービス(自分の会社)の現場には全面勤務禁止にした」と言っている。しかし、この現場は、正にSビルではないか。
 『設備と管理』という業界誌がある。私が、まだ発表前の記事を、オーム社から送られてきたので、工ちゃんだけに、コピーして渡した。したがって、ほかの誰一人、そのことを知らない。数日後、最古透が、やってきて、「凪さん、凄いですねえ。記事見ましたよ」。
 「誰から聞いたの」。工ちゃんはサイコには話していないと、あとで確かめたうえ、そもそもが最古透に対して、私に関する余計なことを言う人間ではない。
 「いや、記事で見ましたよ」。未だ掲載もされていないのに、どうやって見るのだ。「どこの記事ですか」。最古は焦って、今月までのバックナンバーを開き、必死になって掲載記事を探す。来月号に載るものが、存在するわけがない。「おかしいなあ」。
 そうなのだ。最古は、他人のロッカーの中のカバンを開けて見ているのだ。
 で、何が八時半とつながったのか。これは次回のお楽しみである。(建築物管理)







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