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評者◆凪一木
その94 ザ・セミプロ
No.3495 ・ 2021年05月08日




■なぜこのビルメンテナンス業界には、これほどまでにもパワハラが多いのか。
 いくつかの理由は簡単に思いつく。
 1=かつての業界の落ちこぼれの集まりである。2=男ばかりの業界である。かつ年齢層が高く、既に別の業種でそれなりに生きてきた自負がある。3=寝泊りという、日常生活の細かいところまで一緒に過ごす時間が長い。
 これらの理由は簡単に思いつくが、それ以上にはっきりしているのが、彼ら私も含めて、皆、「セミプロ(アマチュア)」であるということだ。
 一言で言うと、馬鹿の集まり。自分の仕事に誇りを持てない。仕事内容が中途半端。職業、職種として、立場も、レベルも、階級もしっかりしていない。何物でもない。世間から業種を認知されていない。給料も当然安い。立派な尊敬される職業ではもちろんない。何しろ世に知られてすらいないわけだから。
 なぜそうなのか。たとえば、警備業という仕事なら、それだけで服装の見当もつくし、仕事内容も知られている。それ以上に、警察に引き渡すまでの「途中の職業」などという認識はないはずだ。それだけで完結している。或いは、看護師や救急救命士、救急救命隊員なども、医師につなぐ「橋渡し役」などではなく、それ自体がプロだ。消防団員にしても、消防士とは違うが、一時だけの「応援団」という認識ではなく、それなりに仕事としての自負がある。
 ところが、設備員、ビルメンテナンススタッフ、建築物管理など呼び名はいろいろあるが、一般には「ビル管」と呼ばれている彼らおよび私は、水漏れや電気事故、火災、盗難、その他の電子ハッカーなどが起きても、本物の水道屋さんでもなければ、本物の電気屋さんでもなければ、建設工事屋さんでもない。要は何もできない。手続きをするだけだが、それにしたって、本物の経理事務などとは違う。どれも偽物とは言わないが、借り物の「もどき」なのである。
 地下アイドルとかエキストラなどとビル管が似ているかと言うと、それがアイドルや俳優全体に失礼なのは、彼らは一流に繋がっていて、ピラミッドのすそ野であるからだ。
 ところが、ビル管理には、ピラミッドの頂点部分がない。すっぽりと抜け落ちた台形状態の世界なのだ。八〇年代にNHK教育テレビ「YOU」に出ていた篠山紀信が、カメラマンは六〇〇〇人のピラミッドであり、一流はほんの十数人だ、と言っていたが、ビル管は、全国に一〇〇万人いて、その十数人はもちろん、その下の数百人すらいない世界である。それがゆえに、いかに自分たちが凄いのか、つまりはピラミッドの頂点であるかのようなふりをするか。いかに、頂点を持っている、上部構造の存在する業界であるかのようなふりをするか。プロのふりをするか。本物のふりをするか。
 その「ふり」のために、新入社員や新入りを相手に、威張って、怒鳴って、目立ちたがり屋がわざとらしいスタンドプレーをして、無駄なアピールと不要なパフォーマンスを繰り返すのである。その現場を何百回と目撃し、同僚の「ほぼ」ではなく、全員から見聞きし、今現在もまた、そのパワハラ上司の下で、私一人が反旗を翻しては跳ね返されている状態なわけである。
 パワハラは、他の部署、他の職種に向けてはもちろん、自分たちビルメンテナンス世界の中での自己主張でもある。実際ビル管の「安かろう、悪かろう、低かろう」となる背景には、生産性がないことが挙げられる。たとえ、マイナスをいかにゼロにする職業でも、病気を治す、災害を起こさせないといった仕事にはオプションがあり、営業努力で、付加価値を見付け出し、さらなるサービス提供ができる。しかしビル管は、既に存在する建築や水道や電気の業種から仕事を奪うだけである。既に存在する枠の中での、パイの奪い合いでしかない。新たな活路を見いだしてきた歴史も実績もない。業界を代表する有名なスタープレイヤーもいない。NHK「仕事の流儀」やTBS「情熱大陸」に出られるような、テキパキと業務をこなし、派手な絵になる人間が一人もいない。思い浮かぶのは、安っぽいパワハラをする、イメージしづらい制服の、だらしない格好をしたハゲ親父だけだ。いつまで経っても新人といえば、四〇歳代後半の若手と、還暦前後の使えない余生をビル管で過ごす連中ばかりであり、いかにやり過ごすか、いかに楽な現場を探し転々とするか、いかに誤魔化し、いかに凄そうな仕事に見せて「ふり」をするか。
 これだけ世の中に知られていない職業で、インターネット上の「5ちゃんねる」では、「パワハラの巣窟」として最大級に知られている世界は、貴重で、希少で、飛び抜けて歪である。
 自分の住む世界、いる世界、働く世界を、よくもこれだけ悪く書くなアと思う人もいるだろう。だが、これらの話は、ほぼ毎日、ビル管の皆が語っている日常であり、ダメな日本社会、或いはCIAのサボタージュマニュアルの、マニュアル通りをたどっている日々なのである。それをある程度知りながら、短い余生と睨めっこしながら、健康や経済と相談しながら、行き先も脱出口も見いだせない井伏鱒二の『山椒魚』状態なのだ。
 これを告発する奴は今のところいない。私は、現場で首にならない程度に、揉め、労働組合をある程度利用し、また仲間を集め、少なくとも業界自体を「良く」しようと考えている。それは、連合赤軍も、オウム真理教も、三島由紀夫の「楯の会」も、皆はじめは世の中を「良くしよう」としたのだ、という言い分があるように、お前(凪)の理屈もいつ、どうなるか分からない。改革なんて「辞めろ」、波風を立てるな。余生を静かに過ごさせてくれ。そんな同僚ばかりであるがゆえに、何も変わらないで来たのが、これまでのビルメンテナンス業界であった。
 ところが、コロナ禍のせいもあり、長期不況での就職の冷え込みもあり、若手が参入してきた。そしてそれが、前回の「設備の三島由紀夫」のごとくに、これまでのビル管の常識から外れた権利意識の強い、おかしな奴が多いのである。
 私は一掃は出来なくとも、このパワハラが唯一の取り柄で特徴であるビル管業界の5ちゃんねるイメージを、少なくとも変えたい。誇りは持てなくとも、無残な負け犬の匂い、敗残者気分だけは払拭したいし、あのダサい服で堂々と街を歩きたいではないか。
 と、挙げた拳は今、ぶるぶると震えている。
 意外に手強いのである。
(建築物管理)







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