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評者◆凪一木
その95 一九五〇の不可解
No.3496 ・ 2021年05月22日




■所長の、相変わらずのパワハラ案件である。一つ一つ書いていくのも面倒だが、まずは怒鳴られた。三〇分のお説教だ。これがまるで理不尽なので、いずれ逆襲するつもりだ。
 事象を複雑怪奇にしているのは、ビル管独特の規則や基準の縛りがあり、それを盾に、たいていの上に立つ者のうち、馬鹿な部類は、威張ろうとする。
 これまでのやり方をいちいち変えてばかりいる所長は、またしてもくだらないことを要求してきた。これまでで言うと、月曜から金曜まで五つに分けて一週間をかけて行ってきた点検検診を、毎日させる。一日一時間で済んだものが単純計算すると毎日五時間かかる。実際には、いくつか端折って、点検項目から消えるという、むしろそっちの方が問題であることが起きていて、それでも三時間はかかる。そもそも仕様書があり、変更に合理性がなく点検項目を増やすのは、派遣労働においては契約違反である。契約の変更は簡単には出来ないのだが、平気で行使をしてくる。あれこれ書いてもしょうがないが、その点検項目の一つに、非常用発電機の油量というものがある。
 これまで過去一〇年間は、点検表にラインが引いてあり、物差しのようなものを思い浮かべてくれると分かりやすいが、その線上に、まずは四等分の区切りがあり、各四等分のそれぞれに一〇等分の小さな区切りが引いてある。要は四〇等分となっており、全体が一〇〇なら、ひと目盛りが二・五ということになる。ところが実際の全体量は一〇〇などという分かりやすい数字ではなく、一九五〇リットルなのである。したがって、いちいち数字を書くことはせずに、その目盛りの上に、ペンでチェックを入れる。「この辺りに油量の針が差していますよ」という線である。
 ところが新所長は、数字を書けという。そうなると、全体が一九五〇だけに、これまでメモリの位置をそのままラインで書き写すだけであったのが、いちいち計算するわけだ。
 これでは、指し示す四〇等分の目盛りがほとんど意味をなさない。なので、私は全体を二〇〇〇リットルとし、数字を単純化して記せるよう記録表を改良した。正確な数字を知りたければ、その数字に二〇分の一九・五を掛ければいい。
 ところがこれに所長は激怒したわけだ。記録しやすく倍率を変えただけであり、その重要性など私だって知っている。基準自体を変えているわけではない。だが、そのことを理解できないうえに、一度カッとなったら、おそらく病気とも言いたくなるような、怒りをストップできない体質である。
 そもそもなぜこの油量が一九五〇なのかというと、A重油(第三石油類)の場合、二〇〇〇リットル以上では、「設置許可申請範囲」に該当してしまう。四〇〇以上二〇〇〇リットル未満においては、「少量危険物貯蔵取扱届け出」範囲なのである。したがって、一九八〇とか、一九五〇などという変則の量のタンクが作られているわけだ。
 北海道で屋外の給油タンクが、四九〇リットルという歪な量なのも、一般家庭での灯油・軽油は五〇〇リットル以上となると国の基準で「防油堤」扱いとなり届け出が必要となるからだ。逆に言うと、「五〇〇リットルを超えるもの」という基準にしてくれると、五〇〇リットルという分かりやすいタンクが出来ていたであろう。正確に言うと、指定数量が重油で二〇〇〇リットル。灯油・軽油は一〇〇〇リットルだが、法人・会社ではない一般家庭はその二分の一未満で防油堤設置不要ということになる。
 所長は、この一九五〇リットル、正確には「二〇〇〇未満」ということを説明すればよいのだ。だが、あくまで一九五〇でなければいけないことを得々と自慢げに、しかも内容は間違って説明するのである。「間違って」というのは、消防法における非常電源では、燃料油は二時間以上の容量を持つこと。また建築基準法における予備電源での燃料油は三〇分以上運転できる容量を持つこと。この二つを、一時間と二時間と言っている。
 もっと大問題なのが、これはいずれ警備の隊長も問題としているし、頭がおかしい事例ではないかと思わせるもので、所長の首が飛ぶと思うが、火災の際に、「排煙口を閉める」というのである。どの書物を見ても出てこない。しかし、「このビルは特殊なつくりで、閉めなければいけない」と所長は言っている。ただ、こういったことは結構な例外もあり、反論には隊長も慎重である。既に自動ドアのパニックオープンかクローズか(これは防火区画ラインであるかどうかにより決まる)について、所長は間違った認識をしていたので、この男の発言は、自信満々で偉そうに振る舞う割には、怪しい。
 一九五〇に関しても、移送ポンプ停止ラインの九六%(一八七二)、移送ポンプ停止ライン三六%(七〇二)、最低油量ライン一一%(二一五)という目盛りがあらかじめ引いてあって、そこを指示針が超えるかどうかを確かめて、線を引けばよかったのだが、これが数字となると、把握しづらくなるわけだ。なので、もしどうしても数字だというのなら、全体を二〇〇〇とし、正確値を知りたければ、分数を掛ければ求められる。
 ところがこういった絡繰りというか、簡略化、相似の理屈を分からない。馬鹿の一つ覚えで、「管理すべき三つのポイント」である、「二時間運転できる燃油量」「油量が自動送油の範囲にあること」「残油量を定量的に表現できること」の一点張りなのだが、私のやり方はいずれも満たしている。はみ出してはいない。だが理解できないのである。
 私の二〇〇〇という数字は通称のようなものである。金閣寺も正確には鹿苑寺。タイのバンコックも本来は異常に長い名称だ。映画『博士の異常な愛情』しかり。ゆとり教育時代には「円周率はおよそ三」であった。
 ビル管用語でいえば、コロコロの正式名称は「粘着カーペットクリーナー」。カッパギは「スクイジー」。トイレのパッコンパッコンの本来の名称は「プランジャー」で、一般には「ラバーカップ」だ。ウォシュレットはTOTOの商標登録であり、正式名称は「温水洗浄便座」。プチプチは「気泡緩衝材」。コンセントは「配線用差込接続器」。木槌を掛矢という。膨張板を空けるときに使うのはバラシバール。西暦なら一九五〇と二〇〇〇の違いは昭和二五年と平成一二年だ。馬鹿を相手に何を覚えても理屈が分からないので説明しても通じない。いずれ、それなりの結末となるだろう。
(建築物管理)







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