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評者◆かもめ通信
一つの楽器だけを頼りにたどる“ある情熱の歴史”
あるヴァイオリンの旅路――移民たちのヨーロッパ文化史
フィリップ・ブローム著、佐藤正樹訳
No.3494 ・ 2021年05月01日




■“一度は音楽家を志し、若いころはそれにすべてを賭けたものだったが、どんなに意志が強くても努力しても自分にその才能がないことを、結局は悟るしかなく、それで歴史家になり作家になったのだ”という著者が著した本書は、小説ではなく、一つの楽器だけを頼りにたどる“ある情熱の歴史”だ。
 あるとき著者は、知人のヴァイオリン職人の工房で一挺のヴァイオリンと出会う。そのヴァイオリンにはルネサンス期ミラノのヴァイオリン職人テストーレのラベルが貼られてはいたが、どうやらそのラベルは偽物で、その特徴から南ドイツのフュッセンで修行した職人の作品ではないかと思われた。
 ヴァイオリンの音色に魅了された著者は、テストーレ製ではないものの素晴らしい造りであることは間違いない一挺のヴァイオリンの素性を調べてみたいという衝動を抑えきれずに、探索の旅に出ることを決意する。
 資料にあたり、楽器作りのプロや鑑定家、木材の専門家など、様々な人物に逢い、そのアドバイスを受けながら、フュッセン、ミラノ、ロンドン、ウィーン、ヴェネツィアへと探索を続ける著者はやがて、この名もなき製作者に呼び名までつけてその出自に迫ろうと試みるのだ。
 その探索の過程をまとめた本書が語りあげるのは、一挺のヴァイオリンのルーツに留まらない。
 楽器作りに適した木材の産地、リュートからはじまって弦楽器が少しずつ変化していった過程、特定の地域で楽器作りの職人たちが輩出されたわけ、そうした職人たちがヨーロッパ各地に散らばった経緯。
 ページをめくることで次第に明らかになっていくのはヴァイオリンという楽器そのものの歴史であり、その背景にうかびあがる、小氷期と呼ばれる気候変動の影響や疫病や戦争でもある。
 こうした歴史語りの合間にところどころ挟み込まれる、バッハやヴィヴァルディなど巨匠たちにまつわるエピソード、ヴァイオリン名器をめぐる詐欺事件の顛末や、著名なヴァイオリニストにまつわるちょっとした話、著者自身のヴァイオリンをめぐる思い出なども興味深く、折々に著者が試し弾きするバッハの「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」の調べをバックに読者は探索の旅を堪能することができる。
 そんなわけで、この本を読んでいる間中、一挺のヴァイオリンと共に、贅沢な時間をすごすことができた。
 もっとも本を読みながら、ハイフェッツをはじめ、家にあった「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」のCDを片っ端から聞き比べてみた結果、演奏家の解釈や、古楽器との違いはともかく、自分がヴァイオリンの音色から様々な情報を聞き取ることができるような耳を全く持ち合わせていないという事実を、改めて認識せざるを得なかったことは、少々残念なことではあったけれど。







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