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評者◆ムーミン2号
人ふたりと芸術、悩めるヤンソンさん
メッセージ――トーベ・ヤンソン自選短篇集
トーベ・ヤンソン著、久山葉子訳
No.3498 ・ 2021年06月05日




■この本の魅力は、作家・批評家であり、ジャーナリストでもあるフィリップ・テイルという方の「まえがき」にほとんど書かれている、ということを、本書を読み終わった後にもう一度最初に戻って、「まえがき」を読み直してみるとよくわかる。
「トーベ・ヤンソンをムーミンの作者としか見ていない人がいるなら、ちょっともったいないと思う。」(p.6)
 フィリップ・テイル氏は、高校時代の冬にヤンソンさんの短篇小説集『聴く女』から短篇のひとつを友達に読み聞かせたのだそうだ。「そのときどうしてもそれを――人生から直接切り取ったようなシーンを――誰かと共有したい気持ちをこらえきれなかったのだ」。そして、ヤンソンさんには「人の心の奥底にある夢や願いに自由に立ち入る能力がある」ように感じた(p.6)とも。
 この本は、出版社の依頼でヤンソンさん本人が編纂した短編集であり、ヤンソンさんの最後の本となった。
 それをテイル氏は「自画像」と評するが、画家であり、童話作家であり、漫画も描けばイラストもものにする多才で且つ繊細なヤンソンさんそのものが各短篇には映し出されている。
 印象的なのは、二つの側面である。
 画家や漫画家を描いた作品であったり、物語を紡ぎ出そうとする人物を描いた作品であったり、美術学校を卒業する際の仲間のはしゃぎぶりと、どうかするとそれを冷めた目でみている主人公を描いた作品であったり、というような、「芸術」に関わることが一つ。
 もう一つは、母と娘、父と息子、友人といった一対一の関係が濃く描かれていること。しかもそれに上記の「芸術」とともに「旅」が大いに、深く関係しているというのが特徴である。
 それらは、先のテイル氏の言を借りれば「人生から直接切り取ったようなシーン」であるのだが、各短篇の主人公の感情を深く、鋭く描くようなことはしていないのも特徴だろうか? だから、最初は何という強い力も感じとることができなかったのだけど、人生のワンシーンを切り取っている、と思えるようになり、さらに主人公に自分を重ねてしまうと、文字として書かれていなくとも、その時その時の彼の、彼女の心の在りようというものが自ずと感得されてくるようにもなる。
 もちろんそれは、自分自身の生きてきた過去の投影なのだから、読む人によって紙に描かれた人物たちの心の在りようは変わっていくのだろうとも思う。また、読む時によってもそれは変化していくことだろう。
 ヤンソンさんはそれを書くことのできた人だったのだと、思えた。
 余談なのだが、作品のいくつかに日本との関わりが見られる。
 「オオカミ」という短篇にはシモムラ氏という人物が出てくるし、「文通」は日本の13歳と2か月の女の子がヤンソンさんに宛てて書いた手紙が載せられている作品だ。日本との関わりがどの程度だったかは知らないのだけど、アニメ「ムーミン」の最初の放送(1969年らしい。主題歌が有名〔作詞は井上ひさし〕。ムーミントロールの声を岸田今日子が担当している)をヤンソンさんは自分の作品とは異なると言ったとか言わないとか……?(あくまで日本版ムーミンなのだろう)
 また、この本に収められている31篇の内、8篇は本邦初収録作品であるそうな。ムーミン・シリーズ(講談社)以外では、「トーベ・ヤンソン・コレクション」が筑摩書房から刊行されている(全8冊)。あるいは、全14巻で同じく筑摩書房から「ムーミン・コミックス」も出されている。『彫刻家の娘』(講談社)、『島暮らしの記録』(筑摩書房)は自伝的作品。







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