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評者◆凪一木
その97 国労の男
No.3498 ・ 2021年06月05日




■体型だけは石原裕次郎そっくりだ。上半身は太っていて脚が長い。
 体重は裕次郎よりは重いだろう一一〇キロあるが、身長もそれなり一八二センチと裕次郎と同じだ。
 だけど、演技のできない裕次郎。歌の下手な裕次郎。ボスじゃない裕次郎。夜勤をする裕次郎。冗談の面白くない裕次郎。そして警備生活三〇年の石原裕次郎。
 とにかく不愉快にうるさい。マシンガントークというよりは、無数の散弾銃を連続使用するロック嫌いにとってのロック、無数の水鉄砲を断続使用するクラシック嫌いにとってのクラシックといったトークなのだ。
 夜勤好きな男なので、三日に一回夜勤の私とは、しょっちゅう一緒になる。
 一九五九年鹿児島生まれで、七八年四月から国鉄の現役車掌である父のコネで臨時職員として就職。正社員となって、志布志線などで勤務。その後は国労(国鉄労働組合)での闘争に巻き込まれ、八七年から清算事業団の職員として四年、一八歳から三一歳までの青春期、都合一三年間国鉄と、その労働運動に関わって生きてきた。
 この物語を、何度も同じフレーズで、語るたびに力の込め方が倍増する如くに、密室で熱の籠った状態で聴かされる。耳鳴りがして幻影さえ見えてくる。
 もはや、私の身体にも滲みついて、「警備の裕次郎」の語る法則がまるで世の中の了解事項であり、既に知られている常識であるかのごとくに、滲み込んでしまった。
 幼少時から、阪神ファンの父に、年五〇試合も甲子園に連れていかれる子は、自然と「六甲颪」を歌い、控え選手の名前も覚える。年に五〇回も裕次郎と共に泊まる私は、阪神ファンの比ではない。筋金入りの国労ファンに見えるかもしれない。それも、本当かどうか知れぬ「裕次郎の語る国労」である。彼の展開する赤字国鉄理論はこうだ。
 国家は人間の共同体であるから、どこかで損をした分を、別のどこかで儲けた分でもって補い合えば、全体として存続する。福祉や公共事業という考え方もその一つであろう。国鉄もまさにそうであった。インフラのベーシックインカムであった。
 国は言う、そしてマスコミも言う、さらには国民も真似をして言う。
 「(国鉄の)赤字はいかん。赤字路線を抱えていているから駄目だ。そこで無駄に遊ぶ職員がいる。組合の怠慢。国労のせいだ」という話になる。
 国の成り立ち時期には、銀行も航空も鉄鋼も紡績も、みな官営で、そのうち、定着すれば民営化する。そうでなければ、公的資金を投入し支援し続ける。鉄道もそうであるはずなのだ。だが民営化に動く。北海道と九州は、赤字なのに「人が余っている」ということになる。清算事業団での四年間は、それまでと同じ給料が出た。仕事はしない。その代わり次の職業に向けて資格の勉強をしたり、学校に通ったりする。世間からは「ズル休み」と言われた。裕次郎は、宅建を取り、本星は「司法書士」試験であったが、落ち続け断念した。だが組合(国労)は逆に団結した。皆が集まり意思統一の時間だけはあったからだ。その間、当然「鉄労(鉄道労働組合)」からの誘いがある。鉄労は、元々国労脱退員によって結成された組合だ。「国労頑張れ」と言うだけで、実際には漁夫の利を得る寄生虫のような存在だった。
 機関士・運転士の参加する動労(国鉄動力車労働組合)と合わせ、鉄労は、使用者側に付く二つ目の障壁として存在した。動労も鉄労も皆、JRとなってもほぼ全員リストラされずに生き残れた。国労を辞めて鉄労に加入したら、JRの職員として採用される。だけど裏切り者になる。この狭間で、裕次郎は三人の同世代および先輩の自殺者を身近に見てきた。良い人ほど自殺した。家族を取るか、国労を取るか。移るも地獄、残って首切りに遭うのも地獄。三人の隣人が、悩みに悩み苦しみ、死んでいったのだ。死んだ人間は全国にもっと沢山いる。
 政府・自民党は、国鉄の土地、その他の資産が欲しかった。電電公社などと比較にならないほど豊富に持っていた。そして政府に敵対していない郵政などと違って、社会党が組織して全国展開する国労が疎ましい存在だった。
 国鉄は黒字の余剰を、港湾や空港に回している。さらに黒字にする計画も可能だった。日通のペリカン便で、一度にドンと運べる貨物の輸送に、また宅配便の輸送に鉄道を使用する。拠点は既にあり、地域の隅々にまで張り巡らされた鉄道網は、理想的な国という身体の血管であり、フルに活用できた。実際にクリーンで、エネルギー効率も含めて、路上運送よりも鉄道輸送の方が良い。収益を上げることは出来た。だがそれをやると、民間に迷惑をかける。民間が困るだろう。それを理由にされた。これを実現させたら、ヤマトや佐川急便の出る幕はなかった。そうして当然、地方は赤字のまま叩かれ、唯一のチャンスだった社会党政権のときに、自民党にくっつき、裁判闘争も御破算にされる。信用する政治母体を失い、訴える組織も亡くなった。
 国労は日本の組合の最大組織だった、という。春闘の主役ではなかったが、平均賃金闘争の一定役割は、国鉄の運賃が公共料金的に存在して、過疎地域もカバーする。少々赤字がちょうどよい。本来はそういうものだ、と言う。だが、赤字の原因が組合で、それを潰すために民営化が推進された。しかもそのために当初は、赤字路線を残して黒字を潰していった。また、無理矢理の配置換えで不慣れな部署につかせ、マスコミを集め、駅員のミスで乗客の大行列など「不慣れぶり」を報道させて、国民感情を煽った。
 本当は、過疎化を防ぎ、格差社会を防ぐには、国鉄の仕組みは大正解だった。都市の黒字で地方の赤字を埋める理想形だった。必要のない分割民営化だった。
 もう聞き飽きた。ただ一つ、しつこい裕次郎の散弾銃ロックにも効用があった。私もまた、立ち上がることを決心したのである。
 「このままではいけない」
 戦後の東宝争議のときに、経営者側は、赤字と共産党(組合)との「二つの赤」を追い出すというスローガンを掲げた。今の私は、ビル管業界の「二つの黒」を叩き潰すつもりである。ひとつは出鱈目とパワハラ蔓延るブラックな組織である。そしてもう一つは、中間管理職に就く連中の「腹黒さ」である。
 私が元請けのSビルサービスに手紙を出すことに決めたのは、この国労の男が理由である。裕次郎の無駄話に背中を押された。それが事実かどうかも分からない消えた国労魂を、私が今背負いたい。
 とにかく手紙を出したのである。(建築物管理)







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